大好きな言葉はデザート大盛!③

 医務室で、キースの顔に傷薬を湿布しながら、ミシェルは不満そうに彼を睨んだ。


「いてっ、ちょ、もう少し丁寧にできない?」

「嫌なら神殿に行って、マーヴィンに回復してもらいなさいよ」

「そのマーヴィンが、怒ってるから、こうしてお願いしてんじゃん?」

「また怒らせたの?」

「俺は身に覚えないんだけど……」


 首を傾げたキースはしばらく思案して、薬箱を片付けるミシェルをじっと見た。

 今、マルヴィナは職員会議に出ている。少し前は魔力枯渇で運ばれた学生が何名か横になっていたが目を覚まして学生寮に戻った。つまり、今ここにいるのは二人だけだ。

 会話が途切れ、居心地悪さにミシェルは「なによ」と問う。

 薬箱に薬品を戻しながら、ビシビシと背中に感じる視線が痛かった。


「いや……まぁ、うん。普段、お前の魔法の偉大さ分かってなかったなと」

「はぁ? なに、突然! ちょ、やめてよ!」

「なに、照れてんのよ? 俺、日頃からお前の魔法はすげーって認めてんじゃん」


 薬棚の前で危うく箱を落としそうになり、ミシェルは顔を真っ赤にして振り返った。

 キースはにいっと笑う。


「ま、ちょっと派手だけどな」

「今日の模擬戦の話? あれは、今年から初級魔法に限定したから仕方ないわよ」

「ん、そういうこと? でも、今日のチームも悪くなかったぜ。結構好きに走らせてくれたし」

「あー、そうね。楽しそうに走ってたわね」

「けどさ、相手を牽制するなら、もう少しギリギリ狙ってほしくってさ。俺は避けるからって伝えておいたんだけどな」


 てっきり昨年同様ミシェルと組むものだと思っていたキースは、久々の見知らぬ魔術師との連携を考えるのは面倒だと判断し、とりあえず彼らに牽制と強化を頼んだのだ。その結果、出場者の中でも傷を多く負ったものの、優勝決定戦に上り詰めた。


「いやぁ、一緒になった司祭が回復しかできない女の子でさ。マーヴィンみたいに戦わせるわけにいかないじゃん?」

「そうね。持っていたのも武器っていうより祈りの力を引き出すための媒介っぽかったね」

「でしょ? だから、あの子には回復に全振りを頼むしかなかったわけ」

「あ、それで彼女を酷使してマーヴィンに怒られたのね! あんたの戦い方、いっつも回復魔法だよりだからよ!」


 そもそも、司祭の中でも中間管理職になるマーヴィンがこういった場に出てくることもなければ、彼がキースと共に前線に立ったら、ちょっとやそっとの魔法強化と魔法弾など無視して相手の戦士を倒してしまいそうなものだが。と、ミシェルは顔なじみの長柄使いの司祭を思い出した。

 彼を怒らせたら、顔馴染みは皆そろって黙る。それくらいの圧のある司祭だ。


「ね、俺もそう思ったよ。けど、違ったんだよな」

「は? じゃぁ、何をやらかしたのよ」

「分かんねーから、ここにいんじゃん。ミシェルちゃんに謝りなさい! の、一点張りなんだもん」


 首を傾げるキースに「可愛く首傾げてもだめですよ!」と怒るマーヴィンの鬼の形相を思い浮かべたミシェルだったが、全く身に覚えがないことに「私?」と一緒になって首を傾げた。


「俺、なんかした?」


 そう訊かれてもミシェルは答えることが出来ず、小さく唸る。

 マーヴィンには時々理解のできないところで怒る癖がある。ほかの馴染みの冒険者は「おっさん過保護だからな」と笑っているが、よく怒られるキースと原因らしいミシェルには皆目見当がつかない状況の場合がある。

 まさに今回がそれなのだ。


「てことで、謝っとく。ごめん」

「中身のない謝罪なんていらないわよ」

「……ですよね。じゃぁ、これから苺タルト食いに行かない?」


 にっと笑ったキースは懐から折りたたんだチケットを一枚取り出した。それには『新装開店一時間食べ放題!』の文字。

 ミシェルの顔がぱっと華やぎ、ご機嫌な声で「行く!」と即答した。

 とりあえず、彼女の機嫌をとっておいて謝る必要はなかった、あるいは誤ったことにしておいてもらおうという魂胆。のようにも見えるキースの言動だが、彼もまた無類のスイーツ愛好家なので、これは純粋にスイーツ談議が出来る仲間を誘っているだけだったりする。


