モノクロの王子さま

百日紅

モノクロの王子さま

とある国に、2人目の王子さまが生まれました。ところがその王子さまは、どういうわけか全身がモノクロでした。肌も瞳も、全てが濃さの違う灰色で塗りつぶされていたのです。


「まあ、なんて気味の悪い子でしょう!」


王妃さまは生まれてきた王子さまを見るや否や、眉をひそめて吐き捨てました。そして乳母に王子さまを押し付けると、部屋から追い出してしまいました。


何年経っても、王子さまはモノクロのままでした。どんなに美しい色の服でも、王子さまが着ればたちまち灰色になってしまいます。学者は、何かの呪いのせいだろうと言いました。けれど、誰も王子さまの呪いを解くことはできませんでした。


やがて王子さまは、みんなに不吉な子と言われるようになりました。王さまと王妃さまは、王子さまを忌み嫌い、先に生まれたお兄さまばかりを可愛がりました。お兄さまは、みんなと違う姿の王子さまを馬鹿にして、見下しました。お城に勤める人は、王子さまを腫れ物のように扱いました。王子さまはひとりぼっちのまま、寂しく育ちました。


王子さまの呪いが解けないまま5年が経とうとした頃、とうとう王さまは決めました。


「この子を北の森の魔女に預けよう」


北の森には、300年生きているという恐ろしい魔女が暮らしています。かつてはお城の近くの町に暮らしていたのですが、魔法の力を恐れた王さまに、国のはずれの森へ追いやられたのです。


そんな魔女に王子さまを預けるということが、邪魔な王子さまを捨てることだと、誰もが理解していました。けれど、誰も王さまに反対しませんでした。みんな、王さまに逆らって罰を受けることを恐れていましたし、モノクロの王子さまを不気味に思っていたからです。


若い兵士に手を引かれて魔女の家を訪れた王子さまは、王子さまとは思えないほどみすぼらしい格好をしていました。老婆の姿をした魔女は、呆れ顔で言いました。


「相変わらずの暴君だねえ、あの男は。いいだろう。あたしもこの子も、厄介払いされた者どうしだ。一人前になるまで、あたしが育ててやるよ」


それを聞いた若い兵士は、安心したようにお城へ帰っていきました。




それから10年ほどが経ちました。王子さまは相変わらずモノクロのままでしたが、魔女のおかげですっかり大きくなりました。


人々は魔女を恐れていましたが、同時に優れた魔法薬の作り手として頼りにもしていました。魔女は王子さまに薬の知識を教え込み、自分の助手としました。そうしてできた薬を、魔女の家を訪ねてきた人に売りながら、2人は生活していました。けれど、王子さまはモノクロの見た目を恥じて、決してお客さんに姿を見せませんでした。


そんなある日、魔女の家に1人の少女がやってきました。年頃は王子さまと同じくらいの、痩せこけた少女です。王子さまは、さっと隣の部屋に隠れて、扉越しに魔女と少女の会話に聞き耳を立てました。


