第4話 感想という名の……

「ねぇねぇ、遊馬の小説の感想を話そうよ~」

 しばらく俺と先輩、小夜と楓という組み合わせで談笑していたが、小夜が思い出したかのように、周りを見回した。

 くっ……余計なことを。

「い、いや~……わざわざ感想なんて言わなくてもいいんじゃないか?」

「えぇ~私は語り合いたいな~」

 ねっ、先輩?と部長を見つめる小夜。

「そうだね……君が嫌じゃなきゃ私にも感想を言わせてほしいな」

 どうかな、と軽く微笑む速水部長。そんな美しい顔でお願いされたら、男子は誰でも肯定するに決まってるじゃないか。

「じゃあ決まりね~!」

 泣く泣く感想を聞くことにした俺とは対照的に、小夜は嬉しそうに破顔する。

 小夜め、人の嫌がることしやがって……。

 ジトっとした瞳を彼女に向ける。

 感想となると、どういう結末が見えているくらいこれまでの経験からよく分かっている。もとはと言えば、泣きすがる小夜の代わりに小説を書き始めたのだから、小夜に人の小説をとやかく言う資格はないと思うのだか。

「まぁまぁ。これも遊馬の文章力の向上に繋がるよ!」

「そ、それはそうだけど……」

 思わぬ正論が彼女から飛んできた。いつもは正論とは反対側にいるような奴なのに、こういう時は頭が働くんだよな。

 まぁ実際のところ、小説を書くようになってから国語の成績も上がったから、感想を言ってもらって小説を添削するっていうのも無駄じゃないっていうのは分かるんだけど。

 書いている側からすると、おかしな日本語を指摘されたりするのはたまにつらくなることもまた事実で。

 正直、俺はあまり気が進まないでいた。

「でも私は、日本語のミスを今回は見つけられなかったな」

「ほ、ほんとですか?」

「うん。君もだいぶ日本語の力が付いたからね。最初の時と比べたら、雲泥の差だよ」

「そんなに最初、ひどかったですか?」

「だって、主語と述語の接続がおかしい箇所がいくつもあったじゃないか」

「ハハッ……そうでしたね」

 初めて小説を上げた後の感想という名の添削合戦を思い出した。あの時は3年生の先輩たちもいたから、より厳しい添削がなされたんだった……。

 ほとんどの文章は、おかしいとかもっとこっちの表現が良いとか言われて書き直しになったっけ。

 あの時からはや一年。

 俺もちゃんと着実に成長してたんだな。毎回ダメ出しを食らってたから、自分としてはあまり実感は湧いていないけれど。

「でも、言いたいところはあるよ」

「で、ですよね~」

 そう、部長は褒めてから落とすタイプ。

 日本語の間違いはなかった、ということで俺を安堵とさせてから俺を奈落の底へ突き落すタイプだ。

 本人としては自覚がなさそうなんだけど、褒めちぎって評価を終えて欲しい俺にとっては、苦しい時間帯である。

「大体の流れはスムーズで良かった。でも、最後のページが……私としてはあまりスムーズには感じられなかったかな」

「最後ですか……」

「うーんと、何て言うのかな……」

 そういうと部長は宙を見上げて、頬をトントンと指で軽くたたくような仕草を見せた。上手く考えがまとまらないとき、部長が決まってやる癖だ。

 生徒会長をしていた時は部活中でもよくこの仕草を見ていたのだが、もしかしたら今年度に入ってから見るのは初めてかもしれない――などと考えていると。

「もしかしたら、秋月さんに告白をした後……あのあたりがちょっとごちゃごちゃしていて読みづらかったのかもしれないな」

「あ~、確かに俺も書いていてなんかうまく書けないな……って思いました!」

「やっぱり、君もそう思っていたんだね。なら、私としては他に言うことはないよ」

 ホッと胸を撫で下ろす。

 速水部長はクールで厳しそうに見えて、意外に優しい。

 前部長のように思ったことを次々と俺に突き刺してくるようなことはしないし、たとえ気になったところがあったとしても、彼女なりのオブラートに包んで指摘してくれるから、俺が食らうダメージも小さくて済むのだ。