 医務室に鍵をかけ、外出中の札を下げる。あとは、マルヴィナ先生に鍵を届ければスイーツ食べ放題だ。と、ミシェルの頭の中はすっかり季節の果実に埋め尽くされていた。


「この時期だと、シトラスが鉄板よね! 桃も外せないわ」

「メロンもそろそろ出回るんじゃないか?」

「やっぱり、果肉を楽しむならタルトよね」

「桃はコンポートもいいな。チーズケーキにも合うしな」


 廊下を歩きながら、ほわほわとケーキを思い浮かべるミシェルはごくんっと唾を飲み込んだ。そして、ぐいっとキースのマントを引っ張ると足を速める。

 そんな急がなくてもと思いながら目の前の赤毛がふよふよと動くさまを見て、キースは小さく噴き出しそうになった。

 いかんいかん。ここで笑いだしたら、またマーヴィンに告げ口をされて結果「謝りなさい!」と言われてしまうではない。どうも彼はミシェルに対して過保護なのだ。おそらく今回も模擬戦を見ていて、何かしらの過保護センサーが働いたのだろう。


 そんなことを考えながら、歩いていたキースは物陰に誰が隠れた気配を察し、ちらりと視線を向けた。

 さささっと誰かが動く。学生のようだが、それ以外にも何人もがこちらを窺っている。先日訪れた時には感じなかった背中に突き刺さるような視線も中にはある。それらは敵意に近かった。


「なー、お前、人気だよな」

「なんのこと?」

「んー、ほら、午前中のパフォーマンスで倒れたじゃん?」

「……恥ずかしいから思い出したくない」

「派手でよかったと思うぜ。うん。で、その時さ、お前医務室に運んだの、俺なのよ」


 突然のことに理解が及ばず、ミシェルは歩みを止めた。


「えっと、アリシアちゃんだっけ? 彼女が運ぼうとしてたんだけど、意識ない人間運ぶのって結構大変なわけよ。で、他の学生も協力しようとしてたからさ。俺ってば、倒れたお前運ぶの慣れてんじゃん?」

「……ちょ、まって、運んだって……」

「担いでは周りから石投げられそうだったから、こう、ちゃんと横抱きにしてだな」


 所謂、お姫様抱っこというやつだ。

 キースの仕草で、その時の情景を思い浮かべたミシェルの顔が真っ赤になった。


 ──何たる醜態を晒したんだ、私は! よりによってお姫様抱っことか!


「いやー、次の演目も残ってるだろうと思ってさ、さっさとその場から退散はしたのよ。でも、なんか校内歩いてると、さっきから敵意ある視線ばかり感じるからさ」


 苦笑をこぼし、キースは少し尖った耳をポリポリと引っ掻いた。


「やっぱ、お前の熱狂的ファンってやつは、素性の分からないハーフエルフがお前に近づくの面白くないんだろうね。あ、もしかしてマーヴィンはこのこと言ってたのか?」

「……何よそれ?」


 一人納得をしたように手を叩いたキースに、ミシェルの眉が吊り上がった。その顔はハッキリと「おもしろくない」とが物語っている。


「ほら、俺ら半端もんを嫌うやつって多いじゃない? マザー家のご息女様にして、魔術学校のアイドルに、変な虫がついたと──」

「バカじゃないの?」

「ん?」

「あんた、家柄とか気にするちっちゃい男だったわけ?」

「いんや。気にしてたら、お前とケーキなんて食いに行けないだろう」

「なら、周りの視線とか関係ないじゃない。もう、無駄な時間を使わせないでよ! ケーキがなくなっちゃう!」


 ふんすっと鼻を鳴らしたミシェルは、再び歩きだした。そしてすぐに小声で何かを言う。

 ミシェルの顔を覗き込んだキースはきょとんとする。


「なに? 聞こえない」

「……助けてくれたことには、感謝しといてあげる」


 ちらりと見上げてくる青い目はすぐに逸らされた。

 さてどうしたものかと、キースはぽりぽりと頬をかいた。

 あの時、本当はすぐ傍で見ていて、ミシェルが倒れるだろうことは予測がついていた。だから、すぐに走り込めるよう控えていたなど言った日には、照れ隠しで魔法弾を数発食らうことになるだろう。と、瞬時に想像したキースだったが、こう分かりやすい照れた表情をされると、さらに揶揄いたくなるものだ。

 やりすぎは、色々な意味で厳禁なのだが。


「んー? なんか、感謝されてる気がしないんだけど」

「アリシアを助けてくれて、ありがとう! これでいい? バカ!」

「え、そっち?」


 大声でバカと怒鳴られたことに「傷つくなぁ」と微塵も思っていないことを口走ったキースは、周囲からこそこそといなくなる人影に気づきながら「可哀そうに」と心にないことを思うのだった。



 なお、新装開店食べ放題からもどったミシェルは、夕飯の特盛チーズケーキもぺろりと完食したのだった。

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