第8話「剣術」


 

 季節は冬。

 この世界でも、雪は降るようだ。

 吐息は白く染まっていた。


 

 今日一日の雑務を終え、夕食前の空いた時間。

 

 俺は屋敷の裏庭で、手に持った木刀を振り下ろす。


 魔術が使えないなら、他の道を探すしかない。

 

 この世界は、戦争をしているといった。

 確かに今は平和だ。

 セレンディア領は安全だとも言っていた。


 でもそれが、いつまで続くかわからない。

 もしかしたら明日、世界が変わるかもしれない。


 もしもの時の為に、何かしておくことに越したことはないだろう。

 それに鍛えている男というのは、やはりかっこいいものだ。

 

 そこで俺は次に剣術を習ってみることにした。

 幸いなことに、ハロルドは剣術も得意で、元々王国の騎士団にいたらしい。

 なかなかの腕の持ち主らしく、そういった人に教えてもらえるのは有難い話だ。


 とはいえ、エレナの時と同じく毎日教えてもらう訳にはいかない。

 だからこうして、空いた時間に自主練というわけだ。


 ただの素振りと思うだろうが…………。

 これがなかなか辛い。

 本物の剣というのは、それなりに重い。

 だからこの素振りの木刀も少し重めに作ってあるらしい。

 

 5分も素振りをしていると、もう腕が痛くなってくる。

 素振りの速度だって、ハロルドの素早い振り下ろしに比べると止まって見えるくらいだ。

 

 恐らく筋力も、力の入れ方も、構え方すらまだまだなのだろう。


 魔術ができないなら、剣術を極めてあの#生意気小娘__エレナ__#をあっといわせてやる。


「なにしてんのよ」


 急に声をかけられ、ビクっとなり振り返った。


「うぅ、さっむ。そろそろ、お父様にぶたれる回数少し減るぐらいには成長したかしら?」


 エレナだった。

 さっきの心の声を口に出していなくて、本当に良かった。


「なんだ。お嬢様か」


「なんだとは何よ。失礼ね」


「こんな所で何を?」


「別に。お父様に言われて、ちょっと様子を見に来ただけよ」


「夕食の時間には戻る。寒いから戻ったほうがいい」


 そういうと、エレナはなぜかムッとする。


「私、来たばかりなのだけれど」

 

「言われたから、仕方なく来ただけ、だろ?」


「……そ、そうよ。わざわざ、仕方なくよ」


「俺なんかに付き合わせて、お嬢様に風邪なんか引かれたら申し訳ない」


 あー。

 早く帰ってくれないかな。

 ただでさえ見られながらだとやりずらいというのに。

 相手がエレナだと、何を言われるかわかったもんじゃない。


「…………む。分かったわよ!寒いから無理するなって言ってたわ!」


「どうも。もう少しで戻る」


 ふんっと振り返るエレナ。

 

 だがその先には、ハロルドがこちらに気づき歩いてくるとこだった。


「おーアレン。今日も鍛錬に励んで偉いな」


 なぜかハロルドを見て、エレナはそそくさと逃げようとする。


「エレナも、こんなところでどうした?夕食まで、部屋に戻ってるんじゃなかったのか?」


 ん?

 ハロルドが様子を見に行けと言ったんじゃなかったのか?


「あ……え、ええ。そうでした……お父様も、もうすぐ夕食ですので早めにお戻りになってくださいね!」


 そう言うと、エレナは小走りに屋敷の中に戻っていった。


「ん?なんだ?エレナのやつ」


「ハロルドさんがエレナに俺の様子を見に行けと言ったのでは?」


「ん?そんなこと言ってないぞ?」


 ハロルドはきょとんとしている。


 さっきのは一体なんだったんだ。


「まぁそれより。二人とも最近仲がいいじゃないか」


 これは仲がいいと言うには、ほど遠い気がする。 


「いや……ただ馬鹿にされているだけだと思う」


「ははっ。そうかそうか。でもそれは多少心を開いてる証だ。人付き合いが少し苦手な子でね。悪気はないはずだ。許してやってくれ」


 まぁ…………ハロルドにそう言われたら、わかったと言うしかない。


「よし!せっかくだ!少し相手をしてやろう」


「いいのか?なら、よろしく頼む」


 そう言って木刀を取りに、一度ハロルドは屋敷の中に戻った。

 俺も木刀を普通の物に変える。

 打ち合い稽古の時は、素振りの時と比べ軽い一般的な木刀を使うのだ。


 木刀を手に戻ってきたハロルドと向き合う。

 

「ーーーーふぅ。では、いきます」


「いつでもかかってきなさい」

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