【声劇用台本】糸巻堂、折る
おかぴ
糸巻堂、折る
糸巻堂、折る
1.博物館正門前
刑事1「警部補!
キヨ「おう。こんな夜更けなのにあの女も来やがったのか」
刑事1「ええ。でも、目を離したスキにふらっとどこかに行ってしまいまして……」
キヨ「ったく……いつもいつも好き勝手しやがってヨォ……」
刑事1「しかしあの方は一般人ですから、警部補の指揮下には……」
キヨ「馬鹿野郎ッ。勝手に動き回られちゃこっちの威厳ってのが無くなンだよ。ったく……好き勝手やりやがってよぉ……」
刑事1「ま、まぁ……怪人
キヨ「それが気に入らねぇっつってんだよ。テメーも人のチチ見て興奮してる暇があったら周囲の警戒を厳重にしやがれ」
刑事1「それはサラシ巻いてるだけの警部補が悪いでしょ……怖いから木刀持つのやめてくださいよ……」
キヨ「んだとッ!? この木刀は帝国陸軍の魂が籠もった一振りで……ッ!」
翁仮面『ムハハハハハハハ!! ハーッハッハッハッハッ!!!(エコー)』
刑事1「!? この高笑いは!? どこだ!?」
キヨ「上だ馬鹿野郎ッ! 時計塔のてっぺん照らせ!! サーチライト!!」
(SE:バシッ!!!というでかい音)
翁仮面『ムハハハハハ! おまわりさん諸君! 厳重警備ご苦労ッ!!』
キヨ「出やがったな怪人
翁仮面『だが諸君の奮闘はすべてが徒労に終わった! この通り私はやすやすと博物館に侵入し、目当ての宝石“ナジュラーンの涙”を頂戴したぞ!』
刑事1「なんだとッ!?」
翁仮面『今宵も私の勝ちだおまわりさん諸君ッ! ムハハハハハハハハ!!!』
キヨ「ふざけんじゃねぇぞ仮面風情が……ッ!!」
刑事1「警部補ッ!? 木刀を投げる気ですか!?」
キヨ「帝国陸軍の魂の一撃……くらいやがれッ……! ウラァアアッ!!!」
翁仮面『あんっ』
キヨ「ザマみろくそったれぇえ!」
翁仮面『ぐおぉぉぉぉ……』
刑事1「落ちた!
キヨ「行けバカ! 確保だ!!!」
刑事1「は、はいッ」
キヨ「どうだオイ」
刑事1「警部補……ダメでした」
キヨ「あン?」
刑事1「ほら」
キヨ「な……く、クマさんのぬいぐるみ……だと……?」
刑事1「クマさん?」
キヨ「な、なんでもねぇよ……」
刑事1「は、はぁ」
刑事1「……見てください警部補。このぬいぐるみ、手紙を持っています」
キヨ「見せてみろ……『残念だったなおまわりさん諸君。だがその頑張りは認めよう。
刑事1「完全に舐められてますね……我々は……ッ」
キヨ「……」
刑事1「警部補?」
キヨ「かっ……カワイイじゃねーか……(ぼそっ)」
刑事1「へ?」
キヨ「なッ……なんでもねーよッ!!」
刑事1「はぁ……」
キヨ「それより周辺の警備を厳重にしろ! 人っ子一人、ここいら一帯から出すな!」
刑事1「は、はいッ!?」
キヨ「ったく! あの妖怪おすまし女はどこ行きやがったんだぁア!! いとまき堂ぉおお!!!」
2.路地裏
(SE:走る音)
翁仮面「ムハハハハハハ。くまさんに気を取られるなど甘いぞおまわりさん諸君っ。そんなんだから、こうやって本物の私にいつも逃げられてしまうのだっ」
翁仮面「はっはっはっ。ここまで逃げおおせればもう捕まることもあるまい。あとはゆうゆうと我が家に帰還するのみ。……む?」
清太郎「じー」
翁仮面「……」
清太郎「じー」
翁仮面「……少年。こんな夜更けに、ここで一体何をやっている」
清太郎「特に何もやってないです」
翁仮面「ご両親が心配しているのではないか? 早く家に……」
清太郎「亡くなりました。もういません」
翁仮面「祖父母やご両親の親戚は」
清太郎「おじいさんもおばあさんもいません。身を寄せていた親戚には追い出されました」
翁仮面「……追い出された理由は」
清太郎「ぼくが邪魔なのだと、言われました……」
翁仮面「ふむ……」
清太郎「もうずっとここで暮らしています。行く宛もないし、仕方ありません……」
(SE:マントのブァサッ)
清太郎「へ……マント……?」
翁仮面「……少年、私と契約をしよう」
清太郎「契約? 交換条件てことですか?」
翁仮面「そうだ。キミはとても聡明な少年だ。だから私が誰かは分かるな?」
清太郎「巷を賑わす、怪人
翁仮面「そう。私は怪人
清太郎「……つまり、ぼくにマントをくれる代わりに、ここであなたを見たことを黙っていてほしいってことですか?」
翁仮面「そうだ。少年がこのことを黙っていてくれる限り、そのマントは少年のものだ。それが、私と少年の間での約束事……つまり、契約だ」
清太郎「……ありがとうございます。でも……」
翁仮面「? どうした聡明な少年よ。歯切れが悪いぞ」
清太郎「えっと……もう、隠せないみたい……です……」
翁仮面「へ……?」
清太郎「あっち、見てください……人が、います……」
翁仮面「なんだと……ッ!?」
糸巻堂「おやおや……世紀の大悪党、怪人
翁仮面「馬鹿な……ッ」
糸巻堂「お前は必ず中途半端に裏をかく。ここで待っていれば必ず通ると思っていたが……」
翁仮面「なぜお前が……ここにいる……ッ」
糸巻堂「よもやよもやだ。まさか幸薄い年端も行かぬ少年に手を差し伸べるとは……だがそんな余興もここまでだ」
翁仮面「糸巻堂ッ!」
糸巻堂「久しいな怪人
翁仮面「黙れッ! 私はここで捕まるわけにはゆかんッ!」
糸巻堂「……」
翁仮面「許せ糸巻堂ッ! 女に手を上げるのは本意ではないが、これも私が無事に逃げおおせるためだッ!!」
清太郎「お姉さん逃げてっ!」
翁仮面「糸巻堂! 覚悟ぉおおオオ!!」
糸巻堂「ふッ……」
(SE:バチン! ズシャア……)
翁仮面「んべッ!?」
糸巻堂「忘れたか。私が
翁仮面「ぐぅ……ナイスビンタ……」
糸巻堂「さて、そろそろ観念してもらおうか」
翁仮面「……とみせかけて! ふんッ!」
(SE:ボンとかの破裂音)
糸巻堂「なッ……煙玉か……ッ!?」
翁仮面「ムハハハハハ! お前も脇が甘いな糸巻堂!!」
糸巻堂「こしゃくな……ッ」
翁仮面『その少年に免じて“ナジュラーンの涙”は返してやろう! また会おう糸巻堂! 私は何度でも蘇る!!』
糸巻堂「蘇らなくていいッ!」
翁仮面『さらばだ聡明な少年! そのマントはキミに進呈する! キミの今後の人生に幸あれ!! ムハハハハハハハ!!!』
清太郎「
翁仮面『ムハハハハハハハ!!! ハーッハッハッハッ……』
糸巻堂「クッ……やっと煙が晴れてきたか……」
(SE:カランという乾いた音)
糸巻堂「む……“ナジュラーンの涙”か。仮にも国宝級の宝石を地べたに落としていくとは……あいつ、物の価値が分かっているのかいないのか……」
糸巻堂「……ん」
清太郎「……」
糸巻堂「……少年? 怪我はなかったか?」
清太郎「はい。……あなたは? 怪我してないですか?」
糸巻堂「ん……キミは優しいな。ありがとう。私も大丈夫だよ。怪我はない」
清太郎「よかったです」
糸巻堂「……少年、さっきあのアホに語っていたことは本当か?」
清太郎「あのアホ?
