第6話 読書家なんだよ、東雲さん!

 数日後。

 東雲さんフィーバーもある程度収まり、教室内はある種の日常を取り戻しつつあった。しかし、そんなのほほんとした日常に戻りつつあった俺のクラスに不穏な空気を漂わせる、一つの噂…………みたいなことがある訳もなく。

 昼休みの今は、クラスのあちこちで数人グループが楽しそうに机を囲んで弁当を食べていたり、スマホを片手にダベったりしている。

そんな光景を傍目に、早々に弁当を食べ終えた俺は、一人静かに独書に勤しんでいた。も、もちろん、俺にだって食べようと思えばだれか一緒に昼飯を食べる奴だっているし?べ、別に、ボッチでいるという訳じゃないんだからねっ。

 などと強がっては見たものの、あえて「独書」とした辺り察してほしい。

 こういうところでコミュ障の俺と、能天気幼馴染との差が如実に表れるのが悲しい所である。小夜は数人の女子グループの中ではじけるような笑顔を見せ、楽しそうに話をしていた。

 くぅ~羨ましい~~~!

 その光景に壮絶な負けヒロインのごとくハンカチを噛みたくなってしまう。ちょくちょく小夜のコミュ力に嫉妬しているような気がするけれど、うん、これを気にしたら負けだな。

気分を変えるために彼女達から視線を切り、ふと隣を見るとさっきまで何人かと一緒にご飯を食べていたはずの東雲さんが一人ちょこんと椅子に座って本を読んでいた。

 紛れもなく俺と同じように独書をしていた。

 彼女はこの数日間、質問攻めにあっていたせいで、隣の席なのにあまり会話を交わせていなかった。

 小夜の方はたまに一言二言話していたけど。

「あ、あのさ……何読んでるの?」

 普通、読書をしてる人に声をかけるのはNGということは分かっているものの、さりげなく声をかけてみる。見た感じ運動が好きそうであまり本は読まなさそうなイメージを持っていたから、どういうのを読んでいるのか気になったのだ。

 急に声をかけられた彼女は一瞬キョトンとしたような顔を見せる。

 もしかして、俺の存在自体忘れられてる……?

「あっ、えっと…………雨宮君、だよね?」

「あ~、惜しいけど……俺は青島かな」

 あっちにいるのが雨宮、と向こうで今も話に花を咲かせている幼馴染を指さす。こうならないための予防線としてフラグを立てたつもりだったんだけど、そんな俺の些細な努力も空しくただ単純に忘れられていた。

 一応隣の席だから、ショックは感じるけれど。

 でも、これまで授業でのグループ学習くらいでしか話したことがない俺と時たま会話を交わしていたはずの小夜の認識が彼女の中で同格だったことは分かった。

 何か……小夜、可哀そうに。

 こちらでそんなやり取りがあったことなど露も知らない彼女に、勝手に同情の視線を送っていると。

「ご、ごめんなさいっ!あまり話せてなかったから……そ、そのっ……えっと」

 名前を間違えてしまったことにひどく動揺したらしい東雲さんが、何か弁明しようとあたふたしていた。伏し目がちになって、本当に申し訳なさそうにしている。

 やっぱり、この子……ええ子やな。

 その姿に俺の中の彼女に対する好感度はさらに上昇する。

「いや……ほとんど話したことなかったし、仕方ないというか」

 だから気にしないでいい、伝えると東雲さんはホッとしたように軽く胸を撫で下ろした。

「それで本、だよね」

 気を取り直して、彼女は自分が手に持っている本を見やる。サイズからして文庫本だから、小説だとは思うんだけど。

 すると彼女は被せていたブックカバーを外して表紙を俺に見せる。

「私が今読んでたのは、こんな感じの本です」

 ちょっと照れたようにはにかみながら彼女が見せた表紙には、桜が咲き乱れる神社(?)の石段を登る一人の男子高校生と女子高生らしき人物が、アニメのようなタッチで描かれていた。

 こういうの見たことある。

 文庫本でたまに見る、ラノベとは違うんだけどそれに似たタッチのイラストが表紙を飾っている小説。アニメ的なイラストに惹かれて、俺も買って読んだことがあったな。学校の図書館で借りたこともある。

 内容も大して固くないから、俺でも読みやすかった記憶があるけど。

 東雲さんって、こういう感じの本が好みなのか。

「あらすじはどんな感じなの?」

「えっと……『あなたの願いは何ですか?』通りかかった神社の前で、竜ノ介は一人の巫女さんに声を掛けられた――。これは神様の使いである琴葉と彼女に見初められた竜ノ介が織りなす、ハチャメチャハートフル日常系バトルファンタジー小説である……ということらしいよ?」

 裏表紙に書かれてあるあらすじをそのまま読む東雲さん。どうやらまだあまり読み進めていないようだ。

 って、感想はそこじゃなくて。

 何だ最後のハチャメチャハートフル日常系バトルファンタジー小説、って。

 最後の最後でぶっこんで来たな。

 初めの内は、「俺も読んでみようかな」って思うような感じだったのに、いざあらすじを聞き終えると読む気も失せてしまうほどの癖が終盤に待ち構えていたとは。当の東雲さんも「えっ、これバトルものなのっ⁉」とあらすじを何度も目で追っている。

