第1話「転生」


「…………うぅ…………」


 俺は寝ていたのか?

 酷く頭が痛い。

 気分も相当悪い。

 油断したら吐いてしまいそうだ。

 目を開けてみたが、視界がかなりぼやけている。


 手のひらには土の冷たい感覚があった。

 どうやら俺は地面に倒れていたようだ。


「どこだ…………ここは」


 一度深く深呼吸をする。

 少しずつぼやけた視界が鮮明になっていく。

 周りを見渡すと、木々が生い茂っていた。

 …………森の中?


 なんで俺はこんな場所にいる?

 思い出せない。

 確か仕事が終わってから、優理にケーキを帰って家に帰ったはずだった。

 だがその先が思い出せない。

 第一、俺の住んでいたところは都心だ。

 周りにこんな森はなかった。


 立ち上がるが、気分が悪いのは変わらない。

 かなり酷い風邪をひいた時みたいだ。


「うわっ!なんだこれ!」


 俺は着ているワイシャツを見た瞬間驚いた。

 所々切り裂かれたような穴が開き、しかも全体的に真っ赤だ。

 血?

 いや、しかし気分は最悪だが、幸いどこも怪我をしているようには感じない。


 俺は何かの事件に巻き込まれたのか?

 そして何者かに連れ去られた。

 しかも相当遠い場所に。

 この赤く染まったワイシャツが全部血なのだとしたら、他に誰か大怪我をしているに違いない。


 ふらつく体に鞭を打ち、周囲を調べてみるが、周りにあるのは木と変な植物。

 耳を澄ませてみるが、車の音もしない。

 人の通るような道も見当たらない。


「おいおい…………まさか富士の樹海じゃないだろうなここ」


 もしも、富士の樹海の中に置き去りにされているのだとしたら…………

 考えただけでもゾッとした。

 遭難した時の対処法なんて、全く知らないし、生き残る為のサバイバル術なんてもってのほかだ。


  今は太陽が高く昇っている。

 恐らく昼過ぎぐらいだろうか?

 しかし、ぐずぐずしていたら時間なんてあっという間だ。


 富士の樹海と言えば、自殺する人もいると良く聞く。

 そんなところに、夜一人なんて絶対に嫌だ。


 しかし、そこで気になるのは変な植物だ。

 明らかに毒を持っていそうな、色鮮やかな見た目のものや、食虫植物のような見た目のもの。

 

 他にも、俺が今まで見たことがないような植物を、いくつも見つけた。

 富士の樹海に行ったことはないが、こんなもの日本に生えているのだろうか?


「クソッ!!なんなんだよ一体!!」

 

寂しさ、不安、恐怖で俺はどうにかなってしまいそうだ。


 そうだ…………。

 優理は?

 彼女は大丈夫なのか?

 いきなりの事で、自分の事しか頭になかった。

 この服についた血が優理のものだとしたら…………。

 もし優理も連れてこられているのだとしたら、一刻も早く見つけなければ。


「優理ーーーー!!…………優理ーーーー!!」


 俺の呼び声に、返事が返ってくることはない。

 ただ、森の中に声が吸い込まれていくだけ。

 不安と寂しさでどうにかなってしまいそうだ。


 その時俺の耳には別な音が届いた。


 ドォォォン!!!!


 大きな爆発音だ。

 数百メートル先といったところだろうか。

 もしかしたら、自分がこんな状況に置かれている原因がそこにあるかもしれない。

 そして優理も。


 俺は音のなったほうに、急いで向かった。

 少し走ると、その先は開けており、道があった。


 またしても聞こえる爆発音。

 道に出て、音のなる方を見た時…………俺は驚愕した。


「な…………なんだよ、あれ」


 視線の先には、大きな獣の様な生き物がいる。

 しかも一匹ではなく、三匹もいる。

 人間より三倍以上はでかいだろうか。

 赤い毛を纏ったオオカミの様な外見だが、あんなに大きなオオカミなど見たことも聞いたこともない。


 その三匹の獣が囲っている先を見ると、人がいた。

 四人。

 まずい。

 このままでは、確実にあの人たちは、この得体の知れない獣たちの餌になり、殺されてしまうだろう。


 しかし、丸腰の俺にできることはなんだ?

 助けにいっても、俺も一緒に喰われるだけじゃないのか?

 注意を引き付けて、逃げるだけ逃げてみることも考えたが、どう見ても逃げ切れるような相手に見えない。

 それよりも、さっき爆発音があったし、彼らは何か武器を持っているのか?


 足がすくむ状況に、どうするべきなのか動けずにいると、一匹の獣が俺に気づいた。

 目が合う。

 その目は殺意むき出しで、完全に相手を殺そうとする目だ。

 一匹に続き、他の二匹も俺の方をみる。


 獣に囲まれているうちの一人が、俺に向かって何かを叫んだ。

 日本語じゃない。

 何を喋っているのか分からない。

 しかし、どっちにしろ気づかれてしまったらもう遅い。

 逃げ切れるはずがない。


 俺は直感で感じた。


 、と。




 …………ドクン!

 死を感じた時、俺の中で何かが脈打つ感覚があった。


(…………貴様…………が…………か?)


 なんだ?

 俺に話しかけているのか?

 頭の中から声がしている感じだ。


 (…………力……かし…………やろう)


 その瞬間、また俺の中で何かがさらに大きく脈を打った。

 感じたことの無い、変な感覚が俺の体をめぐる。


「…………ぐぁぁぁあ…………」


 体中に痛みが走り、俺はうめき声をあげて、膝をついた。

 視界が黒く染まっていく。


「クソッ…………なんだこれ…………」


 痛い。

 苦しい。

 まともに立っていることすらできない。


 顔を上げると、獣が俺を獲物として定め、間合いをつめてこようとしているとこだ。

 でも何故だろうか。

 さっきまでの恐怖が今はない。

 何故か今、俺の心の中を支配しているのは、というものだ。


 悲鳴、叫び声が聞こえる。

 それもたくさん。


 憎悪。


 恐怖。


 悲しみ。


 怒り。


 苦しみ。


 まるで、全ての負の感情が自分に流れ込んでくるようだ。

 本来なら頭がおかしくなるような感情の濁流。


 しかし、今の俺はそれが自分の体の一部のように、心地よく感じてしまっている。


 自分を中心に黒い、禍々しい波動が出る。


「…………殺す…………死ね」


 何故そんな言葉が出たのかわからない。

 だが既に、敵の命を掌握したような気分だ。

 殺す。

 きっと容易いだろう。


 しかし、放った言葉とは裏腹に、視界がほとんど黒に染まり、意識も遠くなっていく。

 そして俺は気を失った。

 


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