 残りの二人……といったところだが、小夜から聞いておきたい。

 こいつ、自分の事は棚に上げて色々と指摘してくるからだるいんだよな……。国語の成績も俺より低いし。

 何をもって俺の小説に意見を出すことができるのか、俺自身も謎である。

「ではでは、私の番だね!」

 ウキウキとした小夜がスマホをスクロールしながら、指摘するポイントを探す。

 誰がこの分野を言う……とかはあまり決まってない(はず)なんだけど、自然と役割分担がされるようになっている。

 部長が主に日本語の乱れや表現のおかしな点について、小夜が誤字・脱字について、そして楓はただただ褒める。

 早く楓の下にたどり着きたい……。

「じゃあ、行くよー。部長と同じで前半は大丈夫なんだけど、後半かな。最後のページの『したたり落ちた』が『したり落ちた』になってるのと、『告白』が『紅白』になっちゃってる」

「えっ、嘘?……ほんとだ、寝ぼけて書き間違えてる」

「ダメだな~遊馬は。私がいなきゃ誤字脱字に気づかないもんね」

 すぐに上げた文章を修正する。

 得意げに話す彼女に若干ムスッとしてしまうが、事実彼女の校閲で修正した箇所はこれまでにいくらもある。たまに「ああ、確かに」というようなミスまで見つけてくることもあり、彼女の俺をイジりたいという気持ちからくるこの執念には半ば感服すら覚える。

「あと、これは誤字脱字とは違うんだけど、最後までお互いの呼び方は『秋月さん』と『新山君』で良かったの?下の名前は……えっと」

「どっちも設定してないな」

「そうだっけ?」

「『からかい上手の〇木さん』的な感じで、名前は書かない感じにしたんだよ。それもあって、みんなからは『新月さん』で定着したけど」

「あ~確かにね。『新山君と秋月さん』って聞くより『新月さん』の方がピンとくるもん」

 てか、略すにしても『新月(しんげつ)さん』じゃなくてせめて『新月(にいづき)さん』と呼んでほしい。

「ま、定着してくれただけ良かったよ」

「あと、最後にもう一つあるんだけど、この話で終わり、ということで良いの?私は続きがもっと読みたいな~☆」

「よ~し、小夜も終わったな。楓は今回の小説どうだった?」

 小夜からの添削を強制的に終了する。

「無視しないでよ、遊馬~」

「はいはい、次回作も楽しみにしてくれ」

 ぶ~、と膨れる幼馴染を適当にあしらい、次へと進行する。

 最後は、いつも褒めてくれる楓の番だ。

 正直、ここまでの流れも楓までの布石。やっぱり、最後は批評されるより、評価されて終わった方が気分いいもんな。

 ウキウキとした心持ちで、彼の言を待つ。

 としばらくして彼の口が開かれた。

「ぼ、僕としては…………今回はなんか…………いまいちだったかな……と」

「いや~ありがとう!………………えっ?」

 もう「良かったです」待ちだった俺は拍子抜けしてしまう。

 藤原書記を彷彿とさせる「えっ?」がシンと静まりかえった部室に響き渡った。その空気に動揺した楓は、あたふたしながら。

「い、いやっ、そのっ………何というか……この小説が高木さん的なことも……先輩が緩くて甘い日常系が好きなことも知ってるんですけど……………何か僕のイメージと違ったというか…………」

