第3話 セクハラ、ダメ、ゼッタイ

「それじゃあ、カンパーイ!」

 それぞれが手に持ったペットボトルをぶつけ合って乾杯する。

 いつもは人見知りする楓も「せ、先輩…………お疲れ様でしたっ!」と俺に笑顔を向けてくれた。

 適当にお菓子を摘まみ始める。

 すると。

「あ、雨宮先輩っ、だだだ大丈夫ですからっ⁉」

「いやいや~楓くん。いっぱい食べないと大きくなれないぞ~?」

「そ、そんなことっ…………」

「あ~、今私の胸見たな~!楓くんのエッチ&可愛い~!」

 そう言うと、小夜は楓をギュ~っと思いっきり抱きしめた。

 それと同時に楓も恥ずかしそうに頬を少し赤らめ、じたばたと小さな手足をばたつかせて彼女の抱擁を解こうと試みている。

 そのやり取りを見ながら、俺と部長は互いに見合って苦笑した。

 ああ、また始まった。

 これが、楓のもう一つの面――小夜のおもちゃである。

 彼が文芸部に入ってきてからというもの、小夜は中性的で小動物的な(潮〇渚的な?)彼に夢中になっていた。小夜に彼のことを聞くと、彼女曰く「楓たそ、めちゃすこですわ~」らしい(俺には彼女が何を言っているのかさっぱり見当はつかないが、熱量だけは半端なかった)。

 そんな恒例の二人(小夜の楓くん好き好き作戦を楓が無理やり食らわされてるだけ)のスキンシップ、もとい小夜の半ばセクハラ行為を尻目に、速水部長が感慨深げに口を開いた。

「でも、一年も続くなんて思わなかったな」

「僕もですよ。最初、この指令が出されたときは血の気が引きましたけど……やってみると案外できて、自分でもびっくりでした。まぁ、内容はともかくですけど」

「いやいや、内容もちゃんと書けてたよ。変な日本語もあまり感じられなかったしね」

 本当にお疲れ、ともう一度彼女と乾杯を交わす。

 俺たちが通う鷹ノ森高校は、部活動に入ることを強制されている。あまり部活とか、青春とかに興味がなかった俺は、ラノベや漫画でも定番中の定番である文芸部に入ることにした。

 だって、文芸部といったらSOS団に乗っ取られるくらい緩い部活だから。入部したところで、どうせ適当に部室で本を読んで適当に家に帰るもんだと考えていた。

 そんな安易な考えで入ったことに対する天罰か、それとも俺の新たな才能が開花されることへの布石だったのか。

 入部した俺を待っていたのは、小説連載というとてつもなく大きな試練だった。

 速水部長曰く、うちの文芸部は原則として全員が小説サイトにユーザー登録し、入部した新入生の一人がその小説サイトで小説を連載するのだという。

 それで、俺達の中から一人……ということになったのだが、生憎俺達の代は俺と小夜だけしかいなかったため、流れ的に(小夜が必死で俺に泣きついてきた)俺が書くことになったのだ。

 因みにその悪しき慣習は速水部長の英断により今年から廃止されたということを追記しておく。

「案外、途中からは書くのが楽しくなってきてましたけどね。長編を書くのはもう勘弁ですけど、短編とかならまた書いてもいいかなって」

「フフッ、そうなんだ。じゃあまた新作期待してますよ、シマウマ先生?」

「や、やめてくださいよっ」

 先輩の冗談に笑い合う。

 いつもクールな彼女がこんな冗談をいうのは珍しい。どうやら先輩もこの会を楽しんでいるようだった。

 そんな俺達をよそに、相変わらず目の前では小夜が楓にデレデレとしている。

「雨宮さんも、あまり小鳥遊君が嫌がることしちゃだめだよ?」

「分かってますって~」

 先輩の言葉に小夜はそう言うと楓にもたれかかった。

 こいつ……何も反省してないな。

 小夜にもたれかかられた方はといえば、彼女からの圧に右側の頬がプクゥ~と膨れさせたまま黙りこくっていた。

「楓も強くいったらいいんだぞ?こいつすぐに調子に乗るから」

「失礼ね~。私がいつ調子に乗ってるっていうのよ」

 今だよ、という言葉をグッとこらえて小夜に瞳で訴えかける。だが天真爛漫といった風にニコニコとしている彼女に伝わるはずもなく。

 小夜は相も変わらず、楓に餌付けを始めるのだった。

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