第10話「少年の記憶」

「ねぇおじいちゃん。なんでお父さんとお母さんは帰ってこないの?どこいったの?」


「勇也ちゃん。今日からお前はここで暮らすんだ。いい子にするんだぞ」


「ねぇ!お父さんとお母さんは?」


「二人は今、遠くにお仕事しに行っているんだよ。帰ってくるまで、おじいちゃんと一緒だぞ!」


 久しぶりに会うおじいちゃん。

 前に住んでいたところから、すごく遠い場所だった気がする。

 周りには自然いっぱいのおじいちゃんのお家。

 お泊りだと思い、俺はすごくはしゃいだ。


 おばあちゃんはお家にいなかった。

 体が悪くて、という所にいるらしい。


 それから、おじいちゃんは色々なところに連れて行ってくれた。

 

 時には、山に虫を捕りに行き。

 時には、川に一緒に魚を釣りにも行った。


 毎日が新しいことばかりで、俺は楽しかった。

 

 来年からは、小学校と言う場所に行くらしい。

 友達がいっぱいできるぞ、と言われた。

 それも楽しみだった。


 でも両親が、いつまで待っても帰ってこない。

 

「いつお父さんとお母さん帰ってくるの!!」


 俺は不安になり、おじいちゃんに怒って泣き叫んだ。

 何回も何回も。


 でもおじいちゃんはいつも、そっと俺を抱きしめてこう言う。


「勇也ちゃんが、もう少し大きくなったら二人に会いにいこうね」


 泣き疲れて、おじいちゃんの腕の中でいつも俺は眠った。

 

 


 そしてその生活は、唐突に終わりを迎える。


 朝起きて、居間に行くとおじいちゃんが床の上で寝ていた。


「…………おじいちゃん?」


 何度呼び掛けても、揺すっても起きる気配がない。


「おじいちゃん、どうしたの?」


 握った手は、とても…………とても冷たかった。

 

「おはようございまーす!」


 玄関から声がする。

 きっと牛乳をいつも届けてくれるおじさんだ。

 

 俺は玄関に行き、おじさんにおじいちゃんが動かないことを言うと、おじさんは居間の方に走っていった。


 それからは、いっぱい大人が来て、おじいちゃんは連れていかれ。

 俺には何が起こっているか、理解すらできなかった。

 ただただ、その場を茫然と眺めていることしかできなかった。




 次に来たのは、お父さんの弟という人。

 これからは、このおじさんたちと暮らすらしい。

 おじさんとおばさん、そして同じ歳ぐらいの男の子が二人。


 だが、おじいちゃんと暮らす事となった時と比べると、楽しさの欠片もない。


 両親と、おじいちゃんが帰ってこないのは、自分がいい子ではなかったからだ。

 俺はそう思った。


 いい子でいよう。

 いい子でなくてはいけない。

 そうすれば、皆帰ってきてくれると。


 おじさんとおばさんは、優しかった。

 わがままもいっぱい言っていいと言ってくれた。


 だが、俺は大人しくしていた。

 いい子にしていなければいけいないから。

 

 小学校に入学した。

 そしてそれを期に、俺はある場所へ連れていかれた。


 そこはお墓。

 無機質な石の前で、おじさんとおばさんは手を合わせている。


「勇也。ここに皆眠っているんだよ」


 俺は幼いながら、お父さんもお母さん、そしておじいちゃんも死んでしまったのだと理解した。

 

 もう会えない。

 もう帰ってこない。


 そう考えたら、涙が止まらなかった。

 俺はその場で泣きじゃくった。


 それからは、自分と一緒に暮らす二人の子供が、憎く感じたこともある。

 自分はもう両親と会えないのに、なんでこの二人はいつでも両親と一緒なんだと。

 

 二人にとっては、理不尽な八つ当たりだろう。

 しかし、子供の怒りというのは、たとえどうしようも無い事だと分かっていても、抑えが利かないものだ。


 俺は、あまり皆と仲良くできなかった。


 


 俺がもうすぐ3年生を迎えようとする頃。

 

 俺は自分の部屋で、本を読むことが多かった。

 この頃になっても、おじさんとおばさんは、という認識のままだ。


 二人にはあまり叱られることがなかった。

 その息子達はいっぱい叱られているというのに。

 それを俺にだけ優しい、そう思っていた。

 

