第11話 からりと
咳き込む声が聞こえてきたので、向日葵は上半身を起こした。
暗闇の中で椿がひとり苦しそうに咳をしている。
枕元に手を伸ばして電灯のリモコンをつかむ。ぼんやりとした蛍光塗料を頼りにボタンを押す。ぴ、という音と同時に部屋に明かりがつく。
椿は向日葵のほうに背を向けた状態で肩を震わせていた。
今にも途切れそうに苦しげな息のはざまで彼が言う。
「ごめん、起こした?」
「まだ寝入ってなかったからだいじょうぶ」
二度三度と彼の背中をさすった。彼が赤い顔で「ありがとう」と微笑んだ。咳は全身運動だ、体力を消耗しているのだろう。彼は少し生命エネルギーを蓄積できたかと思えばあっと言う間に使い切る。
彼の額に手を当てる。熱があるわけではなさそうだ。ほっとした。
これまた枕元に置いておいたタンブラーを手に取った。ふたを開けて彼に差し出す。中身はただの白湯だ。二人には寝る前に電気ケトルのお湯をタンブラーに注いで枕元に置いておく習慣がある。
椿がお湯を飲んでいるうちに立ち上がり、加湿機の具合を見た。赤いランプがついていた。給水アラームだ。これが原因で空気が乾燥しているらしい。気づかなかった。自分が鈍感なのだろうか。否、たぶん椿が敏感すぎるのだろう。椿は乾燥にも弱ければ湿気にも弱いのでどうやって二十二年も京都で生きてこれたのかわからない。
加湿機から給水ケースをはずす。
「水入れてくる」
部屋の外に出てキッチンに向かう。蛇口をひねって水を溜める。給水ラインを超えたら部屋に持ち帰る。加湿機にケースをはめて電源ボタンを二度押しすると、先ほど同様に白い水蒸気を噴出し始めた。
布団に戻った。
「寝れそう?」
「うん。ありがとう」
椿ももぞもぞと布団に戻る。
「明日の朝まで続くなら病院行こ」
「いつものやつやから大丈夫」
「椿くんの大丈夫はあてになんねえだよな。まあ止まって寝れたらおっけーだからとにかく休んで」
「ごめん。……ありがとう」
それからも何度か咳をしていたが、部屋の湿度が上がってきたためだろうか、そのうち止まった。向日葵は安心して目を閉じた。
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