【奏】第4話:さようなら

 私は今でも夢に見る。

 いつも太陽のような笑顔で、私の心を暖かくしてくれていたゆーくんの表情が、絶望に染まっていくところを。


 あの日ゆーくんの苦しみを目の当たりにした私は、羽月ちゃんと光輝くんのことを激しく憎んだ。大好きな人をあんなにも残酷に裏切って、自分たちだけ幸せになろうだなんて身勝手すぎる。

 あの2人にも、ゆーくんが味わった苦しみと同等、いや、それ以上の苦しみを味わわせたかった。


 とはいえどうすればいいの?


 例えば録画した不貞動画を両家の親に送り付ける?

 ダメ。そんなことしたら、三家族が入り乱れた泥沼になるかも知れない。そんなことしたら、ゆーくんの心が休まる日なんてない。


 じゃあ、学校で羽月ちゃんのしたことをバラす?

 羽月ちゃんは肩身が狭い思いをするだろうし、ゆーくんは同情されるけど、それ以上に好奇の目に曝されて、最終的には腫れ物扱いされるだろう。浮気した女に復讐した男として。例え直接手を下してなくてもそう思われる可能性は高いよね。


 他の手段としては悪い人を雇って、あの2人を攫ってもらうとか?

 なんか漫画のようなことも色々と考えてみたけど、所詮は普通の高校生。そんなこと出来るわけがない。


 そもそも私はゆーくんに復讐なんてして欲しくない。

 そんなことをしても、その場はひょっとしたら気持ち良くなるかも知れない。だけど、1年後、10年後、そして死ぬ間際にゆーくんは復讐したことを後悔することはない?


 ゆーくんは多分後悔すると思う。

 例え私が復讐を代行したとしても、私をそうさせてしまったと後悔するだろう。

 そしてその後悔は、ゆーくんの胸にシコリとしてずっと残り続けることになる。



 多分だけど、相手を貶める復讐をしたと感じてしまったら、ゆーくんが幸せになることはないと思う。だから私はゆーくんのことを徹底的に支えて、前向きになってもらい誰よりも幸せになってもらおうと思った。


 単純だけど、不幸に陥れた相手が誰よりも幸せになったら、それも一応復讐になるのではないかと思ったのだ。ゆーくんを幸せにするのは、極論を言うと私じゃなくても良いと考えている。本音を言うと、ゆーくんを一番の幸せ者にする役目は、私でありたいとは思っていたけど、そればかりはゆーくんの気持ちが最優先だから。




 -




 羽月ちゃんが光輝くんの子供を身篭ったと告白しているところを、私とゆーくんは目撃してしまった。光輝くんは羽月ちゃんに向かって頭ごなしに「堕ろせ」なんてクズ発言をしていたが、私はどうしても羽月ちゃんが、光輝くんとの赤ちゃんを中絶することが許せなかった。

 あんなにも酷い形でゆーくんを裏切って、さらには授かった赤ちゃんまでも身勝手に殺し、自分だけ大学生になって、遊んで青春して結婚してまた妊娠して出産して幸せな人生を過ごすなんて許せるわけがない。


