第一章 転校生はまさかの……

第1話 転校生登場!

「おはよ~遊馬。あんたも眠そうね……」

「…………そういうお前もな」

 栗色のボブを揺らしながら教室に入ってきた小夜は、珍しく自分から声をかけてきた。GW明けということもあって、互いに欠伸をしながら挨拶を交わす。

 何で連休明けってこうもだるいのかね。

 いや、午前2時まで起きていればそりゃ眠いか。

 眠気覚ましがてらストレッチをしていると、前の席に腰を下ろした彼女の方も眠気を誤魔化すようにグイ~~、っと一つ伸びをした。

 何度か首と腕をグルグル回した後、何か言いたそうな眼をこちらに向ける。

「な、何だよ……」

「で、あれは完成したの?」

「ま、まぁな」

「へぇ~どんな感じ?」

「い、今言わなくても…………」

「いいじゃない、今言っても減るもんじゃないでしょ。いやむしろ、今言った方が読者も増えるから言っちゃえば?」

「上手く言わなくていいから……」

 案の定、彼女が口にしたのは俺が深夜に仕上げた小説の話だった。GW中に最終話を仕上げるということを部活で公言してしまった以上、やはり完成したかどうか気になったらしい。

 だがしかし、完成したかどうかなんてサイトを調べればすぐわかる話で。

 そこをわざわざ本人に聞いてくるあたりが確信犯である。

 俺が趣味で小説を書いているという秘密を文芸部以外の人物は知らないし、絶対に知られたくない。というか、そもそも俺の徒然なるままに~を体現したような小説なんて、誰が興味あるんだ。

 冷やかしで読む以外、需要無いだろ。

 もしクラス中に俺の書いた小説が知れ渡り、その後に俺がクラスの皆からどんな目で見られるか、想像するだけで悪寒がする。

 だから小説の話をするのは文芸部の部室って決めてるんだけど……彼女はそんな羞恥心にまみれた俺の秘密を本人の口から喋らそうとしている。

 そんな人の嫌がることを嬉々として行う彼女の名前は、雨宮小夜。

 俺の幼馴染であり、クラスメイトでありまた、同じ文芸部員の仲間だ。改めて考えると長いな。こいつどんだけ設定盛ってるんだ、とツッコみたくなるが、彼女曰く「まぁ、ラノベならこんなもんでしょ。逆に弱いくらいよ」ということらしい。

 ちょっと何を言っているか俺にはよく分からないし、彼女がいうことには「自分はラノベを嗜まない」そうだから余計に彼女の発言の意味も分からないのだけれど。

 まぁとにかく、からかえそうなことがあればいつでも俺をおもちゃにしてくる超危険人物ということだけでもみんなには覚えて帰って欲しい。

 さすがに教室では声を大に出来ず言い淀む俺に対して彼女は、にやけた半眼を向けてさらに追い打ちをかけてきた。 

「それじゃあ、ここで声に出して読んでいい?」

「や、やめろっ!」

 それは冗談にもなってない!

 スマホを覗き込むそぶりを見せると、最初の文字だけを頻りに発音する。そんな、得意げに俺の黒歴史を公衆の面前で晒そうとする小夜という名のモンスターを俺は必死になって止めにかかった。

 小説と共に俺の高校生活も終わりを迎えてしまう……!

 すると俺の必死さが天に伝わったのか、チャイムが教室内に鳴り響いた。それと同時に先生が入室し、さっきまでの弛緩した空気が幾許か引き締まった。

 た、助かった…………。

 チャイムが鳴るという幸運に感謝していると、

「それじゃあ、また部活でね~」

 小夜は少し残念そうというか、物足りなそうにそう言って体を正面に向けた。


     ※


「今日はみんなに発表があります!」

 教卓の前に立った真嶋先生は開口一番そう言い放った。

 その言葉に教室が喧騒に包まれる。

 何事かと数人のクラスメイト達が色めきたち、「ま、まさか、真嶋っちが結婚⁉」「い、いや、それはないだろ」という声もちらほら聞こえてくる。真嶋先生ディスリが若干混じっているような気がしないでもないが、さすがに真嶋先生も大の大人だからこんな言葉にいちいち反応しな…………。

