第3話 かぼちゃ

 池谷家のルールでは夕飯は基本的に家族全員で食べることになっている。離れを生活の拠点にしている椿と向日葵の夫婦も例外ではない。特別な用事がない限り二人も母屋で家族団欒をするように言われていた。


 裏を返せば事実上タダで食事をいただている身分だ。料理は主に向日葵の母親が担っているが、彼女一人に全部を任せてのうのうと食べられるほど厚顔無恥ではない。親しき中にも礼儀あり。向日葵と母は一緒に映画や買い物に行くほど仲良しだし、椿とも本を貸し借りするほど趣味が合うが、だからと言って彼女に全面的に甘えるわけにはいかない。一応二人とも成人しているのだ。


 そういうわけで、二人は家にいる時は率先して母の夕飯づくりを手伝っている。


 母屋の台所は広い。向日葵が中学生の頃にリフォームしてシステムキッチンになった台所は、親族の女たちが冠婚葬祭で勢ぞろいして炊事をするのにふさわしいスペースを保っている。向日葵の母、向日葵、椿の三人が横に並んでいてもさほど窮屈ではない。


「わー、すごいすごい」


 向日葵の母が少し大袈裟に思うほど明るい声を出しながら手を叩く。


「椿くんも男の子なのねえ。ほんと助かるー!」


 かぼちゃをカットしただけの椿が、照れてにやけながら「大したことしてないです」と言った。


 まな板の上では巨大なかぼちゃが一刀両断にされている。向日葵の祖母が近所のご老人からいただいてきたもので、スーパーで売られているこじんまりした規格サイズではない。


「もうほんと、置いておいても邪魔だし、せっかくいただいたのに食べないわけにもいかないし、でも私ひとりじゃこんなの解体できないし、途方に暮れてたのよ。お父さんにやってもらおっかなーとも思ってたんだけど、椿くんがやってくれて本当に助かった。これで今日のお夕飯に出せるわね。硬かったでしょ。力持ちね。本当に本当に助かった」


 向日葵は自分の母親を尊敬のまなざしで見つめた。実家では一切台所に立ったことのない椿を褒めておだててうまくその気にさせて料理をさせている。向日葵も褒める育児を実践されてきたと思うが、母のそれはどちらかといえば男児を育てるやつだと思う。さすが向日葵の兄を育ててきただけある。


「で、この半分は明日煮物にするから、もう半分は今日のお味噌汁用に一口サイズにしてくれる?」

「はい」

「ありがとう、お願いね」


 向日葵が「夕飯までに柔らかくなる?」と尋ねると、母が「椿くんがどれくらいのサイズに切ってくれるかによる」と答えた。椿が「がんばります」と呟いた。


 かぼちゃをカットする力強い音がする。


 椿がかぼちゃのカットに精を出している間に、母はごぼうとにんじんを煮始めた。きんぴらごぼうにするのだろう。秋の食卓だ。


 向日葵は椿と母が並んでいる様子を眺めているうちに嬉しくなってしまった。こういう景色が自分の家庭だ。平々凡々とした、穏やかで和やかな家族の一幕だった。

 たぶん、これがしあわせ。




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