ロビンの小径

若菜紫

第1話 ロビンの小径

通らざるロビンを待ちて軒先のプーさん春の風に吹かるる


ベビーカーより抱き上げて寝かせればタオルの砂も日なたの匂い


抱き合える子とファミちゃんを染めてゆく優しき夕陽閉店前夜


花吹雪逢魔が刻のすべり台我が子の姿慌てて探す


曾祖母を見送りし日の誕生日三本差し出す指たどたどし


毎日の卵に入れしてんさい糖卒園の朝いまだ残れる


二年(ふたとせ)を友と集いし園庭の桑の実はもう赤くなったか


あの朝の我を打ちたし麦わら帽の下の泣き顔抱き締めたくて


大鳥の翼広げて駈ける児よ園庭は百エーカーの森


三歳(みとせ)まで手離さざりしアンパンマン「ママにあげる」と言われ涙す


卒園後ふと訪れし園庭で思わず探すわが子の姿


後悔に始まりし日は降園の吾子の笑顔に慰められる


後ろ髪引かれる通勤お揃いの弁当は我の免罪符なり


「先生」と呼ばれにゆくまでの数分を「ママ」と呼ばれてこの道歩く


「好きな子」の前で「好きな子」の話するそんなあなたをママは好きだよ


「宝物は何か」と問えば「空き箱と おもちゃとペットと Aちゃんとママ」


熱下がりテーブルに今朝用意した弁当広げ親子遠足


虫網を手に駈ける子よ惜しめども留まらぬ日々は挟衣の夏


路地裏に夕焼け色の花拾い吾子と見上げし樹も今はなし


浴室の象のじょうろの傷口に絆創膏貼る六歳の夏


散歩道に置かれし亀の円き背に埋める頬もますます円し


干物屋の生け簀に澱む温水に紅きらんちう今日の日も佳し


黒南風の公園出てて迷い居れば角の金魚が道を教える


蝉時雨降る日は今も境内に麦わら帽の背中がよぎる


秋風に揺れるカーテンふと見れば今年の夏の蝉の脱け殻


金木犀変わらぬ香りそのままで良しと思えたわが子の重さ


コーラスの指揮の合間に園庭の組体操に目を泳がせる


「残しちゃったよ」と言いつつ差し出せる弁当箱は今日も空なり


保育室壁に貼りたるりすの絵に泣きたくなりし年長の秋


園庭を駈けまわる子の頬は火照り待ちわびる母の手はかじかんで


「ママなんか嫌い」ひとりで彷徨いし街のおもちゃ屋我は異邦人


結末を読まないままでカフェラテを混ぜないままで店を出で来たり


取り違えられて戻りしマグカップクワガタの絵が作者を語る


卒園の行事で少女は目を腫らし少年はただ走りまわりて


「いつまでも忘れないで」と歌い合いし友の顔さえ今はおぼろげ


面打ちのついでに走り寄る吾子の袴の丈が短くなりぬ


長距離の移動と西瓜を克服し暑中稽古が終わり迎える


ママ友が友となりし日ノンアルで乾杯をして名前呼び合う


トンネルを抜ければそこは練馬駅幼き冒険家たちが集う


乗り換えでスマイルトレイン来たる日はアトラクションが増えたる気分


パスケース子犬のように跳ねさせて走る背中よ開園時刻


昆虫舘小さき窓の隙間より洗濯物の風の涼しさ


ジェットコースターを望む窓際でお子様ランチのおててが止まる


店内にアニメソングが釣堀の外に蝉時雨流る夏の日


すべり台満面の笑みそのままに姿翳りゆく夏の夕暮れ


昆虫館釣り堀駄菓子相変わらずだけども今日はさよなら訪問


フクロウとウサギが共に遊ぶ絵の布団をかけて図鑑読む子は


お願いをひいおばあちゃんのオリーヴに結びサンタの魔法のポスト


「サンタさんに苺も星もあげるよ」とケーキ切り分ける小さきその手


粉雪のような光の降る朝は鈴の音遠く聴こゆる思い


寝たがらぬ子を急かしつつ我も今夜聖樹の灯りに起こされている


「サンタ」よりクッキー二枚譲られし聖夜の秘密未だ明かせず


「こんなにも低かったっけ?」押入れで