第15話「覚醒」

町に入ると、そこは地獄だった。

 あちこちの建物が破壊され、その残骸が飛び散っている。

 この地獄を逃れようと、俺たちとは逆に走っていく人もいれば、血を流し倒れて動けない人もいる。

 町から上がる炎の煙で、息がしずらい。


 俺は近くに血を流して、倒れている人に駆け寄った。


「おい!!大丈夫か?!」


 顔を覗き込むと、その人の目は無機質に開かれていた。

 すでに光はない。

 脈もない。

 息もしていない。


「…………死んでる…………」


 死体だ。

 俺は動揺を隠すことはできなかった。

 手が震える。


「いったい何があった?!」


 俺は逃げようと隣を走り抜けようとした人に叫んだ。


「魔族が攻めてきた!!並の強さじゃねぇ。領の護衛隊もやられちまった。殺されるぞ!!」


 …………魔族。

 本当にいたのか。

 ここにきてから一年。

 何事もなく、平和そのもので暮らしてきた。

 戦争なんて、テレビの向こうの話の様なものだと。


 もう一度周りを見渡すと、瓦礫の下敷きになった男と目が合った。


「た…………たす…………け……て……」


 早く助けてあげないと死んでしまう。

 俺は立ち上がり、その男に駆け寄ろうとしたが、それを一緒に付いてきたシドが止めた。


「アレンさん!!ダメです!!あなたの最優先は、セレンディア様の所に行くことだ。目的を見失わないでください」


 そうだ。

 そんなことはわかっている。

 だが、目の前の死にかけている人を見捨てていいのか?

 ここで見捨てたら確実にあの人は死ぬ。


「私があの人を助けます。他にもできる限りの事はしましょう!!アレンさんは急いで!!」


 俺は静かにうなずき、走り出す。


 屋敷に向かって全力で走る最中、屋敷の方からは大きな音が聞こえていた。

 その他にも、周りからは子供が親を呼びながら泣く声や、負傷をし助けを求める声が聞こえてくる。。

 その声に何度も足が止まりそうになる。


 だが、今はそれに目を瞑らなければならない。

 今俺がしなければいけないことは、何なのか。


 ハロルドはこの町の人が、本当に好きだ。

 その人たちを見捨てることが、本当に正しいことなのかはわからない。

 だが、エレナと約束をした。

 皆連れて戻ると。


「…………すまない」


 止まるな。

 進め。


 もう少しで、町の大きな広場。

 屋敷はその目の前だ。


 俺は最後の曲がり角を曲がった。

 そしてそこに、この地獄を引き起こしたであろう正体を見つけた。


 


 ーーーー魔族だ。

 一目見ただけで分かった。

 その姿はやはり、人間とはかけ離れている。


 肌の色が灰色のやつ。

 背中に翼が生えているやつ。

 三メートル近くはあるであろう巨体で、腕が四本あるやつ。


 確認できたのは三人。

 その三人が見ている先。

 そこにいたのはハロルドだった。

 周りを見ると、彼だけではなく、魔族と戦ったであろう者が何人も倒れていた。


 ハロルドは両膝を地面についていた。

 全身傷だらけなのが、少し遠くからでも分かった。


 だが、それだけではない。

 少し後ろに目をやると、誰かが倒れている。

 見慣れた髪色。

 見たことのある服。

 恐らくエマだ。


 倒れかけているハロルドに、魔族が近づいていく。

 

 ーーーーまずい。

 

 ハロルドが殺される。

 助けなければいけない。

 だが、魔術も剣技も使えない俺が出て行って、出来ることなどあるのだろうか。

 ただただ、俺も一緒に殺されるだけじゃないか?


 俺がびびって動けないうちに、灰色の肌をした魔族は、ハロルドの目の前に立っていた。

 その魔族は、ハロルドの首つかみ体を持ち上げた。

 しかも片手で。

 なんという腕力だ。

 そして、ハロルドの体に向かって剣の矛先を向けた。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 俺が出て行っても、殺されるかもしれない。

 そう考える理性は、どこかに行ってしまった。

 俺は物陰から、飛び出し、魔族に向かって叫んだ。


 三人の魔族の注意がこちらに向く。


「なんだ貴様」


 四本腕の魔族が近づいてくる。

 なんて威圧だ。

 今にも膝をつき、動けなくなってしまいそうだ。


「これをやったのはお前達か?!」


 俺が言葉を放つと、魔族側は驚いた顔を浮かべた。

 四本腕のやつが、灰色のやつに話しかける。


「どうする?こいつ殺すか?」


「いや……待て。魔族の言葉が分かる人間ヒューマンか。珍しい」


「裏切り者ってこいつか?」


「いや、違う。我々の探している奴は女だ。それに、こいつの見た目は明らかに人間ヒューマンだ」

 指示を仰ぐということは、あの灰色のやつが隊長かなにかか?


「いいからその人を離せ!!」


 そういうと、ハロルドがすでに瀕死なのを確認したのか、ハロルドを離した。


「に…………げ……ろ……アレ……ン」


 ハロルドはもう虫の息だ。

 今彼の命令に従うわけにはいかない。


「貴様…………なぜ魔族語が話せる?」


 魔族語?

 俺が今話しているのは、魔族語なのか?

 

 まただ。

 知らない言葉を話せている。

 下手に嘘をついても、ばれるだけだ。


「知らない。気が付いたら話せているようになってた」


「そんな馬鹿な話があるか…………まぁいい。この町の領主はこいつか?」


 こいつらは領主が目的なのか?

 だとしたら、違うと答えればハロルドは助かるかもしれない。

 しかし、そうなるとこいつらは、別のやつを探すためにこの町でまた暴れることになる。


「…………ああ。そうだ」


「そうか。我々相手に、この者たちはよくやった。褒めてやる」


「お前たち…………なんでここを襲った?!」


「この町に、我々の裏切り者がいる潜伏している可能性があった。だからここを潰しにきたのだ。ここは我々の領土と真逆で油断していたのだろう。警備も手薄で制圧は容易かったぞ」


 …………は?

 そんなことで。

 そんな理不尽な理由で、ここの大勢の人は死んだというのか?


「貴様、魔族側ではないのだな?」


 ああ、違う。


「お前らなんかと一緒にするな」


 俺の返答を聞くと、灰色のやつは再びハロルドを持ち上げた。


「ならばこの者を殺した後に、お前も殺そう。いずれこの世界は、魔王ガルディウス様がお治めになる。これも平和のためだ」


「おい!!やめーーーー」


 俺がやめろと叫び終わる前に、そいつの刃がハロルドを貫いた。

 心臓の位置。

 確実な死。


 ハロルドを貫通した刃に付く血。

 なんだろう。

 妙に頭に焼き付く光景だ。




 …………ドクン。



 …………ドクン。




 …………ああ。

 俺は知っている。

 この光景。

 

 覚えている。


 このどす黒い感情がなんなのかを。


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