 羽月ちゃんが妊娠したことを知ったとき、私はある復讐を思いついた。

 そのためには羽月ちゃんと光輝くんが結婚して、ちゃんと出産することが大前提だ。

 羽月ちゃんと光輝くんにも、ゆーくんと同じ苦しみを味わわせたい。

 この思いは、あの日から私の中で薄れた日は一度もなかったのだ。




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 私は今後の行動指針をどうするか決めた。

 一番重要なのは、ゆーくんを幸せにすること。

 これが何よりも最優先事項で、他は上手くいったら儲け物くらいの気持ちに抑えるようにした。

 もし復讐を先行させて、ゆーくんのことを二の次にしてしまい、結果傷付けたりしたら本末転倒すぎる。


 ゆーくんを幸せにするという目的を達成するために、私が最初に掲げた目標は、ゆーくんと同じ大学に合格すること。

 だから私はとにかく一生懸命勉強をした。多分ゆーくんはインフルエンザになった、とかそういう理由がない限り落ちることはないだろう。

 私もゆーくんたちが分からないところを教えてくれるから、以前よりも学力は向上したけど余裕なんてあるわけがなかった。


 なので私は、ゆーくんとの勉強会が終わってからも、家で毎日深夜まで勉強をし続けた。その甲斐もあって、私はゆーくんと一緒の大学に進学できることになった。


 高校受験のときは、ゆーくんと離れたら忘れられてしまうのではないかという恐怖心から頑張ったけど、今回の大学受験はゆーくんの隣にずっといたいから頑張った。ゆーくんが理由の中心だったのは一緒だったけど、心の持ちようは全然違ったし受験に対して前向きでいられた。

 またゆーくんと4年間ずっと一緒にいられる。しかも恋人として一緒に。私はそれが何よりも嬉しい事だったのだ。




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 私の親友の梢ちゃんと悟くんも大学に合格したので、私はある計画をゆっくりと始めるようにした。

 その計画とは、私たち4人が能天気に遊んでいたり、ゆーくんと2人でイチャイチャデートをしているところを、光輝くんにことあるごとに見せつけることだった。そう。たったそれだけ。


 話によると、光輝くんは高校を卒業したら、お父さんの紹介で運送会社で働くらしい。なので、彼の仕事が終わる時間を見計らって集合時間を調整したりと、あの手この手を使ってリア充ぶった私たちのことを見せつけてやった。どうだ、羨ましいだろ。


 だけど優李や羽月ちゃんたちにバレちゃいそうな時もあった。

 確かあの日は、みんなが暮らす物件をどうするか話し合う日だったと思う。ちょっと遠くだったけど、多分羽月ちゃんかなっていう人影を見つけたからついボーッと眺めてしまったのだ。そんな私を不思議に思った優李が声をかけてきて、私は咄嗟に誤魔化したんだよね。

 私は自分が凡ミスをしてしまったと反省して、これからはそんな失敗はしないと密かに誓ったんだ。


 そんなことを頻繁に続けていると、私たちが大学3年生の夏休みが終わったくらいに、光輝くんが浮気をして、その後、羽月ちゃんと離婚をしたという話を聞いた。

 そして離婚後の羽月ちゃんは、どうやら実家に戻っているらしい。




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 光輝くんは私が思った通りの行動をしてくれた。

 そもそも光輝くんは、羽月ちゃんが妊娠することがなかったら、大学進学を希望していたらしい。そして高校生では出来ないような遊びをたくさんして、社会人になるまでの人生を謳歌したかったようだ。


 羽月ちゃんが妊娠していると聞いたときは、恐らく希望に満ちた大学生活を不意にしたくなくて、頭ごなしに中絶しろと言ったのだろう。光輝くんとはそういうような人間だ。しかも、元々人の恋人を奪って悦に浸るようなクズ男なんだから、私たちが楽しい大学生活を送っている姿を何度も何度も見せつけられたら、今の自分の境遇と比べてストレスが溜まり、また不貞行為を行うだろうと思っていたのだ。


 まぁ、正直言ってしまうと、光輝くんが不倫をして離婚するというパターンが一番の理想ではあったけど、別にこれが失敗しても私には全然問題はなかった。

 だって、私はゆーくんを幸せにするのが一番の目的で、あの二人に復讐するのはそのついでみたいなものなのだから。


 最近は、ゆーくんと半同棲みたいな生活をしているから良く分かるんだけど、多分あの時のショックから完全に立ち直っている。

 やはり、羽月ちゃんを許すことが大きかったのではないかと思う。


 なので2人への復讐は、完全に私のエゴでしかないのだ。

 あの2人がゆーくんに与えた苦しみを味わえば良いと思ったのだ。


 なので、光輝くんが浮気をして2人が離婚したのは、私にとって最高の結果となった。


 羽月ちゃんは、愛してた人に裏切られたゆーくんの苦しみを知っただろう。

 そして光輝くんは、愛していた人を失ってしまった羽月ちゃんの気持ちを知ったことだと思う。


 離婚後の光輝くんは謎だけど、まぁロクな人生を送ることはないだろう。

 とりあえず羽月ちゃんに関しては、自分勝手な行動で傷つけたゆーくんの気持ちが、少しでも分かったのではないだろうか。そして、自分の罪深さを知ったところで、傷付けた相手はもうすでに立ち上がり前を向いているのだから、謝ることも償うこともできずに、自分が作ってしまった業を生涯背負っていかなくてはいけないことに愕然としたことだろう。


