第9話「剣術ー2ー」
ハロルドと稽古をするときは、俺はいつも本気で倒すつもりでやる。
最初の頃は遠慮してしまったのだが、逆にハロルドに怒られてしまった。
実際、未熟な俺が本気で打ち込んだ程度では、ハロルドにかすりさえできない。
それは今日までの稽古で、嫌というほど実感した。
イメージトレーニングは嫌というほどした。
今日こそは一発でもいいから、有効打を入れてやりたい。
前に進み、ハロルドとの間合いが縮まる。
あと一歩進めば、俺の攻撃が届く範囲だ。
だが本来なら、あと二、三歩後ろの時点でハロルドがほんの一瞬で間合いを詰められる範囲だっただろう。
これは踏み込みの差だ。
本当の戦いで、この攻撃範囲の差は致命的なはずだ。
ハロルドが攻撃範囲に入ると、俺は力いっぱい踏み込み上段から剣を振り下ろす。
木と木がぶるかる乾いた音がして、攻撃はあっさりと弾かれる。
こんなのは当然だ。
左右、上段、下段と打ち込みを続ける。
だが、やはり赤子を相手にしているかのように、俺の攻撃はあっさりの弾き返されてしまう。
力でも、技量でも、素早さでも勝てない相手にどうするか。
そこで思いついたのが、フェイントだ。
単調の攻撃を続けていたのは布石。
俺が突きを一瞬出そうとすると、ハロルドは素早く反応し、体を半身にして避けようとする。
ここだ。
ハロルドの重心がずれ、体勢が崩れた。
突きを繰り出そうとする腕を止め、体を回転させる。
回転する遠心力も加えて、俺はハロルドの背中に剣を振る。
カンッ!!
一瞬なにが起こったのか分からなかったのだが……。
ハロルドは上から剣を背中に回し、俺の剣の勢いを片手で受け止めていた。
「ーーーーくっそ!!」
俺は目の前のハロルドに体当たりをし、ハロルドを後ろに退かせる。
そこに全力の踏み込みをし、追撃をかける。
真上からの上段振り下ろし。
ハロルドは後ろに下がった時、体勢が崩れていたはずだ。
だが振り下ろした俺の剣は、何かに当たることはない。
ただ空振りをした。
ハロルドは一瞬にして態勢を戻し、半歩横に躱していた。
その刹那。
剣が勢いよく空を切る音がする。
下から上へ振り上げるような剣筋。
気づいたときには既に、俺の剣は宙を舞っていた。
乾いた音を立て、地面に落ちる剣。
完敗だ。
「よーし。今日はここまで」
「はぁ…………はぁ…………」
息が上がっている俺に対し、ハロルドは一切乱れた様子がない。
「あのフェイント良かったぞ。狙いは悪くない」
「嘘だ……はぁ……はぁ……簡単に止められた」
「嘘じゃないぞ。ただ突きのフェイントを入れてから、回転をいれるまでのメリハリがなかったな」
「…………どういうことだ?」
「フェイントを入れた直後、回転しようと既に体の軸が横にずれていた。あれでは相手にバレバレだ。体を回す、その一瞬まで相手に悟られぬようにしないとな。それと体を回す速度も遅かったから、相手の受けが追い付いてしまう」
まぁ要するに、ダメダメだと言うことだ。
「ハロルドさんに、一太刀入れられるイメージが湧かない」
「はははっ。アレンはまだ剣術を始めたばかりだろう。当然だ。むしろ、始めて数か月の者に一太刀でもやられるような実力だったら、私はここの領主をやってないさ」
「まぁ…………そうなのかもしれないけど。魔術もできて、剣術もできるハロルドさんが純粋にすごいと思った。俺は魔術が使えないらしいし、剣術もまだまだだ」
「落ち込むことはない。人には得意、不得意が必ずあるものだ」
「俺にもハロルドさんみたいに、強くなれる日が来るのだろうか?」
自分の努力とその成果が釣り合ってないことに、焦りを感じているのだろうか。
いつもなら、こんなに落ち込んだりはしないのだがな。
そう思い俺が下を向いていると、胸をトンッと拳で叩かれた。
「大丈夫だ、アレン。出来ない事がいくらあってもいい。自分ができる事、得意な事をまっすぐ信じて、それを極めてみろ。そうすれば、それは何にも代えがたいお前の武器になるはずだ」
ハロルドの目を見る。
その目には一点の曇りもなかった。
きっとハロルド自身が身をもって証明してきたことなのだろう。
ハロルドの良く手を見ると、豆がいくつもあり、皮膚が固そうだ。
どれ程の鍛錬を積んできたのか。
俺が想像できない程のものだと、その手が物語っていた。
俺もこんな弱音を吐いていられない。
頑張らないとな。
「そろそろ夕食の時間だろう。戻るとするか」
「…………ハロルドさん。一つ聞きたいことがある」
「ん?どうした?」
「エレナから聞いるはず。最初にハロルドさん達を助けたのは、何かの間違いだって」
「ああ、聞いているぞ。それがどうかしたか?」
「ならなんで…………追い出すこともしなければ、こうやって剣も教えてくれる。俺はハロルドさん達に何もしていないのに。俺をここに置いとく、理由がわからない」
何でこんなことを、いきなり聞いたのか。
自分でもよく分からない。
だが、人は利害でしか動かない。
そう思っていたからこそ、ハロルドたちが良くしてくれる理由がわからなかった。
それが気になってモヤモヤしていたんだと思う。
ハロルドは黙って何も言ってこない。
正直、顔を見るのが怖かった。
明日出ていけと。
本当はお前は厄介者だ。
そう言われるのではないか。
だが、ハロルドの顔を見るとその顔は、優しい笑みだ。
「何を馬鹿なことを言ってる。あれが間違いだとしても、そんなこと気にしてる者は誰一人としていやせんよ」
「いや、でも…………」
そしてハロルドは俺の隣にくると、力強く背中を叩いた。
「お前はもう、私達の家族だろ?アレン」
そう言って先に屋敷に戻っていくハロルド。
家族。
そうか…………これが家族というものなのか。
そして、今のこの気持ち。
嬉しいというものなのか?
それとも、追い出されなくて安堵しているものなのか?
わからない。
だが一つだけはっきりしていることがある。
それは、俺もここの皆と一緒にいたい。
そう思えるようになってきたということだ。
だがそれと同時に、俺は怖かったのだ。
ーーーー大切なものは、消えてしまうからーーーー
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