褒賞

紫鳥コウ

褒賞

 快晴であろうと鬱蒼うっそうとした森の中は暗い。獣道と変わらないほどの細い小道を、赤ずきんは歩いていた。おばあさんに届け物をするよう、母から頼まれた――いや、きつく命令されたのだ。赤ずきんと母の間には、埋めがたい溝があった。つまり、一方的な憎しみがそこにあったのだ。


 そんな赤ずきんの前に、スーツを着た紳士然しんしぜんとした狼が現れた。この狼はこうしたなりをしているが、これから赤ずきんのおばあさんを食べるつもりである。そして、その下準備のためには、赤ずきんに寄り道をさせる必要があった。そのため、あらゆる欺瞞ぎまんに満ちた言葉をろうして、見事、赤ずきんを先の道へと進ませなかった。


 狼によると、横道にれて少し先に進むと、美味な果物のなる樹があるという。が、いくら歩いても見当たらない。すると、赤ずきんは、元来た道へ戻れるかどうかの心配に襲われた。思いきって、引き返そうとしたところ、向こうのくさむらで、何者かのうめき声が聞こえた。こっそりと見てみると、老齢の男が右足を押さえて苦悶くもんの表情を見せていた。


 肩をかしましょうと申し出ると、男は、「意外なことだ。そなたは、なかなか良いこころを持っておるな」と言い、先ほどまでの苦しげな表情は嘘みたいに、神々しい微笑を見せた。そして、「よし。そのこころがけの褒賞ほうしょうとして、なんでも言うことを聞いてやろう。ただし、ひとつだけだ。それ、考えよ」と、白髭しろひげをたくわえたあごを突き出してうながした。


 赤ずきんは慾張りではなかった。のみならず、復讐心や利己心なども持ち合わせていない。母とは正反対の性格である。そして、そうした慾求の代わりに寂しがり屋な一面があった。母から愛されたいという気持ちがあった。しかし、それはどういう願い事をすれば叶うのかは検討がつかない。


「そなたは慾のないものだな。うむ……どうだ、わしについてこないか?」

 男はたくわえたひげでながら、そう提案した。

「わしのところへ来れば、なんでも叶えられる力、そのものが手に入るぞ?」


 その魅惑的な提案に、赤ずきんが乗ることはなかった。すると男は、腹を抱えて笑いはじめた。


「そうか、そうか。なら、わしは帰るとしよう。が、そのブランケットで隠した拳銃の弾は抜いておいた。寿命は、わしの褒賞のひとつだ」


 易々やすやすと弾丸を握りつぶした男は、西の空へと消えていった。

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褒賞 紫鳥コウ @Smilitary

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