 大切にされていると。

 

 だから、おじさんとおばさんが好きだった。

 この二人の本当の家族になれたらいいなぁと。


 だがそれは、誤った認識だと知ることになる。


 ある夜、トイレに起きると今の電気が付いていた。

 そこから二人の声が聞こえる。


「ねぇ?やっぱりこのまま、あの子を家に置いておけないわ」


「んーやっぱりそう思うか」


「そうよ。お金にだってギリギリなのよ?あの子に割いてる余裕なんてない。それだけじゃない。子供たちとも全然仲良くならないし、時々怖い顔で見てたりするのよ?」


「すぐに皆と打ち解けられると思ったんだがなぁ。もう何年経っても、あのままだ」

 

「いい子ではあるんだけど…………それが逆に気持ち悪いわ」


「やはり兄弟といえど、他の親の子だな」



 ああ。

 ようやく分かった。


 怒られなかったのは、大切にされていたんじゃない。

 俺に興味、関心がなかったんだと。

 

 やはり家族ではなかったんだと。

 俺は思い知った。




 俺が他の親戚に引き取られる事になるのは、そう時間がかからなかった。

 そこからは、親戚の家をたらい回しだった。


 世間の言う、虐待のようなものも受けた。

 

 だが、俺はもうどうでも良かった。

 どこに引き取られようが、家族になれる訳がない。

 

 表ではいい顔をしていたとしても、裏では何を考えているか分からない。

 期待をするだけ無駄だ。

 もう一人にしてほしい。

 そう願った。


 両親の記憶も、もう遠い過去。

 家族が欲しい、そんな願いは既に消え去っていたのだ。




 中学に上がる前。

 俺は児童養護施設に預けられることとなった。


 今まで転校も多かったから、友達と呼べる者もほとんどできなかった。

 だが、それで良かった。

 一人でいたかったのだ。


 どうせ大切な人はいなくなってしまうから。

 どうせ人は裏切るから。

 

 中学・高校なってもそれは同じ。

 周りからは感じの悪い奴だと言われ、悪口だっていっぱい言われた。


 そいつらに唯一勝てる事。

 それは勉強だった。


 昔から俺は本を読むのは好きだった。

 そのためか、勉強に対するマイナスなイメージはあまりなく、そいつらを見返すために学年一位なったこともあるくらいだ。

 まぁガリ勉と言われることもあったが。

 俺が頭がいいことを見せつけると、堂々と俺に文句を言える奴は減った。



 成績が優秀だったこともあり、大学も勧められた。

 だが大学にいく気はなかった。

 

 俺にとって、勉強とは周りを見返すためにしてたようなもの。

 特に学びたい分野もなく、これといった夢もない。

 それに児童養護施設から、大学に行くというのは結構大変なことだ。


 大学に行くとなると、当然学費の安い国立に行きたいもの。

 だがそうすると、進路決定が遅くなり、アルバイトもできない。

 かといって、進路決定の早い私立に行くと、アルバイトはできても学費がバカ高い。


 そういうジレンマに陥る。

 まぁ将来的にみたら、国立の方が絶対いいのだが、受かるかどうかは別な話だ。


 それなら、さっさと就職して俺はお金を稼ぎたいと考えたのだ。

 幸いなことに、高卒でも成績が常に良かったために、そこそこの会社に就職できた。


 だがそうであったからこそ。

 就職した先で優理と出会うことができ、そして結ばれることになった。


 その点では良かったのだろう。





ーーーーーーーー




「ーーーーアレン?」


 俺の後ろから声がする。


「ねぇ!ちょっとアレン!聞いてるの?!」


「ああ、お嬢様」


「ぼーっとしてどうしたのよ」


「ちょっと…………考え事をしていた」


 昔の事を思い出していた、なんて言えない。


「お父様に呼ばれてるんだから、早く行くわよ」


 そうだった。

 ハロルドに、エレナと一緒に部屋まで来るように言われていたんだった。 

 早く行かなければ。




 優理は今頃、何をしているのだろうか。

 元の世界に戻ることはできるのだろうか。

 

 とりあえず今は、この世界で精一杯生きること。


 ただそれだけだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る