プロローグー2ー


 付き合い初めて約1年後、俺たちは同棲することになった。


 今日は同棲を始めてから1か月の記念日。

 俺は手にケーキの箱を持っている。

 美味しいと有名なケーキ屋の物だ。


 お互い仕事をしているのにも関わらず、いつも家事を任せてしまっているお礼だ。


「あいつ…………喜んでくれるかな?」


 俺は一人、小さな笑みを浮かべながらアパートへ歩みを進めた。

 

 アパートの部屋が見えた。

 電気が消えている。

 出かけているのだろうか?


 優理と俺はほとんど同じ時間に会社を出たが、俺は寄り道してから帰るといって先に帰ってもらった。

 優理が買い物をしてから帰ってたとしても、時間的に家には優理がいるはずだった。


 鍵を開けて、扉を開く。


「ただいまー」


 出かけてると思うが一応いつも通り声をかけた。

 だが、靴を脱ごうとしたとき、違和感に気づいた。

 優理の靴がある。

 寝ているのだろうか。


 疲れているのだろう。

 もし、夜ご飯がまだできてないなら、たまには俺が作ってやろうかな。


 玄関の電気をつけ、靴を脱ぐ。

 そして、廊下の先を見た時、違和感の正体に気づいた。

 俺の思考は止まった。


「…………え?」


 廊下の先、リビングの方を見た時、倒れている優理の上半身が見えたからだ。

 しかもそれだけではない。

 優理の周りには、彼女の血であろう赤い液体が大量に広がっていたのだ。


「ゆ…………優理!」


 俺は急いで、優理のもとに駆け寄った。

 リビングには、買い物袋とその中身が投げ捨てられ散らばっていた。


「…………どうして…………」


 なんで血が出てるんだよ。

 しかもこんな大量に。

 よく見ると、服が何か所か破けていた。

 そこを中心に出血してるようだった。


 これは…………刺された跡だ。

 ぱっと見4か所は刺されている。

 しかも心臓の位置にも刺し跡がある。


 警察に連絡した方がいいのか?

 その前に救急車を呼ばないと!

 そもそも生きててくれているのか?

 誰にやられた?


 俺は絶望的な状況に、完全にパニックになった。


「なんでだよ…………誰が…………こんな…………」


 震える手で携帯をポケットから出した。

 救急車を呼ぶために、番号を打とうとするが、うまく押すことができない。

 焦りもあって携帯を落としてしまった。


 落した携帯は、倒れている優理の手元に落ちる。

 俺は携帯を拾おうと膝をついたが、握ったのは…………優理の手だった。


 予想通り、脈がない。

 息もしていない。


 死。


 そんな絶望的な言葉が頭をよぎる。

 考えたくない。

 そんなこと考えたくないのだが、刺し傷の数、出血の量からして恐らく死んでる。


 気づいたら俺は、優理を抱きしめていた。

 涙が止まらない。

 手の震えも。

 

 今日の朝、早く出る俺に行ってらっしゃいと、笑顔を見せてくれていた優理。

 その優理がピクリとも動かない。

 許容しがたい絶望を目の前にし、俺は泣くことしかできないでいる。

 なんて無力なのだ。


 その時、目の端に携帯が映る。

 まだ死んだと決まったわけではないのだ。

 救急車を呼ばなくては。


 焦るな。


 落ち着け。


 俺は一度深く深呼吸をした。


 まずは救急車だ。

 携帯をとって、119番を押す。

 そして、通話のボタンを押そうとしたとき、勢いよく後ろのクローゼットの扉が開いた。


 急な音に驚いて振り返った先に見えたのは、知らない男だった。

 その男は真っすぐに俺の方へ突進してきたかと思えば、その直後腹部に激痛が走る。


「ぐぁ…………」


 激痛が走る先を見ると…………ナイフが刺さっていた。

 こいつか。

 こいつが優理を刺したんだ。


「…………てめぇ…………」


 痛みを堪え、ひるまず相手を睨みつける。

 しかし、相手もひるまない。

 刺したナイフを引き抜くと、俺の上半身を蹴り飛ばした。

 痛みに耐えることで精一杯の体は、容易に後ろへ飛ばされる。


 下から見上げた相手の顔もまた、猛獣の顔だった。

 後には引けない、それを理解している顔だ。


「な…………んで…………こんな…………こと」


「この女が悪いんだ。はぁ…………はぁ…………騒がなければ殺さないと言ったのに」


 この男は誰なんだ。

 何の目的でこんなことした。


 ああ…………だめだ…………。

 傷口からはどんどん血が溢れ出るのを感じる。


「金目のものだけ寄こせば、何もしなかったのに。くそ…………急に帰ってきやがって」


 …………そっか。

 多分こいつは強盗だ。

 優理が買い物に出た後、侵入し、運悪くこいつがいるところに帰ってきてしまったのだろう。


 優理は芯のある女性だ。

 そして、悪いことははっきりと悪いという。

 それがたとえ大切な友達でも。

 そんな女性だった。

 

 だから、こいつが見逃すと言っても、もしかすると何かしら行動を起こしたのかもしれない。

 そしてこいつに刺された。

 たまたま。

 それだけの理由で、優理は殺された。


 事実はどうかわからない。

 だがはっきりとわかる事がただ一つだけある。


 こいつが死ぬほど憎い。

 殺してやりたい。

 ただそれだけが心の中で渦巻いていた。


 男と目が合う。

 俺の事をゴミを見るかのような目で見ていた。

 命乞いをすれば助けてくれるだろうか。

 いや…………命乞いなんかしない。

 きっと優理だってそうだったはずだ。


「悪いが、顔を見られた以上殺す」


 まぁ…………だろうな。

 殺される。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 生き残りたいんじゃない。

 この男を殺したい。

 ただそれだけだ。


「く…………そ…………がぁぁぁぁぁ!」


 憎しみと、殺意。

 今残っている力を全て振り絞るのに、十分すぎる原動力だった。


 勢いよく立ち上がった時、傷口から更に血が溢れるのを感じた。

 だが、構うものか。

 こいつのナイフを奪って、刺し殺す。


 男にとっても、まだ向かってくる力があるのは予想外だったのだろう。

 ナイフを振りかぶる前に相手の懐に入り、そのまま男を後ろに倒した。

 その拍子に、ナイフを後ろの方に手放していた。


 今だ。

 ナイフを男より先に奪う。

 そして振り返って殺す。


 この今、この瞬間が優理の仇を討てるかの瀬戸際。

 俺は痛みを忘れていた。

 最後の力を振り絞り、ナイフを奪うことができた。

 しかし、奪えたことで安堵もしてしまったのだ。

 そのせいで、ほんの少しの間だけとは言え、感じなかった痛みが蘇る。


 痛みを堪えたため、振り返るのが一瞬遅れた。

 そして、背中に激痛が走る。


 あぁ。

 そうだ。

 なんで凶器が一つだけと決めつけてたのか。

 男はナイフを二本持っていたのだ。

 そして、二本目のナイフで俺を後ろから刺した。


「…………がぁ……………………」


 もう痛みで声すらもでない。

 腹と背中を刺され、もはや踏ん張るどころか立ち上がることも出来なかった。

 そんな俺を、男はまたもや蹴り飛ばす。


 仰向けに倒れた俺に男はこう言い放った。


「潔く死ねや」と。


 それから何か所か刺される感触があった。

 だがもう意識が遠のいていく。

 血を失い過ぎたのだろう。

 最後の最後に目にしたのは、俺の喉元に振り下ろされる血に染まったナイフの先端だった。





 そして、俺は死んだ。


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