第2話 放課後、旧校舎、部室にて
放課後になっても東雲さんの人気は衰えなかった。好きな動物は、好きな映画は?と矢継ぎ早に質問が飛んでいく。
「えっと……ウサギが好きで映画はアナ雪!」
と東雲さんの方も次々と答えていっている。
質問に答えている合間にクラスの女子達から「ほたるちゃん、あーん」といって餌付けをされていたのが、妙に微笑ましかった。
一口カプッと食べると女子達から黄色い歓声が上がる。
「それじゃあ東雲さん、またね~」
「あっ、また明日です!」
質問攻めにあう東雲さんを横目に俺と小夜は教室を抜け、部室へと向かった。文芸部の部屋――というか大半の文化系のクラブの部室はここ、旧校舎にあり、文芸部は3階の一部屋を部室として使用している。
旧校舎は木造建てのせいか何とも言えない香りが漂っていた。
「ほんと、どうにかならないの、この匂い」
「まぁ……古い木の香りだから仕方ないだろ」
大袈裟に鼻を押さえて顔をしかめる小夜を嗜める。
確かに、古い木造建築特有の香りが苦手だという人もいるだろうけど、個人的にはこの古い木の香りが妙に心を落ち着かせてくれる、なかなか好きな空間だ。
ただ、毎回1階から3階まで上らなければならないのがたまに傷だけど。
「ふぃ~」
少しガタが来ている扉を開けると、既に先客がいた。
顔のサイズと明らかに合っていない大きなメガネをかけ、窓から差し込む光を頼りに黙々と読書を続けている一人の少年。
「楓くん、久しぶり~!」
「あ、青島先輩と………雨宮先輩……ど、どうも……」
楓は俺達を確認すると、ページをめくる手を止めて軽く会釈した。小夜に若干ビビった視線を向けていたような気はするが、今はあえて触れないでおこう。
楓くん――そう小夜から呼ばれていた小鳥遊楓は、今年から文芸部に入ってくれた期待の、そして唯一の一年生だ。小柄な体格と少し長めの髪、そしてその小さな顔と不釣り合いな大きな眼鏡が特徴的な我が鷹ノ森文芸部の長門有希君でもある。
その他にも彼には別の面があるんだけど――まぁ、いずれ分かることだから、その時になったら説明することにしようと思う。
「そういや、速水先輩は?」
「え、えっと………なんか、用事があるとかで…………」
最近、俺達よりも早く部室に現れる部長の名前を口にすると、楓君は机の上に置かれた荷物に視線を移した。その先を見ると、確かにそこには速水先輩の鞄が置かれている。
「じゃ、部長が来るまで本でも読んでおくか……」
鞄の中をごそごそと漁り、一冊のラノベを手にするが。
「な~に、先にシ・マ・ウ・マ先生の感想を言いたいな~?」
隣から楽しそうな――俺から見れば心底面倒くさそうな声が聞こえてきた。重い頭を彼女に向けると、声に違わず悪戯っぽく口角が上がっている。
朝からずっと溜めていたであろう、イジり倒そうとする欲求をそのまま映し出した瞳がギラギラと輝いて俺を離さない。
だが、俺を舐めてもらっては困るというもの。
「おい、小夜。教室と部室(ここ)の俺は違うからな?」
「ふ~ん、どう違うの?」
「なぁ、楓。小夜ってな、小さい頃…………」
「ち、ちょっとっ‼楓くんを使うのは反則でしょ⁉」
「教室で小説の話題を出しといて反則も何もあるか」
「ぐ、ぐぬぬぬぅ……」
悔しそうに唇を噛む小夜。お気に入りの楓に自分の恥ずかしいエピソードを言われてはたまらない、とその後すぐに降参した。
意外なほどあっさり引き下がった彼女に思わず拍子抜けしてしまう。だがまぁ、俺が思っていた以上に楓というカードが強力だったらしい。
やっぱり世の中、最後は正義が勝つんだなぁ。
俺が悪徳・小夜奉行を成敗した余韻に浸っていると、キィー……っという音と共に扉がゆっくりと開き、「楽しそうに何やってるの?」と速水部長が入ってきた。
手には何やら結構入っているらしきレジ袋が下がってある。
「あ、部長。お疲れ様です」
「部長~、遊馬が私をいじめるんです~」
「お前……その変わり身の早さ逆に尊敬するわ」
「う、うるさいっ」
「ま、まぁまぁ…………二人とも……」
再び騒がしく俺達にその整った柳眉を下げる部長。その困ったような顔でさえも、また凛々しく感じられる。
速水凛部長は、我らが文芸部の部長にして前生徒会長であられるお方だ。頭脳明晰・スポーツ万能、文武両道・質実剛健を地で行くまさにオールマイティで、今年の受験でも有名国立間違いなしと噂されている。
見た目もキリっとした双眸に通った鼻筋、黒曜石のような長髪とそれに相反するような粉雪のような白い肌は、男子だけでなく女子のファンも多い。
中には、「凛様~!」と陰で呼んでいるファンもいるらしい。
そんな凛さ……こほん。
速水部長がレジ袋からコーラを一本取りだすと。
「シマウマ君、完結おめでとう。お疲れ様」
慈愛に満ちた瞳を向けて、俺に手渡してくれた。
「あ、ありがとうございます!」
「あと、今日は君のお疲れ様会をしようと思うんだけど、いいかな?」
「えっ、そこまでしてくれるんですか……⁉」
「ずっと頑張って書いてたから、これくらいはしなくちゃね」
そう言うと速水部長は、机の上に袋をどさっと置いた。中からは、大量のお菓子やジュースが見え隠れしている。
部長……なんてお優しい方なんだ。
それに比べて、と小夜の方を見ると小夜は既にお菓子とジュースの方に気を取られているようだった。俺の顔を見るなり、「遊馬、小説お疲れ様」と眩いばかりの笑顔を見せてくる。
その変わり身の早さに俺はまたもや自然とため息が漏れてしまうのだった。
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