 今更ゆーくんに与えた傷の深さを知って後悔しても、もうすでに何もかもが遅いんだよ、羽月ちゃん。




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 ゆーくんは、自分が光輝くんのことを煽って、不倫させた事実など知ることもなく、楽しそうに大学生活を送っていた。

 太陽のような笑顔は完全に復活していて、私のことを今も照らし続けてくれている。


 大学三年生の夏頃になると、ゆーくんは出来たばかりのスタートアップに、インターン生としてジョインした。そこの会社の社長はゆーくんの先輩で、まだ若いのにめちゃくちゃ優秀な人だった。そんな社長に誘われて、インターン生として働いてるんだから、ゆーくんだってやっぱり凄いよね。


 私もゆーくんに負けないように、色々なことにチャレンジをした。

 その結果かどうかは分からないけど、私は日本大手の化粧品メーカーの内定をもらうことができた。

 どうやらゆーくんは、そのままインターン先のスタートアップに就職しようとしているみたいだった。



「俺さ、今インターンで働いている会社に就職したいと思ってるんだ。だけど、普通に考えたらもう内定受けてる他の大手企業に入った方が、絶対に安定してるとは思うんだよ」



 ゆーくんは不安そうに私に相談をしてきた。

 多分ずっと今後の進路について考えていたのだろう。

 私は今までたくさんゆーくんに道を示してもらったんだから、今度は私がゆーくんの背中をしっかりと押してあげたいと思った。



「ゆーくんが本当にやりたいことが出来そうな会社を選べば良いと思うよ。今時終身雇用なんて現実的じゃないし、自分が楽しめそうな会社に行かないと。ゆーくんは優しい人だからさ、色々なことを考えちゃうと思うんだけど、たまには自分のエゴを出しちゃっても誰も怒ったりしないよ」



 だけど、ゆーくんはまだ不安そうだった。



「だけど、倒産するリスクとかあるし、それからまたちゃんと就職できるかも分からないんだよ?」


「それでも良いと思うよ。ゆーくんならどんな逆境でも跳ね返せるよ。私が言うんだから間違いないよ。だって、ゆーくんの凄さは、多分ゆーくん以上に分かってるんだから。だからさ、選んだ道に自信を持ってよ。私だって頑張るからさ」



 ゆーくんは私のことを抱き締めて、「ありがとう。奏と一緒になれて本当に幸せだよ」って言ってくれた。全く何言ってるんだろ。その台詞は全部私の方がゆーくんに伝えたいことなのに。




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 ゆーくんは大学を卒業して、インターンとして働いていたスタートアップに正社員としてジョインをした。それからのゆーくんの活躍は凄まじかった。社内社外など関係なく、たくさんの人から評価をされるようになっていた。

 そして、会社も右肩上がりに成長を続けて、ついには上場企業に会社をバイアウトして、そのままその上場企業のチーフマネージャーになったのだ。はっきり言って凄すぎる……。


 私はと言うと、化粧品メーカーの広報部で、マーケティングを主にやっている。いつかテレビCMの担当になるのが、私の今の夢のひとつだった。


 お互い忙しい日々を過ごしていたけど、毎日家でちょっと晩酌したり、土日は出来る限り外デートを楽しんでいる。つまり私とゆーくんは、今までと変わらずずっとラブラブなのだ。




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 ある日私は、ゆーくんに誘われて高級そうなフレンチ料理店に呼ばれた。高級ホテルの最上階にあるだけあって、そこから見える景色はとても素敵だった。


 私が夜景に見惚れていると、ゆーくんが「大切な話があるんだ」って言ってきた。ひょっとして起業するのかなって思ったけど、どうやら違うらしい。

 私はゆーくんの大切な話がよく分からなくて、ポケッとしてるとゆーくんが苦笑いしながら鞄から小さな箱を取り出して私の前に差し出した。


 これって……まさか?

