第27話 ほろほろ
向日葵が焼き菓子をもらってきた。この家はどうも食べ物を恵まれる家だ。みかんからアップルパイまで間食には事欠かない。おかげで椿は体重がかなり増えた。もともと自分が痩せぎすで貧弱でみっともないと思っていたのでまだまだ許容範囲ではある。しかし最近になってどこかでセーブしないといけないような気もしてきている。それにしても、椿よりよく食べる向日葵が細身なのがすごい。筋肉量が多く基礎代謝がよいらしい。自分がすべきなのも筋肉量を増やすことのようにも思う。
今日のおやつはメレンゲだ。直径が椿の親指ほどもある巨大なメレンゲである。ピンク色なのは着色料ではなくいちごの果汁を練り込んであるからだそうだ。
「そろそろ
「あきひめ?」
「いちごの品種。伊豆で作ってるんだわ」
「静岡は果物大国やね。浜松のほうではメロンも作ってはるんやなかったっけ?」
「そうなのよ。富士山のふもとではブルーベリーも作ってるし。果物じゃないけどうちでもお抹茶作ってるしお菓子に味つけるのは得意さね」
こたつの上で透明のパッケージを開け、砕けた粉末状の破片を落とさないように気をつけながら中身を取り出す。軽い。卵白のかたまりだ。
「静岡は一年中何か採れるんだよねえ。春はいちご。夏はお茶。秋はお米。冬はみかん」
そしてそのたびに農家の人間は駆り出されるのである。ピーク時は親族総出で作業をするのだ。しかも今向日葵が言ったのはあくまで旬の話であり、実際は途切れることなく一年中仕事がある。みかんはそろそろ最盛期だし、早生いちごはもう採れるのだろうし、お茶農家である我が家も先月秋番茶の季節が終わったと思ったのにもう来年の一番茶の準備だ。
「興味ある?
「この前西浦のみかん農家に行かされたばっかりやろ」
「頼りになる人が婿に来てくれてよかったねってすごい言われる」
「都合よく使われとる」
メレンゲを口の中に放り込む。口の中でほろほろと溶けていく。
「一日四時間週三日時給1200円。どう?」
「結構話進んでるやん」
思っていたほど甘くない。甘酸っぱくて、生のいちごの風味を感じる。おいしい。これはもう一個いけそうだ。
「まあ、うん……、行ってもええかな」
「ほんと? 嬉しい!」
こづかいも欲しいし人脈も欲しいが、何より体力が欲しい。苦手だった肉体労働を克服したい。少しでも強くなりたい。そう考えれば農家も悪くない気がしてきた。
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