恋も魔法も全力で!

日埜和なこ

初恋編

第1話

大好きな言葉はデザート大盛!①

 グレンウェルド国立魔術学校の敷地内の演習所は、コロッセオのように階段状の観覧席が設けらている。これは、上級生の演習や模擬戦、研究発表などを下級生に披露する催しを、年数回執り行うためだ。


 晴天に恵まれたその日、演習場の最前列で緊張を見せる新入生の後ろには、多くの下級生が上級生の披露する魔法に湧き上がっていた。

 広い演習場の中央に、地鳴りと共に石の塊が現れる。大きな標的の前に歩み出たのは一人の少女だった。


「深淵の冷たき水、蒼き光。この手に集まりて我が声に応え、敵を貫け!」


 まだ幼さを残す少女の声が凛と響き、青光りする水の矢が彼女の指し示す前方にむけ放たれた。

 無数の矢が降り注いだ的は見事に打ち砕かれ、蜂の巣どころか粉砕された。一拍置いて、観客席から空気を震わせる歓声が上がる。


「ミシェル先輩、凄いよね。憧れる!」

「すげーっ、やっぱ、実践積んでるだけあるな」

「上級生の中でも、抜群の成績なんだろ?」

「俺、学院長の愛弟子って聞いたぜ!」

「ミシェルせんぱーい! あ、手、振ってくれた!」

「本当だ! やーん、可愛い!」


 新入生歓迎会を兼ねた実演の場は、呆気にとられる新入生をよそに下級生の黄色い声が上がった。

 その視線の先にいるのは、真っ赤なローブをまとった小柄な少女。彼女が歩くとローブの裾と一緒に、ふわふわの赤毛のツインテールが揺れる。すると──


「こらーっ! ミシェル! あれほど演習だと言ったではないか。本気でやるでない!」


 観覧席の最上部にいた学校長の怒声が、広い演習場でこだました。

 びくっと震えた肩が縮こまり、ゆっくり仰ぎ見た少女ミシェルは「まっずーい」と言うように顔を引きつらせる。


「罰として、壊したものの復元は自身で行うように!」

「えーっ! 簡易魔法がだめって言ったの、ロン師じゃない!」

「追加課題が必要なようだな」

「ひぇっ……そ、それはいりませーん!」


 ぶんぶんっと全力で首を振ったミシェルは、横にいた親友に肩を叩かれると深々と項垂れた。

 演習場のざわめきが波のように押し寄せる。


「錬成は苦手なんだよね」

「倒れたら、医務室に連れて行ってあげるから遠慮なくどうぞ」

「ちょ、面白がってるでしょ、アリシア!」


 横で笑う親友アリシアを恨めしそうに見て、深い息を吐く。そしてぐっと両手のこぶしを握ると一歩前に出た。


「本当に倒れる気なの? 忘れ物よ!」


 背後を振り返ると、愛用の杖が宙に舞った。反射的に手を伸ばし掴み取る。


 ──ちょっと! 掴み損ねたら恥ずかしいじゃない。格好つかないでしょう!