糸巻堂「うん」
清太郎「……はい。居場所はありません」
糸巻堂「そうか……世知辛いな……キミのように聡明で心の美しい少年が……」
清太郎「ありがとうございます……でも、仕方ありません……」
糸巻堂「……」
糸巻堂「少年、一つ聞かせて欲しい」
清太郎「はい。なんですか?」
糸巻堂「家事と接客は出来るか?」
清太郎「へ……?」
糸巻堂「あと、どんな服が好きだ? ゴクリ……」
清太郎「お、お姉さん、息荒いですよ? 大丈夫ですか?」
糸巻堂「ハァハァ」
3.3ヶ月後。貸本屋『糸巻堂』
清太郎「ということがありまして。その日から、こちらでお世話になっているんですよ大滝さん」
大滝「そういうことか~。しかしここに来て3ヶ月なんだろ? その割には接客も板についてるなぁ少年」
清太郎「先生の教え方がいいんです。親切でわかりやすく、手取り足取り教えてもらいました!」
大滝「糸巻堂……少しは控えろ……」
清太郎「へ……?」
大滝峡「なんでもない。しかしいいのか少年」
清太郎「何がですか?」
大滝「
清太郎「ああ。いいんです。先生が言うには、大滝さんになら喋っても大丈夫だそうです」
大滝「あの女……ッ」
清太郎「大滝さん?」
糸巻堂「清太郎? ちょっと手を貸してくれないか?」
清太郎「あ、先生!」
糸巻堂「ちょっとこの本の整理を……てなんだ来てたのか大滝」
大滝「客に向かってなんだとはなんだ糸巻堂」
糸巻堂「貸本屋に来て本を借りるわけでもなく日がな一日コーヒーと紅茶とお抹茶を飲み散らかす……それのどこがお客なんだか……」
清太郎「うわー……ずいぶんたくさんの本ですね……」
糸巻堂「ああ。珍しい本が沢山売りに出ていたからな。いい機会だから買っておいた」
清太郎「重かったでしょ先生。今度からはぼくも一緒に仕入れに行きますから。声かけてください」
糸巻堂「じーん……」
清太郎「? せんせ?」
糸巻堂「優しいなぁ清太郎はぁぁぁああ!!」
清太郎「むがッ!? せんせ、ちょっと、苦しいですッ!?」
大滝「ふたりとも客の前でいちゃつくのはやめろッ!!」
(SE:チーン的なベルの音)
清太郎「あ、お客さんだ……せんせ、ちょっと、離して……」
糸巻堂「いやだぁぁあ。清太郎を離すなんて考えられないっ」
清太郎「お、お客さんが来てるんですって……」
糸巻堂「お客より清太郎のほうが大切だっ」
大滝「店主が率先して営業妨害してどうするッ!?」
清太郎「お、お願いですから……できるだけ早く帰ってきますから……せんせ……ッ」
糸巻堂「そっか……うう……早く帰ってきてくれ清太郎……約束だぞ?」
清太郎「はい。では行ってきます」
(SE:タタタ……て駆け足の音)
糸巻堂「うう……胸が寒い……早く帰ってきてくれ清太郎……」
大滝「まったく……これの一体どこが泣く子も黙る糸巻堂だと言うのだ……」
糸巻堂「なんだ大滝。お前まだいたのか。帰っていいぞ」
大滝「私は客だと言ったはずだぞ!」
糸巻堂「客といえど私と清太郎の
大滝「お前それでもこの店の店主か!?」
糸巻堂「店主だからこそ客を選ぶ権利が私にはあるんだ!!」
清太郎「あの……せんせ?」
糸巻堂「パァァァア……おかえり清太郎! どうした? 客は誰だ?」
大滝「そこで今日一番の笑顔を浮かべるのは違うだろうに……」
清太郎「えっと……郵便です。お仕事の依頼でしょうか」
糸巻堂「そうか! ではせっかくだ。清太郎に読んでもらおう!」
清太郎「ぇえ!? で、でも大滝さんいらっしゃいますよ? いいんですか?」
糸巻堂「こいつの存在感なぞ限りなくゼロに近いからな! いないものとして考えて大丈夫だよ清太郎!」
大滝「さすがに泣くぞ糸巻堂……」
4.数分後
(SE:ガシャンて感じのテーブルの上に乱暴に物をおいた音)
糸巻堂「ほら。お抹茶と上生菓子だ。ありがたくいただけ大滝」
大滝「それはありがたいが……糸巻堂よ。そうやって茶を乱暴に置くのはやめた方がいいぞ」
糸巻堂「お前以外の客には丁寧に配膳しているから心配はいらん」
大滝「客の扱いに差をつけるとは聞き捨てならんな」
糸巻堂「この私が直々に一服たてただけでもありがたいことだ。一口一口喜びをかみしめろ」
大滝「はいはい……」
清太郎「あのー……おふたりとも、読んでもいいですか?」
糸巻堂「ごめんね清太郎。いつでもいいよ」
清太郎「はい! では読ませていただきますね!」
大滝「……」
(SE:手紙を開くカサカサという音)
清太郎「えーと……お手紙の送り主は、隣町の
大滝「ほう。隣町の古物商だな。近隣では最大手だ」
糸巻堂「最近代替わりしたその二代目坂東継男とやらが、かなりのやり手と聞いた。店も大きく発展し、ひと財産築いたとか……」
大滝「そのやり手の二代目様が、お前に一体何の用だと言うのか……」
清太郎「では読ませていただきますねー……えーと……」
清太郎「『貸本屋、糸巻堂ご店主殿。私は隣町で古物商を営む二代目坂東継男と申します。この度、私どもの店で、刀剣の展示会をやらせていただくことと相成りました。その中でもひときわ価値のある一振りを手に入れましたが、何分私どもは不勉強ゆえ、貴殿にもその一振りの鑑定をお願いいたしたく。○月✕日(本番の日)、そちらに馬車を遣わしますので、ぜひとも当家に足をお運びください。草々』」
清太郎「以上です」
大滝「ほー……糸巻堂に刀剣の鑑定をねぇ……」
糸巻堂「待て」
清太郎「せんせ? どうしました?」
糸巻堂「困ったな」
大滝「どうしたのだ」
糸巻堂「カッコイイ……」
清太郎「は?」
糸巻堂「清太郎……お前、カワイイだけじゃなくて、こんなにカッコよかったのか!?」
大滝「……」
清太郎「そ、そんなぁ~……照れますよぉ先生~」
糸巻堂「いや、カッコイイ……カッコイイぞ清太郎! さすが私の清太郎だ!」
清太郎「えへへ~……」
大滝「お前らいいかげんにしろよ」
大滝「……まぁそれはそれとして」
清太郎「2日後に馬車をよこしてくれるそうですが……先生。このお仕事、受けるんですか? 先生の仕事の範疇ではないと思うんですが……」
糸巻堂「ふむ……」
大滝「糸巻堂よ。そもそもお前、刀剣の鑑定なんて出来るのか」
糸巻堂「出来なくはない。この店の元々の店主……私の祖父は刀剣の
清太郎「先生、スゴいですね……」
糸巻堂「もっと褒めていいよ。私を褒めて清太郎」
大滝「お前、ホント腹立つレベルで何でも出来るな」
糸巻堂「お前は黙れ大滝。5万年ぐらい黙れ」
大滝「やかましいわショタコンめ」
糸巻堂「とはいえ……」
大滝「なんだ。何か引っかかるのか」
糸巻堂「……いや。気にするほどの事じゃない」
清太郎「でもせんせ? いつになく歯切れ悪いですよ?」
糸巻堂「そうかなぁ? 私、そんなに歯切れ悪かったかなぁ清太郎?」
清太郎「はい。ちょっと心配になります……」
糸巻堂「私の清太郎は優しいな。ありがとう清太郎。でも私は大丈夫だよ」
大滝「なんだこの扱いの差は……」
5.翌々日 古物商『坂東』
(SE:パタリというドアが閉じる軽い音)
糸巻堂「やれやれ……やっと到着か……」
清太郎「隣町なのに、そんなに時間かからなかったですねー……」
糸巻堂「なんだ。清太郎は馬車ははじめてか?」
清太郎「はい。楽しかったですけど、座りすぎてちょっとお尻が痛いです」
糸巻堂「清太郎の尻……ハァーハァー」
清太郎「せんせ?」
坂東「お待ちしておりました糸巻堂先生!」
清太郎「ほら先生、坂東さんですよ」
糸巻堂「む。キリッ」
坂東「ようこそお越しくださいました。私がこの店の店主、二代目坂東です」
糸巻堂「貸本屋『糸巻堂』店主、糸巻堂だ。今日はお招きいただき感謝する」
坂東「こちらこそ、お話を受けていただき感謝しております。それにしても、このようにお美しい女性の方だとは……そのお着物もよくお似合いで」
糸巻堂「ありがとう」
坂東「こりゃ、お仕事の話をする前にお茶でもご一緒したいですな」
糸巻堂「……私はあなたとゆるりと時間を過ごすために来たわけではない。早く
