第14話「悪夢」

 俺が異世界にきて、一年が経とうとしていた。

 思えばあっという間だ。

 覚えなくてはいけない事が多く、必死になっていたからだろうか。

 頭の回転は速いほうだと思っているし、勉強も嫌いではない。

 色々覚えるのは楽しいと感じた。


 それに、俺はここでの暮らしが結構気に入っている。

 ずっと殻にこもっていた自分だが…………。

 居心地がいい。

 そう思えるようになった。


 助けてくれたハロルドには、心底感謝している。

 いや、ハロルドだけではない。

 エマ、コレット、他の使用人、もちろんエレナにだって感謝してる。

 

 今俺が生きていられるのは、皆のおかげだ。


 そして、元の世界に戻る手掛かりはというと、一切なし。

 しかし、焦りはあまりなかった。


 セレンディア領は、魔族がある領地と真逆。

 領の周りで魔族の襲撃を受ける可能性はかなり低い。

 だが、遠出に危険は付き物だ。

 それに危険は魔族だけではない。

 魔獣という類のモンスターだっているらしい。

 

 それゆえに、今の行動範囲はほとんど領内といってもいいだろう。

 その範囲で集まる情報にも限りがある。

 ゆっくりと時間をかけて行えばいいと考えていた。



 今日はエレナと隣の領まで行っていた。

 今はその帰りだ。

 隣といっても馬車で片道2時間はかかるのだが。

 護衛には、腕の立つ者が3名。


「アレンさん、エレナお嬢様。まだもう少しかかるんで、着くまで寝ててもらっても大丈夫ですぜ」


「ああ。わかった。そうさせてもらう」


 この護衛隊長のシドは、なかなかの腕の持ち主らしい。

 ハロルドとの手合わせを少し覗かせてもらったが、互角と言っていい程だ。

 前みたいに、レッドウルフに襲われたとしても、軽く撃退できるだろう。

 

 午前から屋敷を出たが、すでに日が傾きはじめている。


「少し冷えてきたな。お嬢様これを」


 そう言って、俺はエレナに毛布を渡した。


「え、ええ。ありがとう」


 屋敷まであと一時間というとこだろうか。

 エレナは時間を気にしている。

 そして今日一日なんだかよそよそしい。


 それもそのはず。

 セレンディア家に来て、今日でちょうど一年。

 ちゃんとした誕生日がわからないため、一年目の今日を誕生日ということにして、誕生会があるらしい。

 しかもサプライズで。

 エレナはもう準備が終わっているか、気にしてくれているのだろう。


 なんで俺がそのことを知っているかというと、偶然他のメイドの話が聞こえてしまったからだ。

 わざと盗み聞きをしたわけではない。

 たまたま聞こえてしまったのだ。


 だが、それは黙って置くことにした。

 皆の好意を台無しにしてしまう。

 だから今日一日、俺はエレナの付き添いで何も知らないということを貫いているのだ。


「早く帰ってゆっくりしたいな」


「そ、そうね。でも、せっかくだしもう少しゆっくりでもいいんじゃないかしら?!」


「変な魔獣に襲われたら嫌だ。早く帰ろう」


「それは…………そうだけど…………」


 まぁ魔獣に襲われるのが嫌なのは本当だが、少し意地悪をしてしまっただろうか。


「知っていたか?今日で俺がセレンディア家に来て一年だ」


「もちろんよ。それで?あんたはいつ出ていくのかしら?」


 いつもの憎まれ口は健在だ。


「ふっ。まぁ早く出て行かないと、迷惑だからな。そのうち出ていくさ」


「じょ、冗談よ!なに本気にしてるよ!」


「大丈夫だ。本気にはしていない」


「まぁ……退屈はしないし!もう少しだけ許すわ」


 その後エレナはすぐにうとうとし始め、寝てしまった。

 久しぶりの遠出で疲れたのだろう。

 セレンディア領まで後一時間。

 俺も少しだけ眠るとするか。












「お嬢様!!!!アレンさん!!!!起きてください!!!!」

 

 馬車の外から、シドの大きな声がした。

 少しだけのつもりが、結構寝てしまったようだ。


「ん…………なによ…………騒いで」


「着いたのか?」


 屋敷に付いたのだとしたら、もしかしたら周りに皆がいて…………。

 おめでとー!みたいな事をされるのだろうか。


 少し恥ずかしい気もする。

 そんな事してもらったこともない。

 どういう反応をすればいいのだろうか。


 とりあえず、俺は何も知らない、それを貫き通せばいいだけだ。


 俺は馬車の外に降りた。

 そして…………。




 俺の目に飛び込んできたのは、火に包まれた町だった。


「お…………い…………なんだよあれ!!!!」


 後から外に出てきたエレナは、口に手を当てて、声も出せずにいる。

 これは悪夢か?


「なんで……あんなことに……」


「わかりません!もしかしたら魔族が…………。一刻も早く向かわなければ!お嬢様、アレンさん乗ってください!」


「待ってくれシドさん!!あそこに、お嬢様も連れて行く気か?!」


 今いる地点は町から馬車を飛ばして、10分くらいの位置にいる。

 一緒に行くより、ここに置いていく方が遥かに安全だろう。


 何が起きているかもわからないというのに、あの場所にエレナを連れて行くわけにはいかない。


「確かにそうですね。護衛の二人をお嬢様と一緒に置いていきましょう」


 俺と護衛の一人が町に戻ることにする。


「ね……ねぇ!!私も行くわ!!」


「ダメだ!明らかに危険すぎる」


「でも皆んなが!!」


「お嬢様!!」


 そう言って、俺はエレナの方を掴む。


「必ずみんな連れてくる。今日だけは俺の言う事を聞いてくれ」


 仮に魔族が攻めてきているのだとする。

 そうなると、実際は俺なんかが行くより、魔術が使えるエレナが言った方がよほど戦力になる。

 だが、エレナが敵う相手かもわからない。

 敵わなければ殺される。

 だから連れて行くわけにはいかない。


 泣きそうなエレナの顔を横目に、俺は馬車へ乗り込む。


「さぁ。急ごう!!」


 俺がそう言うと、シドは馬車を勢いよく発進させた。


「皆んな…………。どうか無事でいてくれよ」


 馬車の車輪が外れそうな勢いで、飛ばして向かう。

 一分一秒が長いとは、まさにこのことだろう。

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