八月の余熱

汐屋伊織

八月の余熱

楽しい日々は思い出になって

無邪気ではいられない九月です

夏の余熱があるうちに

太陽がいきなりそっぽを向いたから

その温度差で私の心に罅が入っただけなのです


いまさら陽気さはありません

季節のようには落ち着けず

夏の余熱は冷え切って

中途半端な優しさに煮え立った胃袋の唸る嗚咽だけが残っています


お腹はもちろん減っています

食べずとも毎日催します

しかし朝には何もできなくて

取り立てて大きなことではありませんが

積み重なった上での障害です


夏は去っていく 茹だる暑さはそのままに

時が経っていく 靴の紐も結べないままに


行きたくない理由も言い出せず

小さな言い訳を重ねるから

今度は自分が嫌になって

余計に行きたくなくなるのです


宿題はもちろん終わっています

再会の約束もしています

しかし浮かぶのは嫌なことばかりで

声は遠くぼやけています


布団を出るのもままならず

服を着るのもままならず

靴を履くのもままならず

ドアを開けるのもままならず


夏は去っていく 茹だる暑さはそのままに

時が経っていく 靴の紐も結べないままに

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八月の余熱 汐屋伊織 @hikagenomura

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