坂東「ああこりゃ失礼。噂に名高い糸巻堂先生がまさかこのように美しい方だとは思わなかったもので。えははははは」
糸巻堂「……カチン」
清太郎「せんせ?」
糸巻堂「……なんでもない」
清太郎「でも先生、そのお着物、よくお似合いだと思いますよ?」
糸巻堂「ホントか? ホントに似合ってるか清太郎?」
清太郎「はい」
糸巻堂「パァァアア!! ありがとぅぉおお清太郎!」
清太郎「おわっぷ!? く、苦しいですせんせ……ッ!」
坂東「あのー……そろそろ案内してもよろしいですかな……?」
糸巻堂「御者! 私と清太郎は帰る! そして二人だけでランデブーするから銀座で降ろせ!!」
坂東「勘弁してください……」
6.建物内
(SE:カツカツという靴音3つ)
清太郎「見てください先生。廊下が大理石ですよ……」
糸巻堂「そのようだ。随分と儲かっているみたいだなぁ店主?」
坂東「ははは……おかげさまで。刀剣の展示会を明日に控え、今晩は会場で立食パーティーを開く予定になっております。政財界の重鎮を集めて盛大にやらせて頂く予定です」
糸巻堂「ほう」
坂東「よろしければ糸巻堂先生もどうですか?」
糸巻堂「考えておこう」
清太郎「うわー……せんせ、めんどくさそー……」
糸巻堂「そんなことより展示会だが……刀剣はだいぶたくさん集めたのか?」
坂東「詳しい在庫はシッカリと把握できておりませんが、3桁に届くか届かないか……といった具合でしょうか」
(SE:靴音、止まる)
坂東「こちらが会場です」
(SE:重いドアが開く音)
清太郎「うわぁ……広い……うちのお店の何倍も広いですよ?」
糸巻堂「だな。思った以上の広さだ」
清太郎「壁際にはショーケースに入った刀がいっぱい並んでます! すごいですね先生!」
糸巻堂「そうだな。すごい数だ。さすがは坂東といったところか」
坂東「いずれも名刀揃いです。……で、件の刀はこちらに」
清太郎「……これがその刀ですか?」
坂東「そうです。この太刀が、今回糸巻堂先生に鑑定していただきたい一振りです」
糸巻堂「ふむ」
坂東「いかがでしょう? ショーケースに入ったままでもよろしいですか? よろしければお出ししますが……」
糸巻堂「このままで構わない。この
坂東「おお……
糸巻堂「……私を試したのか?」
坂東「とんでもない。私達が出した鑑定結果と先生の意見が一致したことに安心しているのです」
糸巻堂「そうか」
坂東「はい」
糸巻堂「しかし
坂東「糸巻堂先生。私はね。刀剣の類がとても好きなんですよ」
糸巻堂「ふむ」
坂東「世が世なら、私もこのような太刀を帯びていただろうか……そう思うだけで、胸が高鳴ります……いわば私は、戦国から続くこの太刀の怪しい輝きに魅せられたのですよ」
糸巻堂「そうか……だが店主、この一振りに魅せられるのもほどほどにしておいた方がいいぞ」
坂東「なぜですか?」
糸巻堂「刀剣が好きなら聞いたことがないわけではないだろう。
坂東「……存じております」
糸巻堂「この刀を所持していた戦国大名の
坂東「……」
糸巻堂「
坂東「……確かに、そのような言い伝えがあることは存じております」
糸巻堂「見たところ、今回の展示会は即売会も兼ねているようだが……あなたの店ではこのような血なまぐさい伝説を持つ太刀をも、平気で売り物にするのか?」
坂東「……ふふふ、糸巻堂先生」
糸巻堂「ん?」
坂東「そういうものだからこそ、高く売れるんですよ。それがビジネスというものなのです」
糸巻堂「さっきは刀が好きと言っていたはずだが?」
坂東「刀剣に対する愛とビジネス……相反するものではありませんよ。両立は出来るものです。この店にふさわしい客に、ふさわしい刀剣を届ける……それもまた刀剣に対する愛の証であり、ビジネスなのです」
糸巻堂「……そうか。なら私は、何も言うことはない。せいぜい儲けるがいい」
坂東「そうさせてもらいましょう」
柚木「社長! 来客中、失礼いたします!」
糸巻堂「店主、この者は?」
坂東「私の秘書をしております
柚木「はっ……先程郵便箱に、このようなものが投函されておりました」
坂東「見せてみろ」
(SE:ガサガサという手紙を開く音)
坂東「……なッ!?」
糸巻堂「どうした?」
坂東「糸巻堂さんもご覧ください」
(SE:ガサガサという手紙を開く音)
糸巻堂「ふむ……」
柚木「『今宵のパーティー、
糸巻堂「……」
坂東「なんてことだ……あの怪人
糸巻堂「今日のパーティーを知っている者は」
坂東「政財界の重鎮にたくさん招待状を送りましたから……」
糸巻堂「数え切れんか……パーティーは何時からだ」
坂東「午後7時からです。今が2時ですから、あと5時間ですね」
糸巻堂「まだ余裕はあるか……」
清太郎「せんせ……?」
糸巻堂「ん? どうした? 清太郎?」
清太郎「……ッ」
糸巻堂「……心配ない。一度店に戻ろう」
清太郎「はい……ッ」
糸巻堂「店主」
坂東「は、はいッ」
糸巻堂「前言撤回だ。私も夜のパーティーに出席する」
坂東「おお……! これは心強い……いつも
糸巻堂「しかし徒歩で帰っては時間がもったいない。馬車と御者を準備してくれ
坂東「かしこまりました。柚木に準備させましょう。頼むぞ柚木」
柚木「ハッ」
糸巻堂「あと今宵のパーティーだが、ドレスコードはあるか。この事件のことは客には伏せておきたい。一般客として参加せねばならん」
坂東「ドレスコードですか。ゴニョゴニョ……」
糸巻堂「……なん……だと……ッ?」
坂東「ええ……何分、既婚者の方や婚約者のいる方の多いパーティーですから……」
糸巻堂「わ、わかった……ッ」
7.5時間後 パーティー会場
大滝「……で、私を連れてきたというわけか」
糸巻堂「ドレスコードが『伴侶、もしくは恋人・婚約者・異性』だからな。でなければわざわざお前など連れてこない」
大滝「もっと他にいなかったのか……私でなくとも、お前とのパーティーなら大喜びで力を貸す男は多いと思うが」
糸巻堂「だからだ。そのへんの男などと一緒にここに来ようものなら、まず間違いなく私と結ばれたと有頂天になるからな」
大滝「なるほどなぁ……」
糸巻堂「有象無象などいらん。私には清太郎がいれば十分だ」
大滝「人、それをショタコンという」
糸巻堂「なんとでも言うがいい」
大滝「少年が気の毒だ……その肝心の少年はどうした」
糸巻堂「店の片付けをさせてる。今晩は寝ずに私を待っていてくれるそうだ。健気だなぁ……」
大滝「そこだけ聞くと仲の良い二人なんだがなぁ……」
糸巻堂「だめだ……オフッ……清太郎のことを考えるだけで鼻血が……」
大滝「この度し難いショタコンめ……まぁいい。私も一つ気になっていることがあるからな。ここに来られてよかった」
糸巻堂「ほう?」
大滝「なんだ」
糸巻堂「一体何がお前をそこまで駆り立てているのだ」
大滝「秘密だ」
糸巻堂「……ニヤニヤ」
大滝「フンッ」
大滝「……そういやお前、今宵はイブニングドレスか」
糸巻堂「あぁ一応な。このような場であれば、着物よりはこういった装いの方がふさわしいだろう」
大滝「だからお前には男が寄ってたかるというのだ……(ボソッ)」
糸巻堂「なにか言ったか大滝」
大滝「言ってないっ」
(SE:ドラムロール)
坂東『ご来場の皆様!! 大変お待たせいたしました!! ただいまより! 今回の刀剣オークションの目玉商品、『
糸巻堂「おっ。時間だ」
大滝「怪人ジジイ仮面が付け狙う
坂東『こちらが! かの名匠、
(SE:大きなシンバルの音。歓声)
大滝「おぉ……あれがかの名刀、
糸巻堂「まぁな」
大滝「……糸巻堂」
糸巻堂「?」
大滝「すまんが少し席を外す。お前は壁の花になって待っているがいい」
糸巻堂「言葉は正確に使え。今日は舞踏会ではないから壁の花という言葉は相応しくない」
大滝「やかましいわ。黙って待ってろ」
(SE:カツカツという靴音。離れていく)
糸巻堂「行ったか……」
(SE:ダンという大きな音。パニックになった人たちの声)
糸巻堂「!? 停電!?」
坂東「い、糸巻堂先生ッ!?」
糸巻堂「店主!
