第5話

 スマホで時間を確認すると、もう10時前だった。


「じゃあ、そろそろ帰ろっか」

「私、智也くんともうちょっと一緒に居たいな」

「じゃ、山の中を散歩して帰ろっか」

「うん!」


 辺りは暗かったけどスマホで照らしながら歩けば問題なかった。それでもいよさんは少し怖いのか、僕の上着のすそをつかみながら歩いている。たしかに僕もちょっと怖いし、やっぱり階段で下まで降りてそこでおしゃべりしようか、と言おうとしたとき足下がぐらついた。



 どんっ



 痛っ。穴か。落ち葉のおかげで骨折とかはしてそうにないけど、と思ってたら上からいよさんが落ちてきた。



 ぱふ



 危なかった。僕が抱えれたからよかったものの。


「大丈夫?怪我はない?」

「うん。智也くんは?」

「僕も多分、大丈夫」


 こうやっていよさんとしゃべっていると僕は段々、落ち着きを取り戻してきた。この穴は直径2メートルくらいで、深さは2階建ての一軒家くらいだろうか。


「私たち助かる?」

「分かんないけど、朝になったら誰か気づくと思う」

「でも、この神社、普段は誰も来ないよ。神主さんとかも来ないし」

「そうなんだ。じゃあどうしようか。いよさんの親御さん、家に帰ってこなかったら心配して誰かに相談するかな」

「いや、うちはそういうのないから、、、」

「あっ、そうなんだ。僕の家も一週間は誰も居ないしな」

「スマホは?」

「そうだね、えっと、、、落ちたときにどっか行っちゃったかも」

「あっ、あったよ。でも」いよさんが言い淀みながらスマホを渡してくれる。

「電源、つかないね。壊れちゃったのかも。じゃあ、大声出すとかしかないね。絶対、登って出たりできないし」

「うん」いよさんが心細そうに言う。

「いよさん、とりあえず寝て明日に備えよう。僕はこっちの端の方にいるから」

「うん。ありがとう。でも、眠れなさそうだからお話聞いてもらってもいい?」

「うん」


「さっき、私、この神社、普段は誰も来ないよって言ったよね」

「うん」

「あれ、私ずっとこの神社に居たから知ってるんだ」

「えっ、どういうこと」

「私、実は付喪神つくもがみみたいなものなの。それでなんか自分でもよく分からないんだけど、この神社にずっと居たんだ」

「あ、うん。付喪神、、、」


 曖昧な返事をしつつ僕の頭の中には色んなことが渦巻いていた。いよさんが迷いなく山の中を歩いていたこと。門限がないと言っていたこと。電車にあまり乗ったことがないと言っていたこと。肝試しのとき賽銭箱の位置を知っていたこと。財布が小銭でいっぱいだったこと。


「だからこの辺に最近、引っ越してきたとかいうのは嘘なの。ごめんね」

「謝らなくていいけど。なんで今そんなこと言ったの?」

「智也くんに嘘ついたまま終わりたくなかったっていうのと」

「と?」

「ちょうど智也くんを助けられるっていう感じ」

「え、終わりってどういうこと?助けるって?」


 僕の頭はまた混乱し始めた。

「私、付喪神としてももう消える頃なの。年寄りってわけじゃないけど。だから最後に頑張って人の姿になってみたの」

「え、あ、うん。なんとなく分かったような、、、」

「ごめんね、わけわかんないよね。それで助けるっていう話なんだけど」

「うん」

「私、ろうそくの付喪神なの」

「ああ、ろうそくの。うん」


こう答えながら、アロマキャンドルを見て親近感といよさんが言っていたことを思い出した。それに初めて会ったときの真っ白な洋服と白い肌。


「だから、朝になったら私に火を点けて。よく燃えると思うから。そうすれば煙で誰かが気づいてくれるから」

「えっ、燃やすって、、、」

「山火事かもって思って誰かが来てくれるってことだよ」

「いや、そうじゃなくて。でも燃やすならアロマキャンドルがあるよ」


 僕はとっさの思い付きで、雑貨屋さんでもらった紙袋の中からライターとアロマキャンドルを取り出して火を点けた。


「いい香りだね、智也くん」

「うん」


 辺りにはラベンダーのいい匂いが漂った。だけど、それだけだった。煙は全くと言っていいほど立ち昇らなかった。


「じゃ、じゃあ、いよさんにあげた奴も一緒に燃やせば。ねっ、貸してよ」

 僕は早口になりながら、いよさんの前に手を出した。

「だめ。これは私が智也くんにもらったものなんだから。私が消えたら形見にしてね、お願い」


 いよさんから形見という言葉を聞いて僕は泣き出してしまった。いよさんは背中をさすって僕をなだめてくれた。




 いつの間にかこの深い穴に光が差していた。もう朝なのだろうか。


「智也くん、おはよう」甘くてきれいな声。僕は一瞬うれしかったけど、朝が来たことが何を示すかに思い当たって悲しくなった。



「じゃあ、火、よろしく」いよさんからおしゃれなライターを渡される。

「うん、いよさんありがとう」



 僕はライターを握った。


 大きく赤い炎が僕にはにじんで見えた。

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夏の終わりのアバンチュール 頭野 融 @toru-kashirano

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