第8話 フラグは回収するもの

 それから少しして。

「――っていう感じかな」

 わずか一分もかからない早業で、速水部長は文芸部の概要を説明し終えた。

 これは速水部長がすごいのか、それとも文芸部がただただ薄っぺらいだけなのか…………うん、たぶん速水部長がすごいに違いない。

 俺はそう思い込むことにした。

「雨宮さんも部員なんですね」

 文芸部の概要を聞いた東雲さんの最初の言葉は、小夜が文芸部員についてだった。意外そうに、ここにはいない部員の名前を口にする。確かにあいつは文芸部っていうような感じじゃないもんな。彼女はむしろ一人で騒ぎ立てながらたこ焼きを焼いている方が似合っている。

 ていうか、そういやあいつが文芸部員ってこと東雲さんに言ってなかったな。俺の彼女に対する認識もといセーフガードが正常に働いていることの証である。

「そうだよ。いつも、楓君と……いや、なんでもない」

 彼女からの指摘に言葉を濁す速水部長。

 せっかく文芸部に来てくれたのに、いきなり文芸部の醜態を晒すわけにはいかない――という彼女なりの安心セキュリティが作用したようである。

「どうしたんです?」

「い、いやっ……こっちの話だ」

 幸い彼女はあまりこの話題に興味をそそられなかったらしい。

 そうですか?とつぶらな瞳にはてなマークを浮かべるだけで、それ以上彼女が小夜について聞いてくることはなかった。

 さすが、東雲さんに認識されてなかっただけはある。

 俺と部長が見合ってホッとしていると。

「あ、あの…………ユーザー登録は、言わなくても大丈夫ですか?」

 一人静かにこちらの動静を見守っていた楓がおもむろに口を開いた。

「ユーザー登録?」

「あっ、そうだね。忘れていた」

 楓の言葉を反芻する彼女に部長は追加で説明する。

「うちの部は、ちょっと変な決まりというか、慣習があってね。部員になったら小説サイトに自分のアカウントを作るんだよ。もちろん無理に、とは言ってないんだけど、基本的に作ってもらっている」

 今じゃ、俺の小説を読むためだけに使われてる感じだけど、と俺は心の中でボソッと呟く。アカウントを持ってる人しか小説やユーザーのフォローは出来ないから。

「でも、もう必要ないんじゃないです?」

 実質、サイトの小説より紙の本とかの方が俺は読んでいる。他のメンバーも見た感じそんなところではないだろうか。

「いや、そんなことないさ」

 もの知り顔で部長が口の端を上げる。

 それ以上言うことはなかったものの、シマウマくんの次の小説があるんだからね?という悪戯っぽい瞳をしていた。

 思いがけない部長の一言にこちらは乾いた笑みを返す。

 もし東雲さんが入部したら、彼女にもフォローされるということになるだろう。

 そうなれば、また俺の弱みを握る人物がまた一人増えることになるから………あれ、もしかして俺シクった?文芸部の危機を救おうとする善良な部員が、この先二つの意味で痛い目を見ることになるのか?

 そう思った途端、彼女を見学に誘ったことを後悔し始める。

「あ、あのっ、私アカウント持ってますっ!」

 頭を抱える俺をよそに、東雲さんはまたも小さな体をピョンピョンしながら嬉しそうに手を上げた。東雲さん、アカウント持ってるんだね……。

 現実の無常に打ちひしがれていると、部室の扉が開いた。

 あっ、嫌な予感……。

 俺の第六感が警告を鳴らす。

「か、え、で、く~ん!」

 嬉しそうな声が部室に響き渡る。

 それと同時に、小夜は楓がいる所へ一直線に飛んでいった。

 結局はこうなると思ってたんだよな……。入室して早々彼に頬を寄せてぐりぐりする小夜を横目に俺と部長は小さくため息をつく。文芸部の恥とでもいうべき彼女の痴態を東雲さんの目の前で堂々と晒してしまった。

 これをどう説明しよう……と部長と目で会話していると、一通り楓を楽しんだ彼女は満足げな顔をこちらに向ける。

「みんなお疲れ~………って東雲さんもいたのね!」

 今頃かいっ。

 小夜は東雲さんもいることに今になってその事に気づいたらしい。

 俺と部長は気が気じゃなかったってのに、気楽なもんである。どうするんだ、この状況。お前のせいで部室がめちゃくちゃカオスな空間になっちまっただろうが。

 だが小夜はお構いなしとばかりに。

「東雲さんはなんでいるの?」

「あっ、今日は青島君に誘われて……」

「へぇ~遊馬、部員の勧誘するなんてあんたもやるわね~!」

「そりゃ、どうも……」

 こちらの事情は露知らず、楽しそうに会話を続けた。突然すぎる&クセがすごい登場にさすがの東雲さんも気後れしてしまってるじゃないか。

「今日は大変だったわよ~日直なんてするもんじゃないわね」

 ふぅ~、と息を吐いて肩を動かす。

「前から思ってたんだけど、お前文芸部って感じじゃないよな」

「……え?急に何よ」

「いや、別に」

 ちょっと彼女に愚痴りたくなったので、率直な感想をぶつける。

 文芸部に入っているやつって、もっと物静かで協調性があるっていうかそんなイメージがあると思うんだけど小夜の場合その反対っていうか。

 いっそのこと、たこ焼き部に転部しちゃえよ。

 すると小夜はフフフ……と突然得意げに笑い出し。

「私って、こう見えても読書家なんだぞ~」

 と満面のドヤ顔を見せた。

 あれこれ、今日見たことある。それもこの一連の流れ、そのまんまの形で。

 これが世にいうデジャヴというやつだろうか。

 思わずデジャヴかと疑ってしまうが、何故か彼女のドヤ顔を見ても可愛さや愛くるしさというものは微塵も感じられず……むしろ、憤りというか呆れというか、そういう感情が腹の底から湧き上がってきた。

 その間も小夜は一年間に読む冊数を自慢げに話している。

 そして俺の前まで来ると。

「遊馬、分かった?私って、文芸部向きなのよ?」

 鼻を鳴らして、にんまりと口角を上げた。

 ……もうこれ、いいですよね?

 さりげなく部長に視線を送ると、彼女も軽く息を吐いた後、頷く。

「ドヤ顔すな」

「えっ…………ぬひゃっ⁉」

 部長の許可が下りてすぐ。

 俺は未だ無防備にドヤっている小夜の頭に部長公認の鉄槌を下してやった。

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