 どうやら、俺の書いた最終回が楓のイメージと異なっていたらしい。いつも褒めてくれていただけに、なんだか申し訳ないような気になってしまう。

 その俺以上に申し訳なさそうに縮こまる楓に優しく問いかける。

「楓はどんなのを予想してた?」

「い、いやっ……結末は予想通りでしたけど…………思ってたより、甘いな……って」

 すると彼の口からは意外な答えが返ってきた。

 個人的には付き合わさなくても――的なものが返ってくると思っていたんだけど。

「あ~、それ。めっちゃ分かる」

 えっ、どゆこと?というようなリアクションの俺に対して、楓の隣に座っていた小夜がお菓子をつまみながら同意する。

「なんか、局所的に遊馬の小説ってめちゃくちゃ甘くなるところがあるのよね」

「……甘い?」

「もしかして、素でやってた?」

「お、おう……?」

「あんたの小説って、表現の仕方はおかしくないんだけど……なんかたまにめちゃくちゃ甘くなる時があるのよ。砂糖菓子の上に砂糖をかけたみたいな」

「そ、そんなに?」

「そーよ。あっまぁ………って口に出しながら読むときだってあったのよ」

 全然自覚がなかったことを指摘され、逆に「へぇ~」と思ってしまう。俺って甘か

ったのか…………いやまぁ甘い系の小説や漫画が好きだけど、こうもみんなから思わ

れるほど甘かったとは。

 自分の小説に対して新鮮な気分になった。

「確かに君の小説は甘いというきらいはあるけれど、私は今回のラストでも好きだよ」

 さりげなく部長からのフォローが入る。

 ありがとうございます、凛様……!

「ぼ、僕は……な、何というか……もっと爽やかな……チョコミント的な方が好みと

いうか…………すみません、個人的な感想になってしまって」

「いや、めっちゃ参考になった。自分の小説が甘いってこと自体、自覚がなかったか

らな。後、感想なんだから自分の好きかって言っていいんだぞ。どっかの誰かさんみ

たいに」

「それって誰のこと~?」

「さぁな」

 ジト―っとしたような瞳を向けてくる小夜から顔を背ける。

 いちいち絡んでこなくてもいいから。

 だが俺の祈りも空しく、彼女の次の標的は俺になったようだった。しつこく「ジト―」っという声と共に俺を見つめてくる。

 いや、声は出さなくていいから。

「そういえば、感想はもらった?」

 若干彼女の対応もだるくなり始めていた時、速水部長は思い出したかのように少し大きめの声を出した。

「えっ、今みんなからもらったじゃないですか」

 急に何を言い出すんだろうか。

 思わず怪訝な表情のまま彼女を見てしまう。

 まさか、部長も小夜(そっち)側に……と一瞬身構えるが、部長は「そっちじゃなくて、@fireflyさんの方」と冷静に訂正した。

「あ~、@fireflyさんの方ですか」

「そう。いつも君が感想をくれるって喜んでいたから、気になって」

「実は……今回はまだ感想をくれてなくて。いつもはアップするとすぐに感想も送ってくれるんですけど………」

 そうなのだ。

 小説をアップしてからもう半日以上たったのに、まだ@fireflyさんから感想が届いていないのだ。こんなことは、一年間を通して初めてだった。

「ひょっとして、@fireflyさんに捨てられた?」

「そんな元カノみたいに言うなよ」

「でも、毎回くれてた人が最後だけくれないなんておかしいよね~」

 わざとらしく俺の不安をあおるような言葉を口にする小夜。だが、俺と彼女は小学校からの長い付き合いで、そんなお前の言葉に感情が揺れ動くほど俺は弱くない。

 フフン、とおどけた視線を送る彼女に鋭い視線を返す。

「お前がどんだけ不安をあおってきたところで、俺は@fireflyさんを信じてるから。まだ読んでないだけで、きっとこれから俺に感想を送ってくれるはずだ。最終話にもなって、俺を見放すなんてこと、@fireflyさんはしない………………はず」

「うわ~自信失うのははやっ」

 言っていくうちにだんだんと声が小さくなっていく俺に呆れる小夜。

 痛烈な彼女の視線に耐える。

「だ、だって仕方ないだろ。俺だって@fireflyさんについて知ってることって言ったら、俺の小説を読んでくれているってことくらいだもん」

「まぁ、気長に待つしかないんじゃないの」

 俺にできるのは、読者からの感想が来るのを待つことだけ。

 するとここまで黙っていた楓が「多分ですけど」と前置きをして。

「い、忙しかった、とかで……見えてないだけですよ…………きっと!」

 俺を元気づけるように両手で拳を作って俺を見つめた。

 なんとも可愛らしい姿である。

「楓、ありがと」

「い、いやっ……ぼぼぼ僕は何も………………⁉」

 毎度のことだが、小説を褒めてくれたりと彼にこうやって元気づけられると不思議と本当に元気になるような気がする。

 これも後輩君効果とでもいうんだろうか。

 でもまぁ、小夜がやっているような〈楓くん充電〉とは訳が違うけれど。

 俺が感謝を述べると楓は照れたように俯いて、そのまま黙りこくってしまった。

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