 内心で叫んでじっとりと汗をかいたミシェルは、再び大きく息を吸った。

 心地よい春風が頬を撫でて通り抜ける。


「ロン師、ちゃんと修復したら、ちょっとはご褒美くださいね! 錬成は苦手なんだから!」

「修行の身で我がままを言うな。まぁ、夕飯のデザートを大盛にぐらいしてやっても良いがな」


 やれやれと言った学院長はにやりと笑う。


「よっし、俄然がぜんやる気出た!」


 ぶんっと杖を薙ぎ払い、地面と平行になるように持ったそれを突きだす。

 杖に嵌め込まれた緑色の魔晶石が煌々こうこうと光を放つ。


「我が血潮の雫をもって乾坤けんこんの力を呼ぶ。我が声は絶対なり」


 ミシェルの全身からあお陽炎かげろうが立ち上がる。その輝きは帯となり、文字を形作りながら地表に一つの円陣を描いた。

 砕けた石造りの的はガラガラと音を立て、碧い陽炎をまとい、ゆらゆらと宙に浮かんだ。


磊塊らいかいより生まれし要石かなめいしよ」


 円陣の中に浮かぶ文字は美しい正方形を描き、ひときわ大きな塊がその中央で碧く輝きを増す。


いしずえとなりて、我が敵を防ぎたまえ! 方陣展開!」


 高らかに唱え、ミシェルは杖の先を地面に突き立てた。

 新たに現れた円陣が重なり、八芒星が浮かび上がる。その中で、集められた石塊いしくれが激しい音を立ててぶつかり合った。


 ぎぎぎっと奥歯を噛むミシェルの首筋に幾筋もの汗が滴る。

 杖の食い込む地面がパキパキと音を立て、碧い陽炎に揺らめいた赤毛が逆立つように乱れた。


「いうことを、きけってば……こんにゃろーっ!」


 杖を握りこみ、さらに力を込めたミシェルが叫ぶと、ドンっと激しい衝撃音を立てて出来上がった新たな的が演習場の中央に出現した。

 どたんっと尻もちをついたミシェルが大きな息を吐く。


「ロン師! デザート大盛、だよ!」


 どっと歓声が沸き上がり、ミシェルは破顔した。

 そこに出現した石造りの的を見た学校長は頭を抱えて大きなため息をつく。それは、厳格な学校長ロンマロリーの石像だった。

 歓声の中、立ち上がったミシェルはどうだとばかりに学校長の席を振り返る。すると、視界がぐにゃりと曲がり、真っ青な空が視界を埋め尽くした。


「あ、やばっ……枯渇だ……」


 震える声が呟き、小さな体に衝撃を感じることなく、ミシェルは意識を手放した。




 次に目を覚ましたのは、見慣れた医務室だった。

 ぼんやりとしながら「やってしまった」と声にならない思いがミシェルの脳裏をかすめる。

 視界を巡らせると、医務室の担当魔術師マルヴィナと視線が合った。駆け寄る彼女に助けられながら起き上がろうとするミシェルは、くらくらする頭を片手で支えた。


「無理しないで。魔力枯渇で気を失ったのよ」

「うー、恥ずかしい」


 両手で真っ赤な顔を覆ったミシェルは、指の隙間からちらりとマルヴィナを見た。

 魔力枯渇に思い当たる点はふんだんにあった。

 ロンマロリー学校長が求めたのは「復元」であったのに、デザート大盛に舞い上がり、大盤振る舞いで復元した巨石を加工までして石像を作ったのだ。それも、石像が掲げる杖の先に光る石を魔力で磨いて輝かせるおまけつきだ。その前に攻撃魔法を数種類披露していなければ、あるいは倒れるまでいかなかったのだろう。


「もう、おじいさまも無理をさせるんだから」


 ぷりぷりと怒るマルヴィナは学校長の孫でもあり、教職員の中でも数少ない、ロンマロリーに直球でものを言える魔術師だ。魔術師の最高峰である”賢者”の称号を持つといえど、孫には弱いといったところだろう。


「大丈夫? おじいさまには反省してもらわないと」

「マル先生、違うの! ロン師は復元って言ったのに、調子に乗った私が余計な魔力を使っちゃったの」

「ミシェルちゃんの性格を分かってて、ああ言ったのよ。あんな石、いくらでも山から運んでこれるんだから。ほんっと意地悪だわ」


 用意しておいた果実水をグラスに注いだマルヴィナは、それを差し出すとミシェルの首筋に触れた。


「うん、体温も脈も正常ね。回復薬は微量だから、今日はゆっくり休んでね」

「はーい……」


 果実水はベリーとミントの香りがするだけでなく、ほんのりと魔力が漂う。マルヴィナ特性の回復薬だ。と言っても、魔力の回復を促進する程度の効果しかない。

 一口、二口と口をつけたミシェルは一息つくと、残りを一気に喉に流し込んだ。そして、窓の外へと視線を向ける。

 太陽がわずかに西に傾いている。どうやら数時間気を失っていたようだ。


「マル先生……もう、模擬戦終わっちゃった?」

「午後の模擬戦? そうね、もうすぐ終わるころかしらね」


 壁掛けの時計を仰ぎ見たマルヴィナがそう返すと、ミシェルはベッドを飛び出し、横に掛けられたローブと杖を手にした。


「ミシェルちゃん?」

「行ってくる!」

「休んでって言ったでしょ!」

「模擬戦が終わったら、休む! ありがとう、マル先生!」


 医務室のドアを勢い良く開けたミシェルの背に声をかけたが、一度止まった彼女は手を大きく振ってもう元気だよと主張すると、飛び出していった。

 ドアの向こうをのぞき込んだマルヴィナは、とてとてと走っていく小さな後ろ姿に微笑んで「頑張れ、ミシェルちゃん!」と心の中で拳付きの声援を送った。

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