 私はゆーくんに了承を得て箱を開けると、中にはダイヤモンドが輝く綺麗な指輪が入っていた。その瞬間、私の目の前はボヤけてしまい、せっかくの綺麗な指輪をしっかりと見続けることができなかった。


 そして、ゆーくんは私にプロポーズをしてくれた。

 だけど、こんな泣き腫らしただらしない顔でゆーくんのプロポーズを受ける訳にはいかないと思った私は、ハンカチで涙を拭いてから深呼吸をした。



「私の方からもお願いします。ゆーくんの隣にずっと居させてください。ずっとずっとずーーーっと、ゆーくんのことを愛し続けます」



 私がそう言うと、ほっとした表情を浮かべてから、いつもの太陽のような笑顔を私にまた見せてくれた。

 好き。ゆーくん大好き。

 私は感情が溢れてしまい、また大粒の涙を零してしまった。

 そんな私の肩を抱いて、優しく頭を撫で続けてくれた。




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 私と優李が結婚をして2年が経過した。

 私は結婚を機に、呼び名をゆーくんから優李に変えることにしたのだ。

 だって、そっちの方がより親密っぽいじゃない?

 そして、私の腕には生後3ヶ月の可愛い女の子の赤ちゃんが抱かれている。


 この子の名前は『紡』。

 優李が名付けてくれたんだけど、人と人との縁を紡いで幸せになる願いが込められてるんだって説明されたとき、本当に素敵だと思ったので反対なんてすることはなかった。


 ある日私は、久しぶりに地元にあるイタリアン料理店で夜ご飯を食べようよ、って優李を誘った。

 大学生の頃は良く通ってたお店だったけど、ここ最近はめっきり行くことがなくなってしまったので、優李も喜んで了承してくれた。


 そして当日、私と紡は、待ち合わせ場所にちょっと遅れてしまうと、優李が女の子に鞄を渡していた。恐らく落とし物を拾ってあげたのだろう。


「優李」って声を掛けると、私の方を振り向いて小走りで駆け寄ってきた。優李から話を聞いてみるとやっぱり落とし物を拾ってあげたらしかった。

 やっぱり優李は大人になっても優しいね。


 そして私たちは、イタリアン料理のお店まで歩いていると、優李が不意に私の方を見て口を開いた。



「奏。あのとき俺のことを救ってくれて、本当にありがとう。愛してるよ」



 そんなことはない。

 私の方が優李に感謝の言葉を伝えたかった。



「私のことを愛してくれてありがとう。私も優李のことを愛してるよ」




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 私たちは思い出のイタリアン料理に舌鼓を打ったあと、私の実家にちょっと寄って家に帰ってきた。

