第4話 紙飛行機

 池谷一家は読書家だ。向日葵は本屋の一番目立つところに平積みにされるような一般文芸が好きだし、向日葵の母は文庫サイズのライトな文芸作品が好きだし、向日葵の祖母に至ってはなんと七十代も半ばにして岩波新書や中公新書を読む。一家の大黒柱である向日葵の父は本こそ読まないが静岡新聞と農業新聞の二紙を買って毎日隅から隅まで目を通していることを思うとやはり活字が好きなのだろう。


 椿はそういう家庭に安心と信頼を感じていた。


 池谷一家はみんな大雑把で少しがさつな性格をしている。ノリはどちらかといえば体育会系だ。しかも農家で一年の半分は肉体労働である。そんなところに文学青年だった自分が入っていって大丈夫か最初は不安だったのだ。


 しかしふたを開けてみればみんな語彙と情感の豊かな人たちで、上っ面だけの教養でなんとか生きていた自分や実家の面々よりよほど精神的に成熟しているように思う。


 自分自身を恥じる。


 やはり、心のどこかにはあずまびとを見下す何かがあったのかもしれない。田舎に対する蔑視があって、地方に行ったら今までどおりの文化水準は保てないのだと勘違いしていたのかもしれない。文化施設はもちろん京都のほうが比べものにならないほど多いが、もともと出不精だった椿の行動範囲などたかが知れていた。


 椿が向日葵の祖母と母と三人でお昼を食べ終わった頃、向日葵の父がひょっこり顔を出した。作業着姿だ。今日は向日葵と二人で茶碗の仕入れに富士市の陶芸家の窯元に出かけていたが、帰宅したらしい。


「ひまは?」


 義母が尋ねると、義父は「工場にいる、俺もすぐ行く」と答えた。


「その前に、ほら。これ、椿にやんよ」


 彼が新聞紙の束を差し出すので、椿は喜んで受け取った。毎日こうして横流ししてもらっているのだ。ニュースなど今時スマホで見られるが、興味のある記事だけタップして読むと知識に偏りが出る。アンテナに引っ掛からなかったものを新聞から拾い上げたい。何より静岡新聞はいい、二十二年京都で暮らした椿にはわからない静岡事情が載っている。時々読みながらグーグルマップで検索する。すごく勉強になる。


「もらいます。ありがとうございます」


 横着して下半身は座卓の前で正座したまま腰をひねって腕を伸ばすと、向日葵の母親に「あんた腰やるよ」とたしなめられた。


 まずは広告のカラーチラシを引っこ抜く。買い物に行かない椿には用がない。捨てる前にさらっと近所にどんな小売店があるのか一応チェックするようにしているが、基本的には興味がない。


 椿が横にのけたチラシを祖母が拾った。そして折り紙を始めた。しゃっきりとした、丁寧な手つきだ。チラシはやがて大きな鶴になった――なぜか足が生えている。


 母親が折り紙を始めたのを見て、やる気が湧いてきたらしい。彼女の息子である向日葵の父親もチラシを折り始めた。


 椿はしばらくその手つきを眺めていた。


 三角形になるよう半分に折る。三角形をさらに三つ折りにして細い三角形を作る。そして一回広げる。折れ線が集中している角を内側に巻くように三回くらいたたむ。三角形を元に戻すと、羽根つきの羽根のような形になった。巻き込んだ角の部分がおもりになる。


「とうっ」


 投げた。


 翼が長いからか思いのほかよく飛んだ。障子の隙間から出ていった。


「見たか椿、これが我が池谷家にだいたい伝わるすごくつよい紙ひこ――」

「バカなこと言ってないで拾ってきなさい」

「はい、ごめんなさい」


 幼子のように母親に叱られた義父は大きな背中を丸めて庭に下りていった。


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