第51話 モテる男

 

「お久しぶりです、シェバン令嬢」


 ケリードは胸に飛び込まんとする勢いで接近してきた女性に言うとさりげなく一歩後ろに下がった。


「もう、エリーって呼んで下さいと言ったではありませんか」


 ケリードの他人行儀な言葉と態度に女性はぷんぷんと頬を膨らます。

 

 エリー・シェバン……確か風の素質魔術の家系であるシェパード家の分家だったわね。

 ケリードは治癒術の素質魔術家門の直系だが分家筋の養子になっているし、家格としては釣り合いが取れる。

 

 ケリードに声を掛けて歩み寄ってきたのは茶色い巻き髪が特徴的なエリーの年齢は十代後半から二十代前半でリオンと同年代。


 フリルとリボンを贅沢に使い、宝石が縫い付けられたドレスは彼女が裕福であることが窺えた。


 可憐な容姿でケリードの名前を呼ぶ声は無邪気で可愛らしい。



 どういう関係かしら・?


 何だかやたらと距離が近い二人を見て胸の中がモヤモヤする。


 しかし、ケリードの引き攣った笑顔を見て、リオンの胸のモヤモヤはすぐさま消失する。


  


 そんな風に思っているとエリーと目が合い、エリーはリオンを見て一瞬眉を顰めた。


 何もしてないけど。

 

 向けられたのは敵意である。

 どういう関係かは知らないが、この女性はリオンの隣にいる腹黒エセ王子に対して恋愛感情を抱いているようである。


「ケリード様、今度の夜会の事でご相談がありますの」


 エリーは豊かな胸をグイグイと近づけてケリードに迫る。

 しかしエリーが距離を詰める毎にケリードは一歩後退しているので一向に距離は縮まない。


 会話の内容は建国記念の夜会でのパートナーについてだった。


「もう他の方はほとんどパートナーを決めてしまっていて頼める方が他にいなくて……ケリード様もまだパートナーを決めてないと聞いたものですから」


 エリーは上目遣いでケリードに言う。

 自分をパートナーにしてくれと遠回しに頼んでいるのだ。


 知っていたがやはりケリードはモテる。

 仕事でもプライベートでも女性の視線はもれなくケリードが奪っている。


 端正な顔立ちに長身というルックスの良さに、王宮警吏という職業は結婚を考える女性にとっては魅力的だ。


 エリーも結婚相手としてケリードを狙っているのかもしれない。


 会話の邪魔になると悪いわね。

 

 リオンはそう思い、先に戻る旨をケリードに伝えようと視線を合わせた。


 しかし目が合ったケリードからは『この状況で僕を置いて行くのつもり? 最低じゃない?』とガンを飛ばしてくるので既に歩き出そうと踏み出していた足を引っ込める。


「ケリード様はどうなさいます? パートナーがいないのに夜会に出席するのは恥ずかしいですし……どなたかエスコートして下さる方がいらっしゃればいいのですけど」


 チラリとエリーが意味ありげな視線をケリードに送る。

 パートナーがいない者同士、パートナーになりましょうと訴えているが、ケリードはその提案をしようとしない。

 

 この国では女性から直接的に男性を誘うのはマナー違反でもなく、咎めれることでもないので、回りくどいことを言わずにちゃんと頼めば良いのにとリオンは思ってしまう。


 直球勝負で色よい返事が来るとも限らないが、間接的な言い方ではケリードを捕まえられないだろう。


「パートナーにお困りなら僕の友人を紹介しましょう」


 にっこりと笑顔で残酷な言葉をサラリと吐いた。


 ほら、やっぱり。


 案の定、ケリードはこれでしっかりとエリーの誘いを断ることができてしまった。


 エリーの脳天に言葉の刃がグサッと刺さる。

 今までは顔を引き攣らせていたケリードは生き生きとした正真正銘の笑顔を浮かべ、先程まで頬を紅潮させてケリードに迫っていたエリーからは笑顔が消えた。


 意地の悪い男だな…………。


 リオンは心の中でエリーに同情した。


「お困りのレディの力になれるのなら僕の友人も喜びます」


「で、では、ケリード様はどうなさるの!?」


 焦った様子のエリーはケリードに詰め寄る。


「僕は誰もエスコートしない予定です。有事の際は動かなくてはなりませんし、そうなると相手に迷惑を掛けることになるので」


 これは本当の話だ。 

 

 何が起こった場合は王宮警吏全員で対応しなければならない。

 そんな事態が起きるとは思いたくはないがゼロではないのだ。


「そ、そんな……」


 エリーはショックを受ける。

 ぐずんと涙目になりながらケリードに『どうしてもダメ?』と訴えている。


 この男が泣き真似で落ちるわけないのに。


 リオンが呆れているとエリーと目が合う。



「あなた、話の邪魔よ。どこかに行って下さらない?」


 ついにエリーが痺れを切らし、直接的な言葉を口にする。


 ここまでストレートに言われればリオンも動かざるを得ない。

 

「先に行くわ」


 リオンは短く告げて歩き出そうとする。


「待って」


 歩き出そうとするリオンの腕を掴んでケリードは言った。

 エリーからは嫌悪感のある視線が向けられ、ケリードからはここに留まれと視線で訴えられ、リオンは居心地が悪くて仕方ない。


「もうすぐ会議じゃない。私まで遅れるわ」


 リオンは嘘をつく。

 これから勤務時間だが、会議はないのだ。


 これが今リオンが出せる精一杯の助け舟である。 

 会議を口実に話を切り上げて欲しい。

 しかしエリーは引き下がらない。


「なら、あなた。ケリード様が遅れることを伝えなさい。 エリー・シェバンと大事な話をしていると言って頂戴」


 つっけんどんな態度でエリーは言った。


 流石に聞き分けがなさすぎるわ。


 そして再びケリードに向き合い、今度はケリードの腕に縋りつく。


「ねぇ、ケリード様。邪魔の入らない所でお話しましょう」


 そう言ってケリードの腕を掴んで引っ張るエリーに対して、ケリードが笑顔を消した時だ。



 

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