第28話 隙間
ベリーの飼い主である親戚の女性が急な買い物に出かけたそうで、あと三十分ほど追加でベリーを預かってくれと言われたらしい。椿がベリーを連れて帰ってきた。例のグレートピレニーズである。
向日葵は久しぶりのベリーを好き放題撫でた。ベリーのほうも声を上げて喜んでくれた。腹を見せてごろごろと地面を転がる。
「よーしよしよし、今日は向日葵さんがベリーちゃんと遊んであげようね」
腕まくりをして玄関を出、庭のほうに行く。落ちた柿の葉を踏み締めて進むと広い空間に出る。剥き出しの地面に物干し竿と曾祖父の趣味で無作為に植えた樹木が突っ立っている庭で池などのしゃれたものはない。
庭の端にある物置を開ける。アウトドア用品とスポーツ用品、ついでに資源ごみもまとめて置いてある。ベリーが顔を突っ込もうとしたが後ろからついてきた椿がリードを引っ張って止めてくれた。
メタルラックに子供の頃兄と父とキャッチボールをした柔らかいボールがあった。空気の入ったボールでスーパーボールより少し柔らかい。小さい頃はあんなに大きく感じたのに、大人の向日葵の手なら包み込めるくらいのサイズだった。
「ほら、ベリー! 取ってこい!」
向日葵がボールを投げる。わざと塀にぶつけてみたが、ベリーは飛び跳ねて難なく口でキャッチした。
「なかなかやるな」
ボールを持って帰ってくる。もう一度投げてやる。今度はぶつかる前にキャッチされてしまった。賢い犬だ。
今度ベリーは向日葵のほうには帰ってこなかった。いつの間にか縁側に座ってひと息ついている椿のすぐそばにボールを置いた。そして、わん、と鳴く。
「お前も若い男が好きか」
「ええー、ひいさんと遊んでやー。僕今日はもう業務終了やわー」
しぶしぶといった感じで立ち上がり、塀のほうに向かって投げる。ボールが塀にぶつかって飛び跳ねる。
今回のベリーは間に合わなかった。バウンドしたボールが縁側のほうに飛んできて、縁の下に転がっていって入ってしまった。
ベリーが縁の下に頭を突っ込む。
「取れる?」
椿と二人で縁の下を覗き込む。ベリーが頭を伏せた状態で尻を振りながらバックして出てくる。その口にはボールを咥えていた。
椿はしばらく縁の下を見つめていた。
「椿くん?」
「この下何かおる?」
ぎょっとしてしまった。
「何かいるように見える? ネズミか? 駆除する業者呼ばなきゃ」
「いや、別に何か見えたわけやないんやけど――」
指を、縁の下をなぞるように振る。
「これくらいのスペースやと、地下牢の窓のサイズやな、と思って」
ぞっとした。
「うちは地下とかありません!」
「せやね。あったら気づいてるわ」
椿はころころと笑って「お風呂の準備しよう」と言いながら部屋に上がっていった。
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