 優李は紡と一緒にお風呂に入っている。

 私はRINEを開いて、メッセージを送った。



『今日も情報ありがと』



 私がRINEを送るとすぐに既読になり、返信が返ってきた。



『お疲れ様。別に良いのよ』


『あなたは本来、光輝くんと羽月ちゃんが離婚した時点で復讐は終わっていたのに、ここまで付き合ってくれて本当に感謝してる。ありがとう、紗雪ちゃん』




 -




 私がどうして今まで光輝くんや羽月ちゃんの情報を知ることが出来ていたのか。それは内通者の紗雪ちゃんがいたからだった。

 実は紗雪ちゃんは、光輝くんと付き合っていたのだ。

 なぜ私がそのことを知っているかと言うと、光輝くんが私たちの文化祭に来て、紗雪ちゃんと少しだけ一緒にいたところを目撃してしまったから。

 後にそのことを紗雪ちゃんから聞いてみたことがある。



「文化祭であなたたちを見たって言ったでしょ? 光輝くんが文化祭に来ることに吃驚したんだよね」


「私が無理やり呼んだのよ。その代わりシフトを何度も確認させられたり、15分くらいしかいなかったから今思えば羽月のことを避けようと思ってたのかもね」


「まぁ、避けるでしょうね。それにしても15分くらいしかいなかったのね」


「そうね。当時の私は馬鹿だったから、来てくれただけで嬉しくて舞い上がってたな」



 だけど文化祭が終わって間もなく紗雪ちゃんは光輝に振られた。

 紗雪ちゃんは、光輝くんと羽月ちゃんが付き合っていたことも知らないし、自分こそが恋人だったと信じて疑っていなかった。まぁ、光輝くんは紗雪ちゃんのことをセフレとしか思っていなかったみたいだけど……。

 そして、あの2人が結婚するタイミングで紗雪ちゃんは振られてしまい、失意に暮れていたところを声を掛けたのだ。



「紗雪ちゃんが突然光輝くんに振られた、本当の理由知りたくないかな?」



 私のこの言葉に、紗雪ちゃんは目を大きくさせてとても驚いていた。



「本当の理由? あの人は、私のことをもう好きじゃなくなったから別れていって言ってたけど。そもそも何であなたが光輝のことを知ってるの?」


「実は小学生の頃からの付き合いだったんだよ。私以外にもゆーくんや羽月ちゃんもね」


「え? 羽月も?」


「うん、そうだよ。それでどうする? 本当の理由知りたいかな?」



 紗雪ちゃんは本当のことを知るのが怖かったのか、一瞬悩んでいたけど、意を結したように「知りたい」って言ってきた。



「そっか。じゃあ一つだけ条件があるんだけど、聞いてくれるかな?」


「条件?」


「私ね、光輝くんに恨みを持っていて、ちょっとした復讐をしたいと思ってるんだ。だから、紗雪ちゃんにもこの復讐に協力してもらいたいなって」


「は、犯罪行為をするのは嫌よ……」


「犯罪なんてしないから大丈夫。ある人と友達になって、その人のスケジュールとかを聞き出して、私に伝えてくれるだけでいいんだよ」


「ある人って、男性?」


「ううん。女の人だよ。それに怖い人じゃないから大丈夫」



 またも一瞬悩んでいた紗雪ちゃんだったけど、結局「分かった」と言って私の復讐に協力してくれることになった。

 とはいえ、口約束だと紗雪ちゃんが裏切った時が怖いので、簡単な契約書を作成して、そこにサインをしてもらう。紗雪ちゃんに安心してもらうためにも、紗雪ちゃんの役割は情報を聞き出して、私に伝えることという内容を明記している。

 ちなみに契約書の作り方は、ネット検索したら簡単に手に入ったので、インターネット最高って思ったよね。



「じゃあ、私が振られた本当の理由を、教えてもらえるかな?」



 契約書にもサインしてもらったし、私は紗雪ちゃんに全てを伝えた。

 光輝くんと羽月ちゃんが付き合っていたこと、羽月ちゃんに子供が出来て結婚すること、そして私が復讐したい理由もだ。

 そして実は、光輝くんよりも優李を裏切った羽月ちゃんに、復讐をしたいということも伝えている。


 私の説明を聞いた紗雪ちゃんは、あまりの内容に言葉が出ないようだった。

 結婚や妊娠のことはもちろん驚いていたけど、それよりも羽月ちゃんと優李が別れた理由を聞いたときは、その場に座り込んでしまうくらいの衝撃を受けたようだった。



「それが事実だとしたら、奏ちゃんがあの2人を憎む理由が分かったよ。そして私が誰の情報を、あなたに教えたら良いのかも、ね」


「うん。そういうことなんだ。紗雪ちゃんに辛いことをさせちゃうけど、これから羽月ちゃんの情報を色々と教えて欲しいんだ。些細なことでも良いよ。明日どこどこに行くとか、光輝くんとの夫婦生活とかさ」