坂東「し、ショーケースの中にあるはずです!!」
糸巻堂「そのまま手を離すな!!」
坂東「は、はいッ!」
(SE:パニックになる人々の声)
糸巻堂「早く……早く明かりが……ッ」
(SE:ダンという大きな音。安堵する人々の声(あれば))
糸巻堂「戻ったか……」
坂東「ないッ!!」
糸巻堂「!? どうした店主!!」
坂東「
糸巻堂「なんだと……?」
坂東「!? 先生!! 入り口に!」
糸巻堂「?」
(SE:バサッて感じのマントの音)
糸巻堂「あの後ろ姿……やつかッ……!?」
坂東「追いかけましょう!」
糸巻堂「待て。やつは私が追いかけ、裏口にうまく誘導する。店主は回り込んでくれ。そこで挟み撃ちにしよう」
坂東「わ、わかりました!!」
糸巻堂「頼むぞ!」
坂東「は、はいッ!」
糸巻堂「フゥッ……」
糸巻堂「待てッ!!」
8.パーティー会場 裏口近く
糸巻堂「クソッ……足が速いな……!」
坂東「ひ、ひぃぃいいいいッ!?」
糸巻堂「……」
糸巻堂「店主!!」
糸巻堂「!?」
坂東「あぁぁああ……た、助けてくれ……柚木……」
糸巻堂「柚木……?」
柚木「ア、アア……き、斬りたい……」
坂東「やめろ……やめるんだ柚木……ッ!」
糸巻堂「……」
糸巻堂「柚木とやら……気をしっかりと持て」
柚木「せ、先生……社長……わ、私は……どうしたんで、ショウか……」
糸巻堂「……ッ」
柚木「斬りたい……あなた達を……き、斬りたいんダァァアア!!」
坂東「ひ、ひぃいいッ!?」
糸巻堂「……ッ」
(SE:地面を走る音、刀を振り下ろす音、トンという軽い音)
柚木「ンガ……ガァ……」
(SE:人が地面に倒れる音)
坂東「た、助かった……」
糸巻堂「……」
糸巻堂「気はふれていても、当て身は効いたようだな」
大滝「糸巻堂!!」
糸巻堂「……遅いぞ大滝」
(SE:バサッという音)
糸巻堂「……ん」
大滝「肩が出てると寒いだろう。私の上着でよければ羽織れ」
糸巻堂「余計なことを……」
大滝「ジジイ仮面が出たのか」
糸巻堂「ああ。……あれを見ろ」
大滝「?」
大滝「……この翁の面とマントは……」
糸巻堂「犯人のものだ。おそらくはな」
大滝「……私は警察を呼んでくる」
糸巻堂「なら、隣町の
大滝「わかった。お前はどうする糸巻堂?」
糸巻堂「やれやれ……」
大滝「どうした?」
糸巻堂「清太郎に帰りが遅くなると連絡をするよ……あぁ……清太郎が恋しい……」
大滝「……」
9.1時間後 パーティー会場
(SE:ガヤの音)
糸巻堂「ずずっ……」
大滝「茶はうまいか」
糸巻堂「清太郎が淹れたお茶の7万分の1ぐらいのうまさだ」
大滝「やかましいわ。しかしよく落ち着いていられるなぁ。ジジイ仮面を逃したんだろう?」
糸巻堂「まぁな」
大滝「宿敵を逃したんだぞ? もっと慌ててもいいと思うがなぁ」
糸巻堂「……わざわざ聞かずとも、よく分かっているんじゃないか?」
大滝「……さあな」
糸巻堂「ニヤリ」
大滝「ムカつく女だ……」
キヨ「オイオイオイオイ! あの妖怪おすまし女に呼ばれて来てみりゃ、ここはどこだ
刑事1「警部補……ちょっとやかましいです……」
糸巻堂「おいでなすったな」
大滝「なんだ、あのやかましい女は……」
糸巻堂「彼女が
キヨ「おいおいおい糸巻堂ぉ~。来てやったぞオイ」
糸巻堂「ご苦労、警部補」
キヨ「なんでも
糸巻堂「やはりヤツ目当てか?」
キヨ「お、おう……まぁ、な」
糸巻堂「どうした? 歯切れが悪いぞ」
キヨ「う、うっせぇバーカ!」
糸巻堂「? ……まぁいい。封鎖と聞き込みは進んでるか?」
キヨ「テメーに言われるまでもねぇ。証言はある程度揃ったらテメーにも見せてやっからありがたく思えよ」
糸巻堂「恩に着る」
キヨ「う、うるせーよ……これも、あの
糸巻堂「んー?」
刑事1「警部補、
糸巻堂「先日? あの“ナジュラーンの涙”の事件か?」
刑事1「はい。
糸巻堂「ほう」
刑事1「それ以来、どーも警部補、署ではそのぬいぐるみを見つめてはため息をついてばかりで……」
糸巻堂「ほぉ?」
刑事1「しかも、なんかため息が妙に色っぽいんですよ。警部補のくせに」
キヨ「おぉおいお前ぇえエ!? 警部補のくせにってどういうこったお前ぇえエ!?」
刑事1「ひぃいッ!? すみませんすみません!」
糸巻堂「ほーん……」
大滝「?」
糸巻堂「じー」
大滝「……なんでこっちを見るんだ糸巻堂?」
糸巻堂「別に。ニヤニヤ」
大滝「……ほくそ笑むなッ!」
キヨ「あーそうだ糸巻堂。連れてきたぞ」
糸巻堂「?」
清太郎「せんせー!」
糸巻堂「!? 清太郎!?」
清太郎「せんせ! お疲れさまで……おふッ!?」
(SE:↑に被せて、ガバッて感じの音(あれば))
糸巻堂「清太郎! 清太郎ぉぉお!!」
清太郎「せんせ……く、苦しッ!?」
糸巻堂「一人で寂しかったろぉお!? ごめんな清太郎ぉおお!!」
大滝「今晩は長くなりそうだからな。店に一人では少年が寂しかろうと、俺が頼んでおいた」
キヨ「ったく……警察は便利屋じゃね―ぞコノヤロぉ」
大滝「すまないな警部補。糸巻堂に代わって礼を言う。こいつも少年が心配で仕方なかったはずだ。だが自分を押し殺して……」
糸巻堂「警部補ホテルだ!! 私はホテルに帰る! 清太郎と一緒に!!」
キヨ「ざけんなテメェを帰すためにガキ連れてきたんじゃね―ぞ!!!」
大滝「もう少し自分を抑えろって糸巻堂……」
糸巻堂「うう……仕方ない。早くこの事件を解決するとしよう……」
刑事1「……警部補」
キヨ「おう。……糸巻堂、あの柚木とかいうヤツ、意識が回復したみたいだ。これから事情聴取をするが、お前も一緒に来るか?」
糸巻堂「ああ。では私も話を聞いてみるとしよう」
大滝「では私も同席させていただこ……」
キヨ「テメーはダメだ。大体どこの骨・オブ・馬だよテメー」
