第12話 坂道

 今日の二人のデート先は愛鷹あしたか広域公園だ。その名のとおり愛鷹山の中にある公園である。池谷家の茶畑から北東に行ったところに位置する。茶畑よりもさらに山奥ということだ。


「国立自然公園?」


 椿が助手席からはるかかなた遠くに見える沼津市街を見下ろしながら言った。向日葵はハンドルを握って前を向いたまま「違う、と思う……」と弱気な返事をした。


「あれ、どこが管理してるんだったかな。市? 県? 後で調べとくわ」

「半分冗談のつもりやったんやけど、ほんまか……」


 運転していて車体が勾配をのぼっているのがはっきりと伝わってくる。愛鷹山の標高は千メートル超だ。公園はその中腹とはいえそれなりの高さにある。静岡県は、深海、即、高山だ。椿はいつだか自分たちの大学のキャンパスを山の中だと馬鹿にしていたがこれが向日葵の知る本物の山だ。


 東部運転免許センターを超える。さらに奥地に分け入る。やたらと広くてまっすぐな道路と緑しかない。


 やがて背の低い囲い壁と開放された門が見えてきた。これを抜けると左右に広大な駐車場がある。右折して右の駐車場に進む。巨大なグラウンドや野球場があるためスポーツの大会が開かれる日は埋まるが、何でもない平日の昼間の今はがらがらだ。


 二人で同時に車をおりる。椿がすぐさま駐車場の端に向かう。眼下遠くに沼津の街並み、そして海が見えた。快晴の空の下今日も輝く海が見える。こうして見ると市街は狭く、山と海の距離の近さを感じる。


「絶景やー!」


 少年のようにはしゃぐ椿を眺めて満足する。どこに連れていっても喜んでくれるので可愛い。


「ねえ、椿くん」


 椿が振り向く。


「この公園ね、ヘリが来るの」

「ヘリコプター?」

「伊豆長岡の順天堂大学病院からドクターヘリが来るの」


 きょとんとした目で向日葵を見つめる。

 異郷からやって来た彼のために、万が一の時に備える。それが本物の愛なのだと思う。


「大きな地震が起こった時――南海トラフ地震が来た時。ここなら、絶対、津波が来ない。だから、広域避難所に指定されてるの。県東部で唯一へリポートとして使える場所になるの」


 椿が真剣な目をした。


「自宅ならお父さんとお母さんがいるから大丈夫だと思うけど。もしわたしがいない時に何かあったらここまで来てね。ここなら安全だから。きっと自衛隊が助けに来てくれるから」

「……うん」


 今でこそ東日本大地震の余震ゆえか三陸や茨城のあたりが地震の頻発する地帯になってしまったが、向日葵が小さい頃は静岡県が国で一番の地震大国だったので、県の建築基準はどこよりも厳しい。小中学生の避難訓練は年に三回、防災ずきんは必携だ。特に駿河湾奥の沼津は津波が十メートルを超える計算になっている。いくら池谷家が北のほうにあると言っても、国道一号線よりこちら、根方ねがた街道まで達するようなことがあったら壊滅するはずだ。

 静岡県で暮らすということは、そういうことなのだ。


 京都に住んでいた時、地震など年に一度あったかどうかだった。

 どうか神様、彼が怖い思いをしませんように。


「……まさかと思うけど」


 椿が目を伏せる。


「徒歩ですか?」

「徒歩です!」



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