「その情報を知って奏ちゃんはどうするつもりなの?」


「直接はどうにもしないよ。ただ、私たちのリア充ライフを見せつけるだけだよ。って言っても、見せつけるのは主に光輝くんにだけどね」



 紗雪ちゃんには私が何を言っているのか、イマイチ分かっていないようで、首を傾げながらなんて返せば良いのか分からずに困っていた。



「光輝くんってさ、多分病気なんだよね。そうじゃないと、彼氏がいる女の人を何人も狙わないし、同時に何人もの女性を囲ったりなんてしないよ。でさ、そんな人がやりたくもない仕事をして、奥さんと子供のために遊びたいのを我慢して一生懸命働くんだよ?」


「そ、うかもね……」


「それでさ、羽月ちゃんを奪って良い気になってた光輝くんが、ゆーくんのリア充ライフを見たらどう思うかな? めちゃくちゃ嫉妬するし、自分ばかり理不尽だーなんて考えると思うんだよね。全部自業自得なのに」



 そこまで聞いて、紗雪ちゃんも私のやりたい復讐が分かってきたようだった。



「つまり、奏ちゃんは山岸くんを使って、光輝の劣等感を煽って浮気をさせようとしてるってことかな?」


「そうなったら最高だと思ってるよ。もしそうなったら、羽月ちゃんが愛する人に裏切られる苦しみを知るだろうし、それと同時に自分がやったことがどれだけ酷いことだったのか理解すると思うから。だけど、光輝くんが本当に、羽月ちゃんと子供のことを愛してたなら浮気なんてしないんじゃないかな。その場合は、ただ私たちの幸せなところを、頑張って働いている光輝くんに見せつけてやるだけでいいんだよ」


「なるほどね。だけど犯罪行為とかはなさそうで安心したよ。あと、別れたはずの私が、羽月と一緒にお茶したり遊んだりしてることも、あの男にとっての復讐になりそうだしね」



 こうして、私と紗雪ちゃんは手を組んで、あの二人に復讐する契約をしたのだった。とはいえ紗雪ちゃんは、光輝くんへの怒りの方が大きそうだったけど。


 その後羽月ちゃんは出産のため、高校を自主退学した。

 それをきっかけにして、羽月ちゃんと仲良くしていた3人のうち、2人は自然と関係が薄れていったようだった。生活が変わると疎遠になっちゃのは仕方ないことだけど、それが羽月ちゃんにとって悲しいことだったのだろう。

 唯一残った紗雪ちゃんのことを、羽月ちゃんは心から信用して、何でも相談できる関係性までになっていた。


 それにしても、この時の紗雪ちゃんは普通の可愛い女の子って感じだったのに、見事な大学デビューを果たしたよなぁ。まぁ、気持ちは分からなくはないけど。多分紗雪ちゃんも過去を振り払いたかったんだよね。


 羽月ちゃんの情報を頻繁にリークもらって、予定通り優李と私のリア充ライフを光輝くんにとことん見せつけてやった。

 そしてその時がやってきた。光輝くんの帰りが、最近遅いらしいという情報を聞いたとき、私はついに浮気をしたと思ったのだ。


 それから紗雪ちゃんと私は、タイミングが合う限り光輝くんを見張るようにした。そして、紗雪ちゃんが浮気現場の写真を撮影したのだった。あとは紗雪ちゃんが偶然見たことにして、羽月ちゃんにRINEを写真と共に送るだけで、あとは勝手に離婚してくれることだろうと踏んでいた。




 -




『それは気にしないで。それよりこれからはどうする? 羽月の情報をこれからもあなたに伝えた方がいいのかしら?』


『その前に聞きたいんだけど、今日の羽月ちゃんの様子はあの後どうだったかな?』



 地元の駅で優李と羽月ちゃんが顔を合わせた後に、羽月ちゃんはその場に蹲って泣きながら「優李……優李ぃ……」と漏らしていたらしい。

 多分あんなに至近距離で顔を見られたのに、自分だって気付かれなかったのも相当ショックだったんだろうな。けど、羽月ちゃん苦労してたんだね。なんか私たちよりも全然年上に見えたから、多分優李もそういう理由で気付かなかったんだろうな。