糸巻堂「そいつは私の舎弟だ。風景の賑やかし程度には役立つ」
大滝「私がいつお前の舎弟になったのか教えて欲しいものだな」
キヨ「ならしゃーねぇ。特別に許可してやんよ」
大滝「警部補もそこで納得するのはやめろッ!!」
10.医務室
(SE:乱暴にドアを開く音)
キヨ「ぅおい! 柚木!!」
柚木「……はぁ」
キヨ「てめー、もう具合はいいのか」
柚木「はぁ。まぁ」
大滝「糸巻堂の当身をくらってもう平気か。中々の回復力だ」
糸巻堂「……あとでその言葉の意味するところを、私にも聞かせてもらおうか」
大滝「ふんっ」
キヨ「坂東も大丈夫かテメー」
坂東「おかげさまで。警察の方々にはよくしていただきました」
キヨ「んじゃーこれから事情聴取すっぞ」
(SE:椅子を引く音。ドスンと座る音)
キヨ「んじゃー、最初っから話してくれや」
坂東「はい。パーティーのさなか……ちょうど私が参加者の皆様に
坂東「私はその場に居合わせた糸巻堂先生の指示に従い、
キヨ「明かりがついた時、ショーケースの中には
坂東「はい。その後、会場入口に
キヨ「糸巻堂」
糸巻堂「事実だ。私はそのまま不審人物を追いかけ、彼は裏口に回った」
キヨ「……よっしゃ。続けろ」
坂東「はい。私が裏口についたとき、
坂東「柚木はわなわなと震えながら
キヨ「そこにタイミングよく妖怪おすまし女が追いついた……ってわけだな?」
坂東「はい……糸巻堂先生には感謝してもしきれません……」
糸巻堂「……」
キヨ「
坂東「はい……それで間違いありません」
キヨ「柚木の方はどうだ?」
柚木「はい。私はずっと外で見回りをしていたので中の混乱はわかりませんでした」
柚木「で、ちょうど裏口に来たときでした。能の“
柚木「私が何者か訪ねようとしたとき、彼は私に
柚木「私はとっさにそれを受け取ってしまいました」
柚木「その時です。私の頭の中に声が聞こえました」
キヨ「声?」
柚木「はい。『我は
キヨ「ブルッ」
柚木「それと同時に、私の頭の中がどす黒く染まっていきました。持っている
キヨ「お、おいテメー。ちょっとこっちこい……」
大滝「? 私か? なんでだ?」
キヨ「い、いいから! 手、出せ」
大滝「ん?」
キヨ「ち、ちょっと、しばらく、手、握らせてくれ……」
大滝「好きにしろ……」
柚木「そうしているところに、社長がお見えになりました。人を斬りたくて仕方なかった私は、そこで
柚木「頭では分かっているんです。社長を斬ってはならないことは分かっています。しかし、なぜか斬りたいという衝動を抑えることが出来ませんでした」
糸巻堂「……」
柚木「そうして葛藤しているところに糸巻堂先生が現れ、私を当身で止めてくださいました……」
キヨ「ほ、ほ~ぅ……」
大滝「……無理にコメントしなくていいんだぞ警部補よ」
キヨ「う、うっせぇテメーは黙って手をつないでくれてりゃいいんだよ!!」
大滝「はいはい……」
糸巻堂「……」
清太郎「せ、せんせ……」
糸巻堂「ん? どうした清太郎?」
清太郎「の、呪い……なんでしょうか?」
キヨ「ひいッ!?」
大滝「いだだだだだ!? 私の手を握りつぶすなッ!?」
糸巻堂「……こわかったな清太郎。でも大丈夫」
糸巻堂「……柚木と言ったか。一つ聞きたい」
柚木「はい」
糸巻堂「頭の中に聞こえた声。そいつは確かに“
柚木「はい。確かに」
糸巻堂「言ったんだな?」
柚木「確かに聞きました」
坂東「そ、そんなバカなことがあるかッ! こいつを逮捕しろ! 逮捕してくれ!!」
柚木「し、社長……! 私は……!」
大滝「……さてどうする糸巻堂。被害者はおらず
糸巻堂「……」
大滝「こんなところでうつつを抜かしている暇があるなら、早くジジイ仮面を追うべきだと思うが?」
糸巻堂「……んっく」
大滝「?」
糸巻堂「んふふふふふふ。んはははははははは!」
清太郎「せ、せんせ? どうしたんですか?」
糸巻堂「はははははっ! ハッハッハッハ!」
大滝「……」
キヨ「こっわ!? マジに呪いか!? 糸巻堂、呪いでおかしくなったのかよ!?」
大滝「落ち着け……」
糸巻堂「ハッハッハッ……はぁー……ケッサクだ……なぁ柚木」
柚木「は、はい?」
糸巻堂「ケッサクだと思わないか? なぁ坂東?」
坂東「どういう、意味でしょうか……? それよりも早く
糸巻堂「追う必要はない。
坂東「それはそうですが……」
糸巻堂「……それに、今回の騒動の原因は、そもそも
柚木「へ……?」
坂東「な……ッ!?」
キヨ「ふぇ?」
坂東「ど、どういうことですか……?」
糸巻堂「怪人
キヨ「な、なるほどな……」
糸巻堂「チラッ」
大滝「……」
糸巻堂「チラッ。……チラッ」
大滝「……チラチラこっちを見るな糸巻堂ッ!!!」
糸巻堂「ニヤリ」
大滝「……ッ!」
糸巻堂「対して今回の犯行はどうだ。獲物こそ貴重品の
糸巻堂「あいつはアホだが、一般人は巻き込まない。それどころか、けっして死傷者を出さない。それはこの前の“ナジュラーンの涙”のときを思い出してもらえば分かるはずだ」
キヨ「確かにアイツが出てくる事件って、けが人なんか出たことね―な……」
糸巻堂「その点は私も評価しているところだ。……アホだがなっ!」
大滝「こっちを見ながら『アホ』って言うな!」
糸巻堂「ニヤリ」
糸巻堂「つまりな。今回の
坂東「しかし! 現に物証として翁の仮面と黒マントがあるではないですか!」
糸巻堂「あんなものは誰でも準備できる。服屋で同じ物を仕立ててもらえばマントは準備出来るし……」
坂東「……」
糸巻堂「古物商から買う……もしくは自分の売り物やコレクションにそれがあれば、仮面の準備も出来るだろう……なぁ。坂東?」
坂東「な……?」
糸巻堂「今回の茶番、お前が仕組んだもののはずだ。違うか」
坂東「……ハンッ! 急に何を言うかと思えば! 私は被害者ですよ!?