 知らなかったんだ、東雲さん……。

 でも無理もないだろう。

 聞いてないよっ、という感じで彼女がジ~っと凝視する表紙はハートフルなイラストが描かれており、このようなミスは表紙買いをしてしまったときのあるあるなのだ。

「もう……私バトルとか、あんまり好きじゃないのに~」

 うぅ~、と悔しそうに眉を顰める。

 文庫本でも一冊5,600円はする。決して安くはないその買い物でせっかく買った小説が思ってたのと違うときって、そんな気持ちになるよな。めっちゃ、分かる。

 まぁ、後悔したくないんなら、ちゃんとあらすじ読めよってことにはなるんだけど、表紙買いもやっぱりしてしまうというか。

 こればっかりは分かっちゃいるけど、やめられないものである。

 うんうん、と彼女の姿に一人共感していると。

「いつもは、日常系を読んでるんだけど……」

 おずおずといった感じで、こちらに目を向ける。そして、ハハハ……、と少し引きつった笑みを浮かべて、小説を机の中にしまい込んだ。

 ああ、これは一生読まれないやつだな。

「そ、そう言えば……青島君って、どんな小説が好みなの?」

 その小説に何故か後ろ髪を引かれていると、気持ちを切り替えたらしい東雲さんがつぶらな瞳をこちらに向けた。こういう所ですぐに切り替えられるかが、表紙買いをする上で重要なことである。

 表情を見た感じ東雲さんは既にあまり気にしてないようで、なかなか強いメンタルの持ち主のようだ。

 俺みたいなメンヘラはずっとウジウジして小夜にウザがられるんだけど。

「俺も日常系とか……緩い感じのが好きだよ」

「えっ、そうなんだ!」

 嬉しそうに、ピョコピョコとポニーテールを揺らす。

 まさか彼女と小説の趣味が合うなんて思わなかったな。俺の好きなジャンルを言っても共感してくれる人が文芸部には少ないから。小夜もラノベは嗜まないといっつも強調してるし。

 なかなか狭いジャンルの話題で盛り上がる人いなかった俺にとって、彼女も日常系が好きなのは朗報だった。そんな俺と同じように彼女も華奢な肩をグイッと乗り出して嬉しそうにしている。

「ねぇねぇ、どんな感じのを読んでるの?」

「えっと……」

 ここで、堂々と女子の前でラノベと言えずに固まってしまう。ラノベといった途端に「へ、へぇ~……」という微妙な反応をする人もいるし。まぁ、確かにあんだけ都合のいい女子なんて現実にいないわけで。

 逆にいないから、そこがいいっていうのもあるんだけど。

 言葉に詰まっていると彼女が透き通った瞳でコクン、と首をかしげる。

「えっ、と…………ラノベなんだけど――」

 彼女に促され、「ラノベに理解がありますように」と祈りながら自分が今一番ハマっているラノベの名前を口にする。これで、頬を引きつられたら詰みである。

 おずおずと題名を言うと彼女は、意外そうに「えっ」と声を漏らして瞠目したと思うと、すぐにパァっと顔を綻ばせた。

「青島君もそれ、読んでるの⁉」

「えっ、じゃ、じゃあ……東雲さんも?」

「うんっ。小説サイトで連載され始めたときから読んでて、本になった時はすぐに買っちゃったよ」

 てへっ、と笑う東雲さん。

 ま、マジか…………!

 こんな奇跡があってもいいのだろうか。隣の席に来た転校生が、俺と小説のジャンルがピッタリと合うなんてまるで小説のワンシーンみたいじゃないか。

 それもラノベって、意外と東雲さんはその方向もイケるらしい。

「ていうか東雲さんって、本好きなんだね」

 なんか意外だった。率直に彼女のイメージと違ったことを伝えると彼女はフフフッ……と急にわざとらしく小さく笑い始め。

「私こう見えて、読書家なんだよ!」

 すごいでしょ~、と腰に手を当ててドヤぁという顔を見せる。

 これが小夜なら、「ドヤ顔すな」とどついてやるところだが、彼女の誇らしげな顔がなんとも言えない可愛さだった。

 思わずスマホを取り出して、パシャリと一枚撮ってしまいたくなるが、ふと小鳥遊君(決して楓のことじゃない)が脳裏をよぎり、俺はまだ変態になるわけにはいかない、とそっとスマホをポケットにしまう。

 彼女が読書家……。

 見た目的にはバイブルが『ぐり〇ぐら』であってほしいような彼女からそんな言葉が飛び出すとは思っていなかった。

 そうは言っても、俺と同級生である訳で。

「そういえば、東雲さんって部活どこに入るか決めた?」

「ううん、まだなんだよね。部活強制って聞いて、何か入らなきゃって思ってるんだけど、いっぱいあるし。クラスのみんなにも誘われたんだけど、決めかねてて……」

「じゃあさ、文芸部に来てみない?」

 彼女が読書家ということを聞いて部活に勧誘しない手はなかった。存続云々が囁かれる我が文芸部を救うべく、彼女を文芸部に誘う。

「う~ん、文芸部か~」

 どうしよっかな~、と天井を見上げて足をブラブラ揺らし始める。

 彼女が悩むのも無理はない。

 うちの学校は部活強制ということもあって、恐ろしく部活の種類が多いのだ。野球やサッカーといったメジャーな部活から、たこ焼き部のような一分野に特化した部活まで幅広く活動している。

 部活動が豊富なのに、敢えて文芸部に行こうとすることが逆に稀ということで。相当読書をしたい、落ち着きたい、部活したくない……などの理由がない限り、わざわざ来ようと思わないよな。

「見学っていう形でも……どう?」

 悩む彼女にプッシュする。

 一回部活の雰囲気を感じてもらえば、もしかしたら入部も考えてくれるかもしれないと思ったのだ。

 すると彼女はその言葉に逡巡して。

「……うんっ、じゃあ見学させて!」

 俺の熱量に根負けしたのか、放課後に文芸部を見学してくれる約束をしてくれたのだった。

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