第7話「魔術ー実践ー」

 約一月。

 俺はエレナに魔術に関する知識を教えてもらった。


 毎日ではないのだが、エレナの時間が空いているときに教えてもらい、基礎的な部分は大体覚えることができたと思う。

 

 魔術はイメージが大事らしい。

 あとは、自分の中に流れる魔力の流れを感じるとる事や、その流れを制御すること。

 想像力に関して俺はあまり豊かな方ではないから、少し心配なところだ。


 まぁどれだけ勉強したとしても、実際にやってみないことには意味がない。

 早く試してみたいという気持ちも正直あった。


 だがエレナには、何度も一人でやってみようと思わない事と釘を刺されていた。

 やはり、未熟で経験の無い者が、興味本位でやるのは危ないらしい。


 

 

 俺は今、エレナと屋敷の裏庭にいる。

 今日は、エレナ付き添いの実践授業だ。


 「じゃあ、やってみるからみてなさい。簡単な初級火炎魔術からね」


 そう言うと、エレナは右手を前に出し、構えをとって詠唱をはじめた。


 魔術には詠唱が不可欠である。

 詠唱には四段階あり、魔術の起動語・属性選択・対象の選択・発動がそれにあたる。

 詠唱を始めると、手の前には小さな魔法陣らしきものが現れる。


 ・魔術の起動語


「告げる。世界の理よ、我を導き給え」

 

 これは、誰がどんな魔術を使うにしても共通の言葉。

 ちなみに魔族とヒューマン・亜人はここが違う。

 魔族の場合「告げる。精霊の加護よ。我に力を授け給え」らしい。


 ・属性の選択


「求めるは火炎」


 ここでどんな属性なのか提唱する。


 ・対象の選択


「我を阻むものを燃やせ」


 この段階で標的を決める。


 ・発動


炎の球ファイアーボール!!」


 術の名前を叫ぶ。

 構えをとった手の前に、炎が出現し、標的にした石の壁に向かって飛んでいった。

 炎は勢いよく壁にぶつかると、破裂したように飛び散って消えた。


「おぉ~~。すげぇ」


「まぁこんなもんね。最初は炎が小さかったり、うまく狙ったとこに飛ばせなかったりするけど、やってるうちに上手くなるわ」


 初級の簡単な魔術はこのプロセスで発動するみたいだ。

 強い魔術になればなるほど、詠唱が難しいものになったり、時には魔法陣も必要になるらしい。


 ちなみに、無詠唱なんてのもあるが、それは魔術を極めた超上級者の技。

 並みの魔術師ができるものではないとのことだ。


「変なところに飛ばすかもしれない」

 

「人やガラスに当たらないように、わざわざ壁しかないところに来てるんじゃない。びびってないでやりなさいよ」


 別にびびってた訳じゃない。

 本当にエレナはいつも一言多い。


「わかりましたよ、やりますやります」


 見てろよ。

 イメージだけは、もう何回繰り返したかわからない。

 最初から、すごい威力の炎を出して、この生意気な娘を驚かしてやる。


 俺は両手に意識を集中する。


「告げる。世界の理よ、我を導き給え」


 本来だったらそこで、体の中の魔力が腕から手へ流れるところだが…………。

 何も起きない。


「あ……あれ?これで合ってるのか?」


「…………合ってるわ。続けなさい」


 それから、何度やっても同じだった。

 

「あ…………あの?何も起きないが」


「いいから、最後までやってみなさいよ」


 なんかこいつ、ちょっと笑ってないか?


 俺は詠唱を最初から最後まで唱えてみる。


 しかし、結果は同じ。

 何も起きない。

 念のため、魔族の起動語も使ってみた。

 だが手に魔力が集まる感覚もない。


 その瞬間、エレナに鼻で笑われた。

 

「あなた、才能ないわ」


 そして、突き刺さる言葉。


「え?俺が…………才能ない?」


「ええ。ないわ。炎を具現化して出すには、もちろん練習が必要だったりする。けど最初の起動語で手に魔力が流すことなんて誰にでもできるもの。それができないっていうのは、魔術を流す道、回路のようなものがないということよ。それがなければ、魔術なんていくら練習しても使えないわ」


 エレナは散々教えてあげたのにと、呆れた顔をしていた。


「いやいや、お嬢様の教え方が悪いんじゃないか?」


「失礼ね!あんた最近、私に対して本当遠慮なくなってきたわね」


 勉強として、一緒にいる時間も多かったから少しは打ち解けたのかもしれない。

 なにより、エレナは俺の事を小馬鹿にすることが多い。

 

 だから俺の小さな反抗として、礼儀正しくするのをやめてやったのだ。


「だって、魔術を使えない人なんているのか?当たり前のものなんだろう?」


「別にいないわけじゃないわ」


「え。魔術が使えるのって、限られた人だけとか?」


 でもさっき、誰でも使えるとか言ってたしな。


「違うわ。いるのはいる。――――たま~~~~にね」


 たまにというところを、強調するエレナ。

 しかも顔は、もはや笑いを隠す気がない。

 

 この野郎、そう思ったができないのだから、何も言い返せない。


「…………なんとかしてくださいよ」


 本当になんとかしてもらいたい。

 

「なんともできないわ」


「こないだ勉強してたとき、天才って呼ばれてるとか自慢してたじゃないか!天才だったら、なんとかしてくださいよー」


「才能がない人の才能を引き出すなんて習ってないし、知らないわよ」


 うぅ…………。

 悔しいけど、言い返す言葉が見当たらない。


「レッドウルフを倒したと聞いたけど、これじゃ何かの間違いね。誰かが見えないところで魔術を使ったとか。お父様たちには、そう言っておくわ」


 そういうと、あー心配して損したと言って、エレナは屋敷の中に戻っていってしまった。


 心配?

 やはり俺がすごい魔術を使えるって思っていて、それに嫉妬でもしていたのか。


 見返して、ドヤ顔してやる予定だったのに。

 めちゃめちゃ馬鹿にされた。

 

 この世界にきて、魔術が使えないってことに、俺はかなり凹んだ。

 非常に残念でしかない。




 いや…………。

 やっぱり、これからさらにエレナに馬鹿にされるだろうと思うと、そっちの方がムカつく俺だった。

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