糸巻堂「だな」
坂東「そこまでおっしゃるのなら! 何か証拠はあるんですか!?」
糸巻堂「物証はないな」
坂東「なら私に濡れ衣を着せるのはやめていただきたいっ!」
糸巻堂「……柚木。もう一度確認するぞ」
柚木「は、はい……」
糸巻堂「頭の中に響いた声、たしかに“
柚木「はい……確かに、そう名乗っていました」
糸巻堂「ふむ……」
糸巻堂「……坂東。お前、昼間の私との会話を覚えているか?」
坂東「昼間の会話の内容なぞ覚えておりませんな!」
糸巻堂「なら私が思い出させてやる。自分がどれだけ刀剣を愛しているかを、お前が私に語っているときの言葉だ」
坂東『世が世なら、私もこのような太刀を帯びていただろうか……そう思うだけで、胸が高鳴ります……』
糸巻堂「お前は確かにそう言った」
坂東「言われてみれば、そんなことを言ったような気がしますが……それが何か?」
糸巻堂「本来、太刀は
坂東「は? どういう意味ですかな?」
糸巻堂「刀を着物の帯に挿していつでも抜ける状態にしておくことを
坂東「はぁ……?」
糸巻堂「しかし『
糸巻堂「これは、刀剣に携わるもの……特に愛好家と呼ばれる者なら絶対にこのような言い間違いは犯さない初歩的なものだ。逆に言えば、刀剣に興味のない者がやりがちなミスでもある」
坂東「……」
糸巻堂「それをお前は言い間違えた。お前は刀剣にまったく興味がないにもかかわらず、私に『自分は刀剣を愛している』と嘘をついたのだ」
坂東「そ、それがどうしたのですか!?」
糸巻堂「嘘をついた理由はわからないし知る意味もない。だが私は、そんなお前に、予防策として一つ罠を張っておいた」
坂東「罠?」
糸巻堂「……大滝。教えて欲しいことがある」
大滝「なんだ唐突に」
糸巻堂「“
坂東「そ、それはもちろん……」
糸巻堂「お前たちは黙っていてもらおう。……どうだ大滝」
大滝「……私もお前にそれを聞きたかった。
坂東「な……!?」
糸巻堂「警部補も教えて欲しい。
キヨ「し、知らねーよ……アタシはそういうの、苦手なんだよ……」
糸巻堂「そういうことだ。
坂東「だ、騙したのか!?」
糸巻堂「興味はなくとも正しい知識があれば見破れたウソだと思うがな」
坂東「……ッ!」
糸巻堂「私はその作り話をお前にしかしていない。……にもかかわらず、私の作り話の通りの呪いに柚木は侵されている……これは一体どういうことだ?」
坂東「し、しかし! それとこの事件に一体何の関係があるというんですか!?」
柚木「それにッ! 私は、本当にその声を聞いたんです!」
坂東「そんなバカなことがあるかッ! 私を殺そうとしたお前がッ!!」
糸巻堂「……どうした坂東。言っていることが支離滅裂だぞ」
坂東「……ッ」
(SE:カツカツと足音。チャキっと刀を構える音)
大滝「……
糸巻堂「ふんっ」
(SE:刀を抜く音)
キヨ「て、てめ! 呪いの刀なんぞ抜くんじゃあねぇ!! 怖いだろ!!」
清太郎「せ、せんせ! やめてください!!」
柚木「あなたも私みたいに呪われてしまう!!」
坂東「……」
糸巻堂「……どうした。呪いの刀を抜いたのだぞ? 妙に落ち着いているじゃないか」
坂東「……ッ」
糸巻堂「ウソだと分かって、安心したのか?」
糸巻堂「……それとも、この刀で私が呪われるはずがない……それが分かっているから、落ち着いているのか?」
坂東「……ッ!」
糸巻堂「警部補。ショーケースを調べろ」
キヨ「ふ、ふぇ?」
糸巻堂「ショーケースの中に本物の
キヨ「……ッざけんな妖怪おすまし女! 私を顎で使えると思ったら大間違いだぞてめぇえ! ……でも、今回は、行ってやるッ……!」
キヨ「ウォラー!! ショーケースだテメェらぁぁああ!!」
大滝「……糸巻堂、私も席を外すぞ」
糸巻堂「好きにしろ」
糸巻堂「……さて。どういう結果が出るかな。場合によっては柚木はとんでもない道化ということになるぞ」
柚木「ど、どういう……」
キヨ「糸巻堂ぉお!! あったぞ!! お前が言ったとおり、ショーケースの底が外せるようになっていた! その中にもう一振り、太刀があったぞ!!」
坂東「……ッ!」
糸巻堂「だそうだ。そろそろ白状したらどうだ」
柚木「……糸巻堂先生。一つ、聞かせてください。いまあなたが手に持っているのは、
糸巻堂「中々に見事な
柚木「そうですか……私は、社長に騙されていたということですか……社長、もう観念しましょう」
坂東「な、ゆ、柚木ッ!?」
柚木「糸巻堂先生。白状します。この茶番は社長が考え、そして私と共に実行しました」
糸巻堂「やはりか……」
柚木「しかし、誤解はしないでいただきたい。社長が考えたのは、この事件を
糸巻堂「つまりお前は、呪いにかこつけて坂東を斬り殺そうとしていたんだな?」
柚木「そうです。私は、社長を殺すつもりでした。呪いにかかったふりをして」
坂東「う、裏切り者め!」
11.柚木の回想
柚木「私は、今でこそ坂東の秘書をやっておりますが、かつては代々続く古物商を営んでおりました。ですが、ある日のこと……」
坂東『あなたが柚木さん?』
柚木『そうですが、お宅は?』
坂東『私は坂東。唐突で申し訳ないが、この土地と店の権利は私が先代より引き継いだ。一週間のうちに、この店を引き払って出ていっていただきたい』
柚木『は……?』
柚木「私の先代……つまり私の父ですが、一度経営難からこの土地と店を担保に、銀行から金を借りたことがあったそうです。どういうルートを辿ったのかは分かりませんが坂東はそれを手に入れたらしく、私から、代々続いた土地と店を取り上げました」
柚木『そんな! ここは代々続いた店なんですよ? そんなおいそれと……』
坂東『この店の歴史なぞ知りません。この長い歴史の中で、同じように廃業を余儀なくされた老舗など、くさるほどある』
柚木『しかし……ッ! それにしてはやり方が強引過ぎますよ!』
坂東『……しかし、あなたの経営手腕は素晴らしい。失礼だがこの店のことを調べさせてもらった。めちゃくちゃな経営で傾きかけていたこの店を、見事再び軌道に乗せましたな』
柚木『……』
坂東『店はこのまま我が坂東の支店として残しましょう。その代わり、あなたが私の片腕として経営を手伝っていただくのが条件です』
柚木『……ッ』
柚木「唐突のことで頭も回らず……銀行も駆けずり回りましたが、金を貸してくれるところも見当たらず……私は代々続いた自分の店を存続させるために、坂東の提案を飲んで、彼の秘書となる道を選びました」
柚木「ですが……」
柚木『話が違うではないですか!』
坂東『何がだ?』
柚木『私があなたの秘書となれば、私の店は坂東の支店として存続させてくれるという約束だったはずだ!』
坂東『採算が合わんからなぁ』
柚木『あなたが私の店を経営しはじめてまだ3ヶ月ですよ!? そんな短い期間で結果なんて出るはずがないでしょう? 私が店の経営から外れた今、すぐに結果が出るなんてありえません! 店員だってまったくの新人なんだから!』
坂東『うるさいぞ柚木。それに、あの店はもうお前の店ではない。私の店だ。私が私の店をどうしようと私の勝手だ』
柚木『……ッ』
店員『社長。支店の在庫一覧表になります』
坂東『ん。ありがとう。すべて処分してくれ』
店員『かしこまりました』
柚木『み、見せてくださいッ!』
(SE:ガサガサッと紙を開いた音)
柚木『これを……?』
柚木『これだけの品々を、処分する……?』
坂東『ダメか?』
柚木『あなた、本当に古物商の経営者ですか? このかんざしもこのタンスもこの
坂東『お前こそ本当に商売人か? 金に変えられない価値ってなんだ?』
柚木『それは……! 長い年月を経た……』
坂東『くだらん。おい。構わないから捨ててしまえ』
店員『かしこまりました』
柚木『社長……ッ!』
坂東『あの店は私のものだ! つまり! あの店の在庫品は、私のものだ!』
柚木『……ッ』
柚木『……社長、一つ伺ってもよろしいですか』
坂東『なんだ』
柚木『あなたの下について、色々とあなたのことを知りました。銀行に深いパイプを持つことも、あくどい方法でこの店を大きくしていることも知りました』
柚木『そんなあなたは、他にもたくさんある古物商店の中から、なぜ私の店を選んだのですか? なぜ私の店を手に入れたのですか?』
坂東『お前とお前の店が邪魔だったからだ』
柚木『……ッ』
坂東『地域に根付いた客からの信頼が厚い老舗と、その店主……私の商売にこれほど邪魔な存在はないからなぁ……』
坂東『だからお前の店を手に入れた。お前をこちらに引き入れられれば一石二鳥だし、仮に手に入らなくても、あの店さえ潰すことが出来ればそれで文句はない』
坂東『……さ、行くぞ。午後は大蔵省の幹部と会食だ。お前も来い』
柚木『……あなたはッ』
坂東『お前もいい加減古い店のことは忘れて、金に汚く生きることを覚えるんだな』
柚木『……ッ』
柚木「そんなある日、
柚木「そのために、
柚木「そして……」
柚木『……?