「お母さんの病気を治したいんです」


少女はそう言って、母親の症状を事細かに説明しました。


「そりゃ、ガラガラ病だね。しかもずいぶん進行しているようだ」

「魔法薬で治せますか?」

「症状を軽くしてやることはできるだろうが、絶対に治るとは言えないね。魔法とて万能ではないのさ」

「でも、治るかもしれないんですね?」

「運が良ければ、の話だよ」


少女は、ポケットから僅かばかりの硬貨を取り出しました。


「これで足りますか?」


魔女はゆっくりと首を横に振ります。


「ガラガラ病の薬には、30年に1度しか咲かない、それはそれは貴重な花の蜜を使うのさ。しかも、それを毎日飲まなきゃいけない。残念ながら、それじゃ全く足りないね」

「そんな……。お父さんが死んでから、女手一つで私を育ててくれた、大事なお母さんなんです。私にできることはなんでもしますから、薬をください」


お願いします、と少女は深く頭を下げました。その様子があまりに熱心なので、魔女はひとつ提案をすることにしました。


「あんたの気持ちは分かったけど、うちには1人助手がいてね」

「そうなんですか? さっきから、姿が見えませんが」

「あの子は恥ずかしがり屋だから、人前に姿を見せないのさ。その子が良いと言ったら、しばらくここで雑用をしてもらう代わりに、ガラガラ病の薬をやろう」


聞いているんだろう、と魔女は隣の部屋へ向かって言いました。隣の部屋から、王子さまは返事をしました。


「はい、魔女さま」

「どうだい。あたしはお前さんの気持ちを尊重するよ」


王子さまは悩みました。少女が魔女の家で仕事をするようになれば、モノクロの姿を隠し続けるのは難しいでしょう。けれど王子さまが断れば、少女は薬を買うことができません。悩みに悩んで、王子さまは答えました。


「どうぞ、僕のことは気になさらないでください。その子に薬屋の手伝いをしてもらいましょう」

「本当ですか? ありがとうございます、親切な方!」


少女はぱっと表情を明るくすると、弾んだ声でお礼を言いました。その声を聞いた王子さまは、なんだかくすぐったい気持ちになりました。


「では、これをお持ち」


魔女は、棚から瓶を取り出しました。中にはとろりとした黄金色の液体が入っています。


「ガラガラ病の薬だよ。毎朝、毎晩、これをティースプーン1杯飲ませること。それから……」


魔女が指をひとふりすると、少女の周りにふわりと光の粒が舞い、やがて少女に吸収されていきます。


「明日から毎日、この家においで。さもなくば、今お前さんにかけた呪いが発動してしまうよ」

「は、はいっ、魔女さま!」

「では、気をつけてお帰り。もうすぐ日が暮れるからね」


少女が帰った後、王子さまは魔女に尋ねました。


「魔女さま、本当にあの子に呪いをかけたのですか?」

「馬鹿をおっしゃい、ちょっと祝福してやっただけだよ。あたしはね、悪い呪いは使わない主義なのさ」




次の日から、少女は毎日魔女の家にやってきて、一生懸命に働きました。魔女と王子さまだけでは手が回らなかった場所もピカピカに磨き上げ、母親に習った美味しい料理も作ってくれました。


時には、王子さまと2人で森へ薬草摘みに行くこともありました。


「呪いが解けたら、王子さまはお城に帰ってしまうの? 私、王子さまとこんな風に気軽にお喋りできなくなるのは寂しいわ」

「ううん。王位はお兄さまが継ぐ予定だし、他にも継承権を持つ親戚はたくさんいるらしいからね。僕が帰らなくたって、お城の人は困らないよ」

「本当に?」

「もちろん。それに、僕はここの暮らしが気に入っているんだ。魔女さまは厳しいけど親切だし、毎日きみに会えるんだもの。頼まれたって、あんな冷たいお城になんか帰ってやらないさ」


少女は、決して王子さまの見た目を笑いませんでした。そして、珍しがったり、気味悪がったりすることもありませんでした。そんな少女と一緒にいる時間はとても楽しくて、2人で色んなことをお喋りしました。


夕方になると、魔女は少女にいくらかのお金を持たせて、こう言います。


「今日の仕事はもう終わり。そのお金で、お母さんに栄養のあるものを買っておやり」


少女は魔女に感謝して、急ぎ足で帰っていきます。そうして、少女の作ってくれた美味しい晩御飯を魔女と一緒に食べた王子さまは、少女がやってくる次の日の朝を心待ちにしながら眠りにつくのです。




そんな生活がしばらく続いた、ある日のこと。毎朝きっかり同じ時間に来ていた少女が、いつもの時間を過ぎても魔女の家に来ませんでした。王子さまと魔女は夕方まで待ちましたが、とうとう少女は現れませんでした。


「魔女さま、あの子はどうしたのでしょうか」

「おかしいねえ。仕事を放り出すような子じゃなかったのに」


次の日も、またその次の日も、少女はやって来ません。


「明日も来ないようなら、あの子の家へ様子を見に行ってみようか」


2人がそう話していたちょうど次の日の朝、魔女の家のドアが開き、久しぶりに少女が顔を見せました。


「まあ、まあ! 何日か見ない間に、ずいぶんやつれてしまって。家にお入り。温かいミルクを出してあげよう」


少女は言われるがまま家に入り、テーブルにつきました。王子さまは少女の隣の席に座って、そっと少女の様子をうかがいました。少女はひどく落ち込んでいる様子で、目は真っ赤に腫れていました。


魔女が少女にホットミルクを出し、王子さまと少女の向かいの席についても、少女はマグカップに口をつけず、うつむいたまま黙っていました。王子さまと魔女が何も言わないまましばらく待っていると、やがて少女は口を開きました。


「お母さんが……死にました」


突然のことに、王子さまも魔女も、何も言えませんでした。


「以前は熱や咳で、眠れないくらい苦しそうで……でも、魔女さまの薬のおかげで、だいぶ楽になったようです。病気は治りませんでしたが、苦しまずに天国へ行けました。ありがとうございます」


少女は震える声で言いながら、魔女に頭を下げました。


「でも……今までずっと、お母さんのために頑張ってきたのに。お母さんがいたから、頑張って生きてこれたのに……お母さんがいなくなったら、私……なんのために生きてるのか、分からない……!」


少女の大粒の涙が、ぽたぽたとテーブルに落ちました。堰を切ったようにわんわんと泣く少女へ、魔女が何か言うより早く、王子さまが口を開きました。


「ねえ、きみは今まで、僕をたくさん支えてくれたね。他愛もない話をたくさんして、たくさん笑って……」

「支えたなんて、そんな……私はただ、王子さまとお喋りするのが楽しかっただけなのよ」


涙をこぼしながら戸惑う少女に、王子さまは首を横に振ります。


「それが嬉しかったんだ。変わった見た目の僕と、ただの『友達』になってくれてありがとう。きみのおかげで、僕はどれほど自分の誇りを取り戻せたことだろう」


王子さまは、両手で少女の手を包み込み、しっかりと目を見て言いました。


「だから、今度は僕がきみを支えるよ。僕はきみが大好きなんだ」


その瞬間、信じられないことが起こりました。淡い灰色だった王子さまの髪が、煌めくブロンドに。暗い灰色だった王子さまの瞳が、透き通った青に。頬はほんのりと赤く、身に纏った服は色とりどりに。モノクロの王子さまが、美しい色を得たのです。


「王子さま、その姿は……」

「なんてことだ、今までずっと呪いが解けることはなかったのに」


やれやれ、といった様子で魔女は笑いました。


「愛しあうということは、最も古典的な呪いの解き方のひとつさ。まあこればっかりは、やろうと思ってできることではないからね。つまりお前さんたちは、そういうことだろう?」


王子さまと少女は顔を見合わせると、恥ずかしそうな笑顔を浮かべました。




母親の葬式を終えた少女は、王子さまと魔女が暮らす家に移り住むことになりました。王子さまと一緒に、魔女の手伝いをして暮らすことにしたのです。王子さまと少女が細々とした仕事をよく手伝ってくれるおかげで、魔女はいっそう薬作りに励むことができました。そうしてより良い薬を、より安く、よりたくさんの人に届けることができるようになりました。


「やれやれ、仲が良いのは結構だけどね、あたしの前でべたべたするんじゃないよ」

「はい、魔女さま」


王子さまは今日も、愛する少女と親切な魔女と共に、森の奥でせっせと働いています。

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モノクロの王子さま 百日紅 @SaLu_suberi

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