 紗雪ちゃんには、ワザと落し物をしてもらった。もし優李が羽月ちゃんに気付くのか、それとも気が付かないのか。正直私はどちらでも良かった。

 今の私と優李の関係は、本来はあなたと優李の関係だった。しかし、今は私が優李の隣にいる。だって、あなたが自らの手で捨てたんだもの。羽月ちゃんが失った関係。それを私は見せつけたかった。



『教えてくれてありがと。うーん。私の方ももう復讐は終わりにするよ』


『そっか』


『今までありがとうね、本当に。それで紗雪ちゃんはこれからどうするの?』


『私はこれからもずっと羽月のお友達でいるわよ。最初は復讐が終わったら離れる予定だったんだけどね。クズと別れてから羽月は本当に苦労してたしね、あんな姿をずっと見てたら情が湧いちゃうわよ。それに、あの子はもう私がいなかったら多分ダメだから』


『うん。そっか。私は昔決別してから、羽月ちゃんの隣に立つことは出来なくなっちゃったからさ、紗雪ちゃんがこれから支えてくれると嬉しいな』


『そんなこと言われなくったって大丈夫よ。私たちもあなたに負けないくらい幸せになってやるんだから』


『うん。報告楽しみに待ってるね』



 私はスマホをテーブルの上に置くと、天井をボンヤリと見上げてから、静かに目を閉じる。小学生の頃から最近のことまでたくさんのことを思い出していた。以前のような、腹の底から湧き上がってくるような憎悪は、もはやなくなっていた。私もついにシコリを取ることが出来たのだと思った。


 そして私は、羽月ちゃんと決別した時に最後に伝えた言葉を、思い出したので再び口にしてみた。



「さようなら、羽月ちゃん」









 ***後書きという名の蛇足***



『最愛の幼馴染みと親友に裏切られた俺を救ってくれたのはもう一人の幼馴染みだった』を最後までお読みくださり誠にありがとうございました。


 私が初めて書いた小説を、こんなにもたくさんの方に読んで頂けるとは思っていませんでした。稚拙な設計と文章にも関わらず最後まで読んで頂けたことがとても嬉しいです。


 数多あるNTR小説を読み尽くしている皆様からすると、色々と不満に思うことは多かったのはコメントも拝見して感じていました! ですが、それだけこの作品のことを考えてくれていると思うと感謝しかないです!


 この作品は優李の視点で進みましたが、復讐においてはサブというか蚊帳の外で、メインが奏でした。しかも奏はついでで、優李の幸せを1番に据えていたので、復讐の内容に関してモヤッとした方は多かったのかな、と。そうなるよう誘導はしたけど、基本自滅ですしね。過激な描写や断罪などはありませんでしたし。

 ですが、奏としてはゆーくんが他の女への復讐に燃えるより、自分を見て幸せになって欲しかったです。なので奏の完全勝利です。


 ちなみに、ゆーくんが羽月に再開したときに気付かなかったのですが、奏的には気付いても全然大丈夫でした。だって、羽月にゆーくんは今こんなにも幸せになってるんだよっていうのを見せつけたかっただけなので。


 最後に、粗筋に『NTR的な展開は第一章で終わり』と書いているのに、常にNTRを意識させてしまうので、NTR小説の、いや、NTRの罪の深さを改めて感じた次第です。



 現在は別の作品を書いています。

 次はローファンタジーにチャレンジしてみようかな、と。第一章が終わるか、30話くらいまで仕上がったら公開する予定です。

 公開したらそちらの作品も見て頂けたら嬉しいです。(また幼馴染が2人でます。苦笑)

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最愛の幼馴染みと親友に裏切られた俺を救ってくれたのはもう一人の幼馴染みだった 音の中 @otononaka

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