坂東『なんだ聞いたことがないのか? なんでもこの刀を持つと、気が狂って人を斬りたくなるらしいぞ?』
柚木『……すみません。刀は専門外なので……』
坂東『そうか。まぁいい。今日の計画だが、分かっているな?』
柚木『はい。停電が復旧したら、
坂東『そして我々が
柚木『……』
柚木「くだらない……あまりにくだらない作戦でした。そんなくだらないことを、目の前の憎悪すべき男は、得意げに語っている……」
柚木「裏口で坂東と合流し、刀を受け取った時、
柚木「いっそのこと、呪いでこの憎き坂東を斬ることが出来れば……」
柚木「そう思った時、私の心の中にムクムクと、黒い気持ちが湧き上がってきました……」
12.医務室
柚木「そうだ……殺せばいいじゃないか。今手に持っている、包丁よりも巨大でよく切れる、この、人を殺すための刃物を使って」
柚木「私からすべてを奪った坂東の命を、私が奪えばいいじゃないか。坂東の刀で」
柚木「私からすべてを奪った坂東のように、今度は私が坂東から奪えばいいじゃないか」
柚木「……呪いの、せいにして」
糸巻堂「……それが、お前が刀を握った時、聞いた声か」
柚木「そうです」
糸巻堂「警部補。こいつは自白したぞ。柚木氏の罪状はどうなる」
キヨ「自白したっつっても、無罪ってわけにゃいかねー。なんせ殺人未遂だからな」
糸巻堂「具体的にどうなる」
キヨ「いいとこ五年未満の懲役だ。運が悪けりゃ、それ以上もありうる。自白してっからそんなに長い懲役は課されないと思うけどな。坂東のアホは怪我もしてねぇし」
坂東「アホとはなんだアホとは! 私は被害者だぞ!」
キヨ「黙れタコ助! いっそのこと殺されてればよかったんだよ! こいつもそれぐらいの覚悟はあったろうが!!」
坂東「お、おまえ、警官だろうが!!」
キヨ「テメーが殺されなくて心底残念だクソッタレが!!」
糸巻堂「……柚木氏、懲役刑だそうだ」
柚木「わかっています。覚悟はしておりました」
糸巻堂「必ず戻ってこい。そしてこの薄らアホから自分の店を取り返せ。また古物商としてイチからやり直すんだ」
柚木「はい……」
清太郎「せんせ?」
糸巻堂「ん? どうした清太郎?」
清太郎「柚木さん、かわいそうです」
糸巻堂「そうだな。だけど、これが精一杯だ」
清太郎「そうですか……」
糸巻堂「だが安心しろ柚木氏。お前の無念、多少なら晴らしてやれる」
柚木「へ……?」
坂東「はんッ! 私が何をしたというのか! 教えていただきたいものですな!! 被害者は誰もいない! 柚木のように人を殺そうとしたわけでもない! こいつの店を潰したのは合法的なビジネス! 私のどこに犯罪がある!!」
キヨ「バカヤロォ! アタシらポリ公を引きずり出した公務執行妨害と詐欺で有罪に決まってンだろうが!!」
糸巻堂「無駄だよ警部補」
キヨ「あン!?」
糸巻堂「こういう輩は法を味方につけることに長けている。仮に今警部補が言った罪状で逮捕したとしても、こいつはすぐに自由になる算段を整えられるはずだ」
坂東「よく分かってるじゃないか。さすが糸巻堂先生だ。私の会社にはお抱えの弁護士がいる。柚木の店の買収にしても、合法であることは弁護士先生のお墨付きなんだよ!」
キヨ「クソッタレが……!」
坂東「私が逮捕されたとしても、弁護士先生がすぐに逮捕不当の訴えを起こして私を自由にしてくれる! こんなときのために大金払ってるんだからなぁ!!」
柚木「……ッ」
坂東「ハッハッハッハッハ!!!」
糸巻堂「……そうだな。法を味方につけているお前を法で裁くのは、おそらく不可能だ」
糸巻堂「だからお前を裁くのは、奴に任せることにする」
坂東「奴?」
糸巻堂「もう一人いることを忘れたか。お前によって不利益を被った(こうむった)被害者がいたことを」
坂東「ハンッ! 誰のことだかさっぱり分かりませんな!!」
(SE:電源が落ちる『バンッ』という音)
坂東「電気が!?」
キヨ「いやぁぁあああ!? まっくらになっちまったぞぉぉおおお!?」
清太郎「!?」
糸巻堂「クックックッ……」
(SE:マントの『バサッ』という音)
翁仮面『ムハハハハハハハハ!!! ハーッハッハッハッハァァアア!!!』
柚木「ま、窓の外! 人影が!!」
キヨ「ひぎゃぁぁあああ! で、でたぁああああ!?」
翁仮面「世界を股にかける天下の大悪党、怪人
坂東「お、
キヨ「……な!?
糸巻堂「さま?」
キヨ「な! なんでもねーよバーカ!!!」
翁仮面『クックックッ……“ナジュラーンの涙”のとき以来だな。我が生涯のライバル、糸巻堂ぅ~……』
糸巻堂「黙れお前のライバルになった覚えはない」
清太郎「
翁仮面『久しいな少年! 私のマントを大切にしてくれているようで何よりだ!』
清太郎「はい! ……でも、ぼく
翁仮面『むぐッ!? ……か、勘だッ!!』
清太郎「そっか! さすが
翁仮面『む、ムハハハハハ!!!』
糸巻堂「にやにや」
翁仮面『わ、笑うな糸巻堂ッ!!!』
翁仮面『……さて。茶番はここで終わりだ』
翁仮面『どうやらここに、私の名を語った不届き者がいるようだ』
翁仮面『なぁ。坂東よ』
坂東「な! わ、私じゃない!! 実際に
翁仮面『確かに、実行したのはその不運な古物商で間違いない。だが、その古物商に指示を出したのはお前だ。坂東よ。お前が悪いのだ。お前がすべての責任を負うべきだ』
坂東「……ッ」
翁仮面『この
坂東「……は、ハンッ! 当たり前だ!!」
柚木「……ッ!」
翁仮面『だから、私が直々に裁く』
坂東「な……?」
翁仮面『そこにいる不運な古物商と聡明な少年に誓おう。私はお前を必ず追い詰める。例えお前が警察の網をくぐり抜け世の正義を出し抜き、法の
坂東「お、おい警察!! いいのか!?
