私と死と親友

@Magnus60

第1話

「ねぇ人ってさ、死んだらどうなると思う?」


唐突に降ってきたその言葉に、前の席に座る親友を見る。


「何、急に」


「いや、だからさ?人って死んだらどうなるのかなー?って」


よくあるのだコイツは。こうやっていきなり意味も無さそうなことを聞くことが。


「死んだことないからわからないに決まってるじゃん」


「だから思う?って聞いてんじゃん」


逆ギレされた。何なのだコイツは?私の親友か。


「ほら、よく言うじゃん、天国だの地獄だの冥界だの転生だの」


「別にどれでもないと思うけど」


至って真面目に言ったら凄まじく変な歪んだ顔をされる。


「え、何...それ?」


「だってそもそも魂みたいなもの信じてないから」


先の例えはどれも一貫して"死後の自分"という、魂とも呼ぶべきモノが前提となっている。


「魂?」


「そ、死んだ後本当に何かを認識、思考することが出来てるのだとしたら、それは魂のような体に囚われない"自分"がいるってことでしょ?」


なるほど?何て口にしてはいるが、あまり分かってないだろう。


「そんなのは非現実的すぎる。本当にそうだとしたのなら、人工的に脳の構造を分子レベルで再現したら魂が宿るってことだよ?」


まぁ魂が無かったとしても、そこに自我が発生したらそれはそれで現実的ではないが。


「じゃあ魂があるとしたら?」


「え...まだこの話続けるの?」


今ので結論出たから終わりだと思ってた。


「当たり前じゃん!さっきのなんて思考放棄しただけじゃん!」


「うっ...」


それを言われると弱い所がある。


「まぁあるとするなら転生論かな」


「そりゃまた何で?」


くーるくると指で空中に円を描く。


「話が広がりやすいから」


「はへ?」


その指でアホみたいな顔してるおでこを押す。


「天国とか地獄って主に生前の話であって、死後の話としては良い場所悪い場所としか言えないじゃん」


「え、あ、確かに?」


逆の手で頬杖を突く。


「だから死んだ後のことを考えるなら、転生論が一番正しいと思う」


「へぇ...転生ね」


但し転生先に関してはまた話が広がってくる、なんて他愛ないことを考えていたからだろう。親友がいなくなっていることに気が付かなかったのは。


窓の外、遠い地面。親友は血溜まりに浮いていた。



†††††



「ねぇ人ってさ、死んだらどうなると思う?」


唐突に降ってきたその言葉に、魂なんて無いから死後は何にもないと伝えたら思考放棄だと怒られた。

この子は昔からこうなのだ。普段は抱え込む癖に、人に聞いた答えが望まないモノだったら逆ギレする。それはそこに納得して欲しいものだ。


「だから死んだ後のことを考えるなら、転生論が一番正しいと思う」


じゃあ魂があるとしたら?と聞かれたからこう答えた。だって質量もエネルギーも保存されるんだもん。


「へぇ...転生ね」


そんな時不意に脳裏に走る光景があった。その話の続きを頭の中で考えていたら親友が目の前からいなくなっている光景だ。そして窓の外の遠い地面で咲く血溜まり。


所謂デシャヴと言う奴だ。既視感とも言う。原因としては過去に見たことある光景が、似たような光景で想起されるからだそうだ。


でもこれは絶対有り得ないだろう。だって過去に誰か友達が目の前で死んだことなんてないはずなのたから。


「―――そう言えば!」


それを思い出した瞬間、反射的に言葉が出た。言葉そのものは何の意味も持たないその声は、しかし動きだしかけた親友を止めるには十分だった。


「単に転生って言っても転生する先の、来世の問題があるよね?」


「えっ、あっ...うん」


面を食らった反応をする我が親友。先のが何かは問うまい。しかし、コイツの隣に自分がいる限りその目論見は成功させるつもりはない。


「例えば最近よく聞く別世界に転生するとか、普通に想像する同じ世界で次の生を得るとかね」


「う、うん。でもそれ以外何かあるの?」


「どうして生まれ変わる先が未来だけなの?」


え、と空気の漏れたような声が聞こえた。


「過去の今では歴史上の偉人にされた人に転生する可能性はないの?」


「そんなことは―――」


ないとは言わせない。だって死んだ後のことは誰にもわからないからだ。


「それに今こうやって話してるのは本当に自分の意思の元?今言ったように過去の偉人に生まれたとしたら、自分の意思のつもりで別のなにかに動かされてるのかもしれないよ?」


「え...あ...う...」


まさに言葉にならない、だろう。


「じゃあ未来、過去が考えられるなら"今"はどうなの?」


「今...?」


そう今。厳密には今世だが。


「"自分に生まれ変わる"なんてのは有り得ないこと?」


「自分...に」


そう、今を生きてる自分に、だ。


「もし自分に生まれ変わるのだとしたらまた二つその先が考えられる。未来が決まってるのか、決まってないのか」


「...」


つまりは、"全く"同じ人生を歩むのか、同じ人間の別の人生を歩むのか、だ。


「ここで同じ人生だとするなら、それは繰り返される苦痛でしかないことになる。けど別の人生だとするなら良いようにも変えられるんじゃないかな?」


「繰り返される苦痛...」


それは嫌だから皆生きてるのかも、なんて呟いて。


「暗い話はここで辞め!帰ろ」


「うん」


帰り道、途中で買ったアイスを食べながら。


「何で生きてるかって?」


「うん」


またも唐突に聞いてきた。


「強いて言うなら惰性だな」


「惰性?」


本当にわからないように首をかしげる。


「そ、今生きてるから生きてるだけ」


「じゃあ何か特別な理由がある訳じゃないんだ」


そうだね、痛いのが嫌ってのもあるって言おうとしたときには、親友は車の前に飛び出していた。



†††††



もう何回目だろう。アイツの奇行を止めたのは。学生の間に二桁を越えて数えるのを止めた。

社会人になってからも呼び出され、一緒に飲んだ後、よく奇行に走っていた。その度に既視感を感じ、そう言えば!と話を続けた。

それはいつまででも続いたように思う。



†††††



ここはとある老後の世界。


「何で死ねなかったのかね?」


と、


「死んでたんだよ」


と。

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