「えっと、それじゃあ高橋君と清水君は一週間、放課後残ってクラスの掃除を任せようかな♪」

 あっ、そんなことなかった。

 あんな大勢が喋っている中で、瞬時に自分の悪口を言った生徒を見つけ出したらしい。聖徳太子も驚く特技である。

 そして、悪口を言った生徒にキャピっとした口調で、放課後の掃除という恐ろしい任務を口にする。アラサーのキャピにどれだけの人が寒気を覚えたのかは分からないが、とりあえずその場の空気が一瞬で凍り付いたことは想像に難くない。

 言動、どちらも恐ろしい真嶋教諭である。

 すぐさま高橋と清水がフォローにかかるが、既に彼らへの罰は決定したとばかりに二人を無視して話を進めていく。

「実は……転校生が来てくれました!」

 入ってきて~、と扉に手を向けると一人の小柄な女の子がポニーテールをゆっさゆっさと揺らしながら教室に入ってきた。

 うわっ、可愛い。

 その小動物のような愛くるしさに一瞬で目を奪われてしまう。

 真嶋先生の専制にクラスの誰もが恐れおののき、空気も糸を張ったようになっていた教室内が一気に明るいムードに包まれた。クリっとした瞳に愛くるしい笑顔を纏ったその少女に、男子は「か、可愛ええ……」という感想を、女子は「お、お可愛わわわ………」といった様子を見せている。

 それまでの極寒のような厳しさとはうって変わり、春の陽気に似た温かな雰囲気に教室が包まれる中、

「お、おはようございます。急遽父の都合で引っ越してきました、東雲ほたるって言います。これから、よろしくお願いします!」

 東雲ほたる、と名乗ったその少女は、その見た目に違わぬ愛らしい声で簡単に自己紹介すると、ペコリと深くお辞儀をした。ポニーテールも動きとあわせて揺れる。

その姿に教室内からは大きな拍手が送られ、周りからは「同級生、まじ?」「可愛いー」と次々に囁かれ始めた。

「東雲さんはGWにこちらに引っ越してきたばかりなので、みんなこの学校の事とか、色々教えてあげてくださいね。それじゃあ、東雲さんは…………青島君の隣の席に行ってもらおうかな」

 一通り紹介も終わったところで、真嶋先生は東雲さんに机に向かうように促した。教室を見渡す真嶋先生と一瞬目が合ったと思ったら、すぐに先生は俺の隣を指さした。 

 それと同時に若干数名の羨望の眼差しが刺さる。

 でもまぁ、GW明けに俺の隣に謎の新しい席が用意されていたんなら、若干の予想はついていたけれど。

 これは完全なる席得というやつだな。

 こちらに向かってくる彼女へ、最初の言葉を口の中で反芻する。よろしくよろしくよろしくよろしくよろしく…………。

 そして、彼女が目の前に来た。

 さぁ俺、爽やかに挨拶を決めて見せろ!

「よ、よろしくっ………」

 やっぱりあかん、あかんてっ…………。

 思わず両手で顔を覆ってしまう。

 フランクに挨拶しようとする気持ちとは裏腹に、口は俺の体に染み込んだコミュ障っぷりを遺憾なく発揮した。たった4文字の言葉に詰まるだけでなく、さらにはめちゃくちゃ小さな声という特典までつけてしまう有様だ。

 し、知らない人となんて喋れないよ……。

 相変わらずな自分に対して、呆れてしまう。

「あっ、よろしくお願いします!」

 だが、そんな俺にも東雲さんははじけるような笑顔を見せ、元気で明るい声で返事をしてくれた。

 な、何て良い子や…………!

 こんなコミュ障にも優しく接してくれる慈愛に満ちた彼女に感動を覚えていると、前の席の小夜も簡単に挨拶を交わす。俺とは対照的に、何事でもないといった感じで一言二言会話するその姿に「コミュ力若干高め人間め」と思わず嫉妬してしまう。

 俺も少しくらい会話できるくらいには……とこの時小夜の姿を見て強く心に誓った俺だったが、この後彼女の周りには多くの人だかりができたせいもあって、東雲さんと会話を交わす機会は訪れなかった。

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