第5話「奢らぬ貴族」

 俺はコレットと共にいつも食事をする、広い部屋に来た。

 真ん中には細長い大きなテーブルがあり、大勢で食事ができるように椅子が何個も置いてある。

 テーブルの上には、たくさん準備されていた。


 セレンディア家では、領主たちだけが先に食べるわけではない。

 同じテーブルで、同じ時に、使用人たちも一緒に食事をする。


「お!来たか。コレット、アレン、今日は挨拶周りご苦労だったな」


 それに対して俺は軽く会釈する。


「はい、お父様。先方の方も、早くお父様にお会いしたいとおっしゃっていました」


「そうか。私自身もそのうち出向かなければな」


 挨拶周りとか、そういうのは頻繁にやっているのだろうか。

 貴族の世界には、やはりそういう付き合いというか、コネみたいなのが大事なのだろう。


「それじゃ皆揃いましたし、食事を頂きましょうか…………あら?」


 何かに気づいた様子のエマ。


「奥様。どうかなさいましか?」


「ルディア。何人かまだ来ていないようですけど、どうかしたのかしら?」


「はい。まだ仕事が終わらないらしく、終わってから来るとのことでした」


「そう。すぐ終わるのかしら?」


「あと1時間か2時間程度とのことです」


「まあ、そんなに。なら先に食事にしてもらいなさい。お腹を空かせながら仕事をするのは大変でしょうから」


「ですが、よろしいのでしょうか?」


「急ぎではないのでしょう?いつも言っているじゃない。お腹が空くのは主も使用人も関係ないわ。気にしなくて大丈夫よ」


「畏まりました。お言葉に甘えさせていただきます。呼んでまいりますので、皆さんは先にお召し上がりください」


 そう言って他の使用人を呼びに、部屋を出ていくルディア。


「では、食べるとするか…………女神の恵みに感謝を」


 ハロルドの言葉に続けて、他の皆が手を合わせ、台詞を言う。

 これは元の世界でいう、いただきますの様なものなのだろう。

 世界が違っても、食べ物に感謝して食べるという文化はあるみたいだ。


 そういえば、ルディアが前に女神に誓ってと言っていたな。

 まだその話は聞いてないが、信仰されている女神というものがいるみたいだ。


 食べる前の感謝する時間が終わり、各々食事を始める。


 最初は、こうやって集まって食事をする時、静まり返って食事をとるのかと思った。

 使用人からしたら、貴族である領主の主が一緒にいるのだ。

 あまりべらべら話すのは、マナーが良くないのだろうと。

 そう思ったからこそ、最悪な食事の時間だとまで思った。


 だが実際は違った。

 皆好きなように雑談をしながら、食事をしている。


 なんなら、ハロルド達と使用人も普通に笑いながら会話をしているのだ。


 俺の貴族のイメージはもっと偉そうな感じだ。

 使用人たちと明確な差があり、交わらないものだと。

 だから、皆が家族というようなこの雰囲気を見た時、驚きもしたものだ。


「戻りました。作業していた者たちを連れてまいりました」


 そう言って部屋に戻ってきたルディアの後から、3名使用人が入ってくる。

 いつも力仕事を担当している人たちだ。


「ハロルドさん、すいません。お言葉に甘えて、俺達も先にいただこうと思いやす」


「何を謝る必要がある」


「へへっ。実は俺達もお腹ぺこぺこで。助かりやした」


「私とエマが日頃、自分たちの仕事に専念でき、こうやって家を守っていけてるのは全て皆のおかげだ。皆には感謝しているのだぞ?だから気にするようなことなど、何もない」


「そうですわ。私達は家族の様なものでしょう?遠慮され過ぎるのも少し悲しいわ」


 その言葉に使用人たちは、笑みを浮かべる。


「旦那!俺は一生旦那についていきやす!」


 先程の体格のいい使用人が、大きな声で言うと、ルディアにうるさいとぽかんと叩かれた。

 それを見て、皆が笑う。


 何だろう。

 温かい、というべきなのか?

 これが家族…………というものなのだろうか。


 俺は今まで一人だった。

 家族と呼べる人が今までいなかった。


 自分は周りを遠ざけ、周りは自分を遠ざける。

 それが当たり前だったんだ。

 正直、そこにいて自分がどう振舞えばいいかわからない。


 自分だけ、ここの一部ではないみたいな感覚だ。


「ん?どうしたアレン?なんか難しい顔をしているようだが」


「あ…………いえ、少し疲れたみたいで」


「そうか。誰でも新しい環境に身を置いたら疲れるものだ。ましてや、アレンは記憶を失っているのだから、不安もあり、尚更だろう。困ったことがあったら、遠慮くなく何でも言ってくれ」


「ありがとうございます」


 なんだかむず痒い。


 最初は、自分はセレンディア家に、何か悪いことに利用されるのかもしれないと思った。

 それに貴族という偉い者は、傲慢で権力にあぐらをかき、自分達のことしか考えていないと。

 そういうイメージだって持っていた。


 この世界にきて関りを持った人たちは、まだセレンディア家の人たちだけだから、他がどうなのかは知らないが。

 それでも、自分の考えていたことは間違いだったと、改めなければいけないようだ。


 だが、俺がこの人たちと仲良くなれるかというのは別の問題。

 元々干渉されるのも、するのも嫌いだ。

 人間は結局自分の事しか考えていない利己的な生き物、という根本的な考えも変えるつもりがない。


 でも、ちょっとだけ。

 ほんのちょっとだけ。


 この場の空気が、さほど悪いものではない。

 そう思ったのだ。

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