キヨ「無理だな。
坂東「な……け、警察は正義の番人ではないのか!?」
キヨ「テメーが正義を語るなクソがッ!!」
翁仮面『ではさらばだ諸君ッ!! 坂東……今宵から、私の影にふるえて眠れ』
翁仮面『ムハハハハハハハ!!!』
(SE:ブァサッて感じのマントの音。バンという音)
清太郎「あ! 電気が戻った!」
キヨ「
糸巻堂「……ご苦労、
糸巻堂「さて……坂東」
坂東「う、うう……」
糸巻堂「たしかにお前は法では裁けない。だが
坂東「……ッ」
糸巻堂「そして奴は、一度“やる”と宣言したことは必ず成し遂げる。警察の厳重な警戒をかいくぐり監視の目が光る獲物を確実に奪取して、誰の目にも触れずに夜の暗闇に紛れて逃げおおせる。時にはその獲物すら残酷なまでに切り捨てて」
糸巻堂「そんな最悪の男に、お前は狙われたのだ」
坂東「た、助け……」
糸巻堂「そういうことは本人に頼め。もっとも、自分の名に泥を塗られたあのアホが、簡単にお前を許すとは思えんがな」
坂東「く……くそっ……!」
糸巻堂「……警部補」
キヨ「ぽー……あ、お、おう。オラ柚木ぃ」
柚木「……はい」
キヨ「同情はしねぇ。殺人未遂は立派な犯罪だ」
柚木「分かっています」
キヨ「そっか……。行くぞ」
柚木「はい。……少しだけ、よろしいですか」
キヨ「いいぞ。逃げるわけじゃなさそうだしな」
柚木「糸巻堂先生。ありがとうございました」
糸巻堂「私は何もしていない。真相を見破っただけだ」
柚木「いや、あなたは私を止めてくれた。私を止めて、このろくでなしの血に私の手が染まるのを防いでくれた」
柚木「確かに私は道を間違えました……でも、また、やり直せるでしょうか」
糸巻堂「お前ならやり直せるよ。一度傾いた店を立て直したという実績のあるお前なら、大丈夫だよ」
柚木「そうか……もう一度、同じことをやればいいのか……そうか……」
糸巻堂「ああ。もう一度やればいいんだ。同じことを」
柚木「ありがとう……本当にありがとう……」
キヨ「……おい。行くぞ」
柚木「はい」
キヨ「連れてけ」
糸巻堂「警部補。あとは警察に頼んでもいいか?」
キヨ「テメーはどうすんだよ」
糸巻堂「疲れたよ。私は帰る。……清太郎とホテルへ!!!」
(SE:靴のコツコツという音)
大滝「済まない今戻ったぞ……って、いきなり何だ……?」
糸巻堂「警部補! 私たちのホテルはスイートだろうな!? じゃないと許さんぞ!!!」
キヨ「うっせえバカ! なんでスイートルームなんだよクソがッ!!! あれは新婚旅行のときに使う部屋だろうがッ!!!」
糸巻堂「新婚旅行だと!?」
キヨ「あ、アタシだってなぁ! 憧れのあの人との熱海への新婚旅行の時にスイートに泊まろうって思ってんだからな! テメーだってその時までスイートルームは我慢しやがれや!!」
糸巻堂「そうか……清太郎と結婚してスイートルーム……その手があったか……!!」
大滝「酷い悪夢だ……少年、気苦労が絶えないな……」
清太郎「ははは……よく、わかんないです……」
坂東「く、クソッ……糸巻堂め……ッ」
(SE:刀の『チャキっ』て音)
坂東「お前のせいで……お前のせいで……!」
清太郎「?」
坂東「お前のせいで! 全部、台無しだぁぁああああ!!!」
清太郎「せんせ!!!」
大滝「糸巻堂!!」
糸巻堂「ふンッ」
(SE:刀を振り下ろす『ビュッ』て音。パシッて音)
坂東「!?」
大滝「うまい。白刃取りが取れたか」
糸巻堂「フッ……!」
(SE:刀が折れる『バキン』て音)
清太郎「刀を折った!?」
キヨ「はンッ」
(SE:ケリが入る『どふっ』て重い音。)
坂東「ゴフッ!?」
(SE:家具が崩れるガラガラという音)
糸巻堂「邪魔をするのはやめていただこうか」
キヨ「アタシらのガールズトークを邪魔すんじゃねぇぞしばくぞゴルァ」
糸巻堂「私達は今、互いの結婚後のプランを真剣に話し合っているんだ」
キヨ「次は今みたいに蹴りじゃ済まねぇからな。テメーは黙って
糸巻堂「……で、結婚式は洋式だ! 私はウェディングドレスで清太郎は
キヨ「新婚旅行の熱海は絶対に譲れねぇ! 海の見える部屋で……」
糸巻堂「オフ……ダメだ……
キヨ「あ、アタシだけが、あの仮面の下の素顔を見せてもらえるんだ……そしてクマさんのぬいぐるみと一緒に3人で……べべべべ、ベッドに……!!」
糸巻堂「……あ、でもダメだ……半ズボンで清太郎の生足……ぐぶっ……鼻血が……!?」
キヨ「ふ、二人で、もふもふしながら……て、手、つ、つないで……ッ!」
坂東「く……クソォォオオオオ!!!」
清太郎「……ははは」
大滝「……少年」
清太郎「はい?」
大滝「今だけは、あの坂東に同情してもいいだろうか」
清太郎「いいと思います……」
大滝「……」
13.数日後。貸本屋『糸巻堂』
(SE:『りんりーん』て感じの鈴の音(ドアの呼び鈴))
清太郎「はいはーい」
(SE:ドアが開く音)
大滝「やぁ少年」
清太郎「大滝さんこんにちは! 今日も来ていただけたんですね!」
大滝「少年が心配でな……」
清太郎「? 僕が心配……ですか?」
大滝「忘れろ少年……」
清太郎「はぁ……」
糸巻堂「清太郎? お客が来たのかせいたろ……て、何だ大滝か」
大滝「なんだとはなんだ常連に向かって」
糸巻堂「しかし毎日毎日、本も読まず借りもせず……暇なのかお前は」
大滝「私は客だぞ!」
糸巻堂「ここは私と清太郎の愛の巣だ! それを邪魔する輩は客でも許さん!!」
清太郎「ま、まぁまぁ……て大滝さん、その新聞は?」
大滝「あ、ああ。今朝の朝刊だ。あの古物商、柚木氏の判決が出た」
清太郎「あ、そうなんですか?」
大滝「糸巻堂も気になっていただろう? だから持ってきてやったぞ」
糸巻堂「誰が持ってきてくれと言った誰が」
大滝「たまには素直に感謝してもバチは当たらんと思うんだがなぁ……」
清太郎「たはは……」
糸巻堂「で、柚木氏はどうなった?」
大滝「情状酌量が認められた。実刑判決は2年だが、そのおかげで3年の執行猶予がついた。店も無事取り返したそうだ。一ヶ月後に再開するとあった」
糸巻堂「そうか。よかった」
大滝「ああ。柚木氏は逆境に強い。なんせズタボロの自分の店を立て直したという実績がある。もう何も心配はいらないだろう」
糸巻堂「そうだな。私も骨董が好きな身としては、柚木氏の店は興味がある。復活したら、顔を出すとしよう」
糸巻堂「ところで、あの坂東の方はどうだ?」
大滝「柚木氏の自供であくどい商売をしていたことが明るみになったからな。彼の店はもう終わりだろう」
糸巻堂「本人の方はどうしてるんだ」
大滝「自室に籠もっている。誰とも会いたがらないようだ。恐怖で仕事も手につかないようだから、
糸巻堂「ほーん」
大滝「……ん?」
糸巻堂「ニヤニヤ」
大滝「つくづく腹立たしい女だなお前はッ!」
糸巻堂「私は何も言ってないぞ?」
大滝「くそッ!!」
清太郎「せんせ! 糸巻堂せんせ!!」
糸巻堂「んー? どうした清太郎?」
清太郎「外に来てください!! 大滝さんも!」
糸巻堂「はいはい……」
大滝「なんだなん……て、おお……」
糸巻堂「あぁ、やっと庭の桜が咲いたか……キレイだ……」
清太郎「はい! せんせ! 天気もいいですし、今日は外でみんなでお茶しませんか?」
糸巻堂「そうだな。これだけのいい天気と桜だ。外で茶をいただくとしよう。清太郎と大滝は腰掛けを出してくれ」
清太郎「はい!」
大滝「任せろっ!」
14.数分後
清太郎と大滝「よいしょ、よいしょ……」
(SE:ドスンという音)
大滝「うしっ。これでよし」
清太郎「お疲れさまです大滝さん!」
大滝「少年もお疲れ様。少年は聡明なだけでなく、体力もあるようだな」
清太郎「へへ……」
糸巻堂「準備できたか?」
清太郎「はいせんせ!」
糸巻堂「じゃあ桜を見ながらお茶にしよう。準備したよ」
清太郎「ありがとうございます!」
糸巻堂「はい清太郎」
清太郎「わーい先生のお茶だ! お盆にお抹茶とお菓子が乗ってる!」
糸巻堂「ほら飲め大滝」
大滝「相変わらず客への態度がなってないな……」
大滝「……ん? お菓子の隣に千代紙の折り鶴……?」
大滝「糸巻堂、これはなんだ」
糸巻堂「礼だ」
大滝「何のだ」
糸巻堂「さぁな」
大滝「……フッ。まぁよかろう」
(SE:軽い風の音)
清太郎「わぁー! 桜吹雪だ!」
大滝「ぉぉおお! キレイだなぁ少年!」
清太郎「はい!」
大滝「むははははは!!!」
清太郎「ねぇせんせ!」
糸巻堂「ああ。本当にキレイだ……」
糸巻堂「まるで柚木氏の新しい門出を、世界が祝福しているようだな」
おわり
【声劇用台本】糸巻堂、折る おかぴ @okapi
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