大好きな言葉はデザート大盛!②
演習場にたどり着くと、歓声が沸き起こった。
まだ終わってなかったことにほっと胸を撫で下ろしたミシェルは、戦いが繰り広げられている広場に視線を向ける。どうやら三位決定戦のようだった。
この模擬戦は冒険者ギルドと神殿の協力の下に行われている、中堅の学生たちの実践に近づけた催しだ。
上級生の中でもその実力の差は歴然のため、春の模擬戦に先駆けて出場選抜が行われる。そこで上位の成績を修めた者は午前の下級生へのパフォーマンスの部に参加することになっている。去年はミシェルも模擬戦に参加したのだが、上級生を完膚なきまでに叩き潰したこともあり、色々と噂に尾びれ背びれがついて、稀代の魔術師みたいな噂が広がっていた。
今年はそんな彼女が参戦しないのを残念がる声も多かったのだが、それと同時に頭角を現すであろう中堅がいないか、リサーチする上級生や研究所勤めの魔術師の姿も多いようだった。
だが、ミシェルはそんなことはお構いなしにきょろきょろと、次の決勝戦に出る控えの学生たちを見ていた。そして「あれ、いない」と呟く。
にんまりと笑い、思わず拳を握ったと同時に、爆音と悲鳴が上がった。
演習場中央では土ぼこりが上がり、抉られて弾かれた瓦礫が勢いよく飛び散り、観客席にまで吹き飛ばされた。
下級生の列は控えていた教師たちの複合魔法で土埃一つ浴びずに事なきを得た。
反射的に杖を構えて音の方を振り返ったミシェルはハッとする。
──魔力枯渇! しまっ……
ミシェルに気づいた横の学生が「先輩、避けて!」と叫ぶのに反応しようとした体は、意識と反対の方向へと引き寄せられる。
何が起きたのかと理解する前に、一寸前に立っていた場所に瓦礫が降り注いだ。
「あっぶねぇな。怪我ないか?」
聞き覚えのある声にひかれるように、仰ぎ見たミシェルは自身ががっちりと男に抱きしめられていたと気づいた。見上げると、金糸のような髪が日差しを浴びて輝き、視界で揺れる。
間近に迫った翠の瞳がすっと細められた。
「キース!」
「おうっ、元気そうじゃないか。魔力枯渇、もういいのか?」
「あ、あんたこそ、ここで何してんの?」
「んー? なに、元気そうじゃないの。せっかく、心配してあげたのに」
「ちょっと、質問に答えてよ。負けたチームは即解散のはずでしょ? なんで、控えチームにいないあんたが、ここにいるのよ!」
「なんでって……」
きょとんっとした男キースは、ミシェルを開放すると静まり返った闘技場を振り返った。
三位決定戦は幕を下ろしたらしい。
控えていた決勝戦進出のチームが入れ替わりに登場する。片方のチームは一人足りないようだ。
「まだ、勝負の途中だからね」
にっと笑ったキースはぽふぽふとミシェルの頭を叩くと「大人しくしててね」と言い、彼女がむっとして声を上げる前に駆けだした。軽い身のこなしで濃緑のマントをなびかせると、ひらりと柵を越えて彼はその場に躍り出る。
ミシェルの青い瞳が見開かれた。
遅れて現れたキースに、学校長の小言がいくつか言い渡されたが、開戦の合図を皮切りに、会場は再び歓声の渦に飲み込まれていった。
牽制の魔法弾が打ち合われる傍ら、お互いのチームは主力となる剣士たち強化の魔法をかけあっていた。
この模擬戦で使うことができる魔法にも制限がある。新入生が一年かけて磨く戦闘で利用される初期の魔法に限られている。武器、防具の強化、基本属性火、水、土、風の魔法弾。あとは妨害要素のある魔法が数種類。上級生ともなれば、それらを組み合わせて術式を組むことも出来るようになるが、基本の習得が実際の戦闘では大いに求められることを分からせることが目的なのだ。
基本の魔法ばかりなので、この模擬戦での勝ちを決めるのは、戦闘に長ける冒険者ギルドの戦士と言えた。
ぶつかり合う魔法弾の煙幕の中、動いたのはキースだった。
「先手必勝!」
キースの足を止めようと出現した壁をものともせず、彼は魔術師の作り出す風に押し上げられ、闘技場を無尽に駆けていく。
叩き込まれる石の礫が白い頬に裂傷を作り、赤い筋が滴りを見せた。
だがキースは顔を歪めることもなく、怯むどころか笑って間を詰めていく。
その痛みすら楽しんでいるのかのような笑顔に、ミシェルはつまらなそうに唇を尖らせ、彼の後方で杖を構える学生をちらりと見る。
──私も、出たかったな……
ガキンッと剣がぶつかり合う。
礫も風もやみ、膠着状態が訪れた。
「あーあ、こうなると魔術師は何もできないよね」
「そうそう。下手したら相手を強化しちゃうし」
「攻撃したら、仲間に当たっちゃうし」
周囲の下級生がツマラナイ展開だとざわざわし始める。
私だったら。そんなことをつい考えながら、杖をぎゅっと握ったミシェルは階段を下りて柵の前に立った。
──あの戦闘バカは、ちょっとやそっとじゃ怯まないのに。
魔法弾を周囲に叩き込み、相手の隙を作る。あるいは一点狙いで相手の足か腕を捉えて引き離す。だがそれが、付き合いの長い仲間だから出来るだろうことは、ミシェル自身分かり切っていた。
今日、この場で組んだ仲間にそれを求めるほどキースも命知らずではないだろう。
ミシェルはやれやれとため息をつく。そして大きく息を吸うと、中に向かって叫んだ。
「キース! 負けたら、分かってるわよね!」
辺りの視線が、何事かとミシェルに注がれる。そんなことはお構いなしに彼女はさらに声を張り上げた。
「負けたら、ベリー祭りのケーキ食べ放題はあんたの驕りよーっ!」
ぐんっとキースの腕が相手を押しやり、崩れた相手を足が払う。そして、とんとんっと軽い足取りで間合いを取ると、ついっと視線をチームの学生に向けた。
辛うじて倒れることをこらえた相手の戦士は、一瞬視線を外したことを後悔した。
瞬間、後方の学生から影が伸びていき、それは対戦相手の足にまとわりついた。さらに、もう一人が地面を叩けばいくつもの壁が現れ、影にからめとられた戦士の後ろで詠唱に入った学生の視線を遮った。
いくら呪文を唱えようと、対象者を正確に定めなければ、的確な発動は望めない。
魔術師に求められるのは、魔法の記憶ではない。瞬間的な観察眼と判断力だ。
もがく剣士を前にキースは口角を上げる。
「いやぁ、地味な魔法っていいね。普段、派手なのばっか見てるから、斬新だ」
にやにや笑ったキースの切っ先は、相手の剣士の胸に取り付けられた紅い魔晶石を真っ二つに割り砕いた。
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