第50話 顔に出る

 夏の日差しが降り注ぐ回廊をケリードはリオンと共に歩いていた。

 食堂でシオンを別れ、二人で詰所に戻る最中である。


隣を歩くリオンをチラリと盗み見る。


 リオンは歩きながらシオンと会えた喜びを噛み締めているようで、幸せオーラ全開である。


弟との再開が叶って嬉しいのは分かるけど。


 ふわふわとしたリオンを横で見ながらケリードは溜息をつく。


「君ねぇ……顔に出過ぎ」


 姉弟揃って顔に出過ぎだ。

 再会できたことの嬉しさとこの時間を共有できて幸せですオーラが溢れ出ている。


 リオン・シフォンバークとリオン・スチュアートが同一人物であるかもしれないという噂作りを狙った作戦なのに、明日には間違いなく同一人物だと確信に満ちた噂が広がっている気がしてケリードは肝を冷やす。


 舞台が整うまでもう少しかかる……それまではこの姉弟には無事でいてもらわないと…………。


 姉弟のどちらか一方が欠けてもいけない。

 二人共守り切らなければならないのだ。


 そして先ほどの仲睦まじいリオンとシオンを思い出して苛立ちがぶり返す。


 もう、しばらくは接触禁止にしようかな。


 それがいい。

 自分の心の平穏も保たれるし。


「こんな風にシオンと一緒に食事ができるなんて思わなかった……本当にありがとう」

 

 リオンはしみじみと幸せを噛み締め、シオンを引き合わせてくれたケリードに感謝の気持ちを伝える。


 リオンの小さな幸福に満ちた表情はとても美しくて愛らしい。

 

「…………こんなことで大袈裟じゃない?」


「それでも、嬉しいわ。あなたがいてくれて良かった」


心底嬉しそうにリオンは微笑んだ。

今まで憎まれ口を叩いてきたケリードはここに来てようやくリオンの笑顔を見ることができた気がした。


 自分に向けられたその淡い微笑みと感謝の言葉にケリードはもう何もかもがどうでも良くなった。


もういいか。彼女が笑ってくれるなら。


 早々に敵は片付けてしまおう。

 いつでも来い、だ。


 姉弟が会って会話をするなんて、普通のことだ。

 それすらもこんなに感動するほどリオンの幸せ水準は低くなっている。


 こんなことは『普通』に世の中にありふれていることで、『特別』なことでもなんでもない。

 これが彼女にとっての『普通の日常』になって欲しい。

 彼女の『特別』は決して弟と会話ができる日常ではなく、もっと別であって欲しいのだ。


 そんなことを考えていると曲がり角から大きな木箱が飛び出してきた。

 ケリードは反射的にリオンの腕を掴んで自分の方に引き寄せる。

 木箱にはリオンも気付いていたようで二人一緒に後退すると、リオンが立っていた場所に木箱が落下し、中からドスっと重みのある音がした。


「…………あ、ありがとう、大丈夫だから……」


 胸の中にすっぽりと納まったリオンがぎこちない様子で言った。


 まだ無理か。


 リオンの男性嫌いは理解している。

 露骨に嫌がられるわけじゃないが、まだまだ接触には抵抗があるようだ。


 ケリードは自然な流れで身体を離した。


 焦りは禁物。欲は出さないように。

 今はまだ、隣を歩いてくれるだけで満足だ。


「申し訳ありません! お怪我はありませんか⁉」


 木箱を抱えていた城の使用人が青い顔をして頭を下げた。

 使用人の後ろには同じように木箱を持った使用人が並んで歩いている。


「いえ、怪我はないので。でも、荷物は大丈夫ですか?」


 リオンは荷物に視線を向けて心配そうな顔をする。

 一緒に開けて中身を確認すると、木箱の中には小麦粉が入った袋が幾つか入ってて、どれも袋は破れておらず、安堵する。


「良かった。どれも無事ですね」


「は、はいい……本当に申し訳ありませんでしたぁ……」


 リオンが木箱を覗き込み、使用人との距離が近くなったことで、変に緊張した使用人の語尾がおかしくなる。


「重いなら手伝いましょうか?」


「い……いい、いいえ、そこにあった小石に躓いてしまっただけなので! お、お心遣い感謝します」


 手伝いを申し入れるリオンに挙動不審になった使用人は言う。

 そうして他の使用人たちと一緒にバタバタと慌ててその場を後にした。


 リオンは様子のおかしい使用人たちに首を傾げる。


「何か変じゃない?」


 警吏らしく疑惑の目で彼らの後ろ姿を見つめるリオンにケリードはひっそりと溜息をつく。


「そうだね。忙しくておかしくなってるんじゃない?」


 リオンに見惚れて挙動不審になっていることは明らかだが絶対に教えるものか。

 教えたことで変にリオンが彼らを意識しようものなら不愉快で仕方がなくなる。


「もうすぐ建国記念祭だものね」


 三週間後、この国の建国三百周年を記念して盛大な舞踏会が開かれる。


そのため、舞踏会準備も大詰めで城内はどこもかしこも慌ただしい。

 


「あなたも出席するんでしょう?」


「その予定だよ」


 ウォーマン家も王室から招待状は受け取っている。

 正直、気乗りはしないが一家招集の舞踏会は特別な理由がなければ断ることは難しい。


「他にも何人かいないのよね……」


 王宮警羅隊に所属する隊員には貴族も多い。

 当日は警備を外れる者もいれば、警備も兼ねる者もいる。


 どちらにせよ、有事の際には全ての隊員が駆り出されることになるが、警備の大部分を受け持つことになるのは貴族以外の隊員である。


「当日は忙しくなりそうだわ」


 リオンは当日の忙しさを予想し、顔を曇らせる。

 足りない人員は中央警吏署から応援があるが、有事の際は不慣れな隊員達との連携が難しい。


 何か起こった時の為に念入りに打ち合わせをしておく必要がある。


自分は夜会はほどほどに警備にも加わる予定だが、リオンは唯一の女性王宮警吏なので仕事以外にもカバー範囲が広い。


女性客も多く訪れる建国記念祭では誰よりも忙しくなるだろう。


建国記念祭当日は何も起こらないことを願っている。


「まぁ! ケリード様ではなくて?」


並んで歩く二人の背後に女性の高い声が掛かる。

ケリードは聞き覚えのある声に一瞬眉根を寄せ、すぐに評判の良い余所向けの顔を貼り付けた。




 

 

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