第52話 侮辱しないで

「そこまでにして下さい、ご令嬢」


 リオンの冷たい声が廊下に静かに響いた。

 

「随分とお優しいご両親の元で伸び伸びと育てられたようですね(随分と我が儘で躾がなってない)。こんなにも積極的に異性にアプローチする方は初めてお会いしました(みっともなく周りの目を気にしない品のない人はそうそういない)。ですが、これ以上彼を拘束されては困ります。もし彼に私的な要件があるのであれば、彼の家門に正式に申し入れてお時間を作っては如何ですか(彼を離してくれないのであれば正式文書で家門に抗議するわよ)」


 リオンは嫌味をオブラートに包みながらエリーに伝える。

 エリーにもリオンの言葉の裏を読み取る程度の察する力はあったらしい。


「何なのよ! 偉そうに! 何様のつもりよ! たかが警吏の分際で私にたてつこうっていうの⁉」


 エリーはプルプルと怒りで身体を震わせて大声でリオンを怒鳴り、睨みつけた。


 「女でもできる仕事なんでしょ? わざわざケリード様がするようなことじゃないわ。誰でもいいから適当に穴埋めしておきなさいよ」


 その言葉にリオンは苛立つ。

 リオンを貶し、全ての王宮警吏を侮辱する発言だ。


「ご令嬢、あなたは彼が誰にでもできるどうでもいい仕事をしていると本当に思っているのですか?」


 リオンの鋭い視線と憤りの滲んだ言葉にエリーははっと弾かれたような表情をする。

 

「彼は優秀な王宮警吏で国の心臓を守る要も同然。彼の高い能力と知識が仲間と国民を命懸けで守っているんです。国と国民のために心血を注ぐ彼を侮辱して、あなたは彼から何を得たいのですか?」


 エリーはリオンの言葉に自分がケリードを酷く侮辱した発言をしていたことに気付き、青ざめる。

 エリーは恐る恐るケリードを見やるが、そこにいつもの王子様のような笑顔はなく、自分を侮辱した相手に対する軽蔑の眼差しを向けられていた。


「け、ケリード様……私、そんなつもりじゃ…………ただ、あなたと一緒にいたくて」


 ケリードの目の前ではっきりとケリードを侮辱したというのに、エリーはまだ言い訳をしようとする。


「シェバン嬢」


 ケリードの声が静かな廊下に響く。


「この件は正式に抗議しますので、大人しくお父上の沙汰を待っていて下さい」


 冷たい声でケリード言い放つ。

 ケリードに伸ばされたエリーの腕は縋るものもなく、そのままダラリと落ちた。


「あなたが軽んじている王宮警吏という職に就きたいがためにどれほどの者達が試験を受け、一次試験すら通らず涙を流すと思いますか?」


 ケリードは淡々と抑揚のない声でエリーに問う。


「この制服を着るためにどれだけの努力と研鑽を積み、時間を費やして来たと思いますか? 血を吐き、歯を食いしばり、身体を鍛え、教養と膨大な知識を叩き込み、認められた者だけが試験を受ける資格を得る。その中でも合格できるのは受験者の一割も満たない。男でも大変な道のりを女である彼女が並々ならぬ努力をしてきたことなんて想像に容易い」


 ケリードの言葉に憤りが滲む。

 急に自分の話になったリオンは少しだけ驚く。


 そして自分を認めてくれていることが思いがけず嬉しくて胸が温かくなる。

 


「自分が女であったなら彼女をより尊敬して称賛したでしょう。そして彼女を侮辱する発言を許しはしない」


 エリーを見下ろし、冷たく言い放つとケリードはリオンの腕を引く。


「行こう。遅れる」


「そうね」


 並び立ってある二人はエリーを振り向くことなく、そのまま廊下を進む。

 リオンはちらりとケリードを見やる。


「何だか嬉しそうね?」


「そうだね」


 素直に嬉しいと口にするケリードが少しだけ意外だった。

 

 面倒な相手と縁が切れたからかしらね。


「あなたも大変ね」


 本当の理由はリオンがケリードの実力を認め、一目置いている事実を知ったからなのだが、リオンはケリードの心情など知るわけもなく外れた解釈で自己完結させたのだった。

 

 

 

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紅蓮の炎でも初恋の向日葵は燃やせない~王宮警吏になった没落令嬢、同期のエセ王子に捕まりました~ 千賀春里 @zuki1030

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