第6話「魔術」
春も終わり、夏に入った。
セレンディア領は南に位置すると言っていたから、かなり暑くなるのを覚悟していたのだが、実際はむしろ過ごしやすく涼しい方だった。
元の世界でも、日本の南が暑いというのは、赤道付近だからだ。
ということは、さしずめ今いるのは、南半球の南みたいなものなのだろうか?
まぁこの世界の気候なんて、あまり知らないしあくまで予想だが。
今日は快晴。
風は穏やかで、実に気持ちがいい日だ。
だと言うのに。
俺は本部屋で、エレナと二人きり。
「朝ごはん終わったら、ちょっと本部屋きなさい」
今までろくに話しかけてこなかったエレナが、急にどうしたのかと思った。
言われた通り、行ってみると魔術について教えてくれるとの事だった。
まぁハロルドかコレットに魔術を教えてやれと言われたのだろう。
エレナは上級魔術師だっけ?
最近までエレナは忙しそうだったし、数日家を留守よくあり、なかなか魔術の事を聞くことができなかった。
俺も男だ。
やっと魔術を教えてもらえると思い、正直ワクワクした。
そう。
したのだが。
「ちょっと…………あんた聞いてるの?」
難しい。
難しすぎる。
概念とか理論とか、もう何を言っているのかわからない。
俺は馬鹿ではない、その自信はある。
だが、専門用語みたいな言葉を連発されて、意味不明だ。
「あんた今、寝てた?」
「いや寝てない。寝てないけど…………もうちょっと分かりやすくしてもらえないだろうか?」
「はぁ?!十分、分かりやすいように言ったじゃない!」
エレナは天才の部類だと聞いた。
やはり天才というのは、どの世界でも他人に教えるというのは不得意なのだろうか?
「何よその顔」
まずい。
顔に出てしまった。
「私も忙しいのよ。聞く気ないなら、戻るわよ」
「申し訳ない。続けてくれ」
せっかくのいい機会なのに、これを棒に振るわけにはいかない。
気合を入れなければ。
「はぁ…………んじゃ馬鹿でも分かるように、もっと簡単に説明するわ」
その言葉にイラっとしたが、態度に出すわけにはいかない。
「その前に、本当に何も覚えてないわけ?」
「と…………言うと?」
「魔術の事よ。お父様たちの事、魔術使って助けたんでしょ?」
「ああ…………本当に、全く覚えてない」
「嘘じゃないわよね?」
「嘘じゃない。女神に誓って」
初めて、その女神に誓ってという言葉を使ってみたが、ちょっと恥ずかしい。
「そう…………変な感じするけど…………魔力は感じないし…………」
何やらエレナがぶつぶつと、一人で喋っている。
「あの……どうかしたのか?」
「えっ。ああ、こっちの話よ。まぁいいわ。もう一度、馬鹿でも分かるように最初から説明するわね」
二度言わなくてもいい。
そう言うと本を出してきて、本も交えながら説明を始めた。
文字も言葉と同じく、何故か理解できている。
一体なぜそうなったのか、未だにわからないままなのだが、都合がいいのには変わりない。
「魔術には、初級・中級・上級・超級・聖級・神級があるわ」
この一文だけでも、先程と天と地の差があるくらい分かりやすくなった。
最初からそうしろよ。
「そしてその属性だけど、火・土・水・風・雷・光・守護の8種類」
「お嬢様は、上級魔術師なのか?」
「そうね。超級も勉強中だけど、もう少しかかりそうね」
「その上級魔術師ってのには、どのくらいでなれるんだ?」
「そんなの人それぞれだし、知らないわ。でも周りの上級魔術師は、みんなお姉さまより年上ばかりよ」
俺とコレットが多分20歳半ばぐらいだ。
それよりも年上となると、だいたい30歳ぐらいになるのだろうか?
「私がセレンディア家っていうのもあるから、あまり表には出してこないけれど。私の事、幼いって馬鹿にしてる雰囲気あるのよね。本当むかつくわ」
あまりいい雰囲気でないのは、それだけではないのだろうけど。
まぁ黙っておこう。
それに俺も人に言えた立場じゃない。
「話が逸れたわね。それで、大雑把な目安だけど。超級は頑張って中年くらい。聖級はおじいちゃん。神級なんて、国に一人いるか、いないかよ」
超級は頑張って中年?!
それを、もう少しかかりそうで済ましているエレナって…………。
本物の天才?
「お嬢様は何の魔術を使うんだ?」
「私が得意なのは、守護と水よ。他の属性も一応使えるけど、初級程度」
「へぇー。色々つかえるなんて、すごいんだな」
「べ、別に大したことじゃないわ。上には上がいるし」
そうは言っているが、エレナの顔が少しだけ赤い。
褒められて若干嬉しそうだ。
「あの…………神聖属性っていうのが、いまいちイメージがつかないんだけど…………」
「簡単に言えば、光みたいなイメージ?敵を浄化させる、みたいな?私も専門外だから、良く知らないわ。何百年も昔、闇属性の魔法があったらしくて、それに対抗するために生み出されたって話みたいよ。まぁ今でも、魔族の
「闇か。それは今使う人はいないのか?」
「闇属性なんて、そもそもおとぎ話よ。大昔にその力で暴れまわったやつがいて、その力を封じ込めて消し去ったーっていう勇者のお話。よく子供にする絵本の話ね」
確かに、闇っていうとなんか悪者っぽいな。
悪の大魔王とかなんか使ってそうだし。
「何百年か前に、闇属性の魔法についての研究とかあったらしいけど。そもそもあんなものは、理論上は可能でも、現実的には絶対無理みたいよ。そういう文献を読んだこともあるわ。だからこれは気にしなくても大丈夫」
「そうなのか。なら、さっきの属性で火とか雷に興味がある」
やっぱり攻撃系といったら、火・雷だ。
あくまで俺のイメージだが。
使うならかっこいい魔術を使ってみたいというのは、男のロマンだろう。
「まぁ相性とかあるし、会得できるかは別の話だけど。基本的にやってみて、相性が良さそうなのを勉強するのが一般的だわ」
相性か。
これで、守護とかと相性が良かったらちょっと残念だ。
まぁエレナは他も使えるみたいだし、出来ない事もないのだろうけど。
「俺って何系って感じ?」
「――――あんたは…………。わからない」
ん?
なんだ、今の間は。
熱血で暑苦しい奴は、火っぽいとか。
さばさばしてて、つめたいやつは、水っぽいとか。
そんなに深い意味はなかったのだが。
「まぁ基礎の知識教えたら、一月後に実践させてあげるわ」
うそだろ?
早く実践でやってみたいのだが。
「えっと…………そんなかかるのか?」
「はぁ?!あんた馬鹿じゃないの?魔力の流れとかそういうのちゃんと学んでからに決まってるでしょ?」
エレナは呆れた顔をして、物を言う。
「大体、そうじゃないと術を発動すらできないし。できたとしても、自分の魔力を扱いきれなくて暴走したら死んだりするのよ?」
うぅ。
さすがに死ぬのは勘弁だ。
そんなリスクのあるものだとは思わなかった。
「あんたが死にたいなら、今すぐやらせてあげるわ」
「…………いや。勉強してからにします」
こうして、エレナによる魔術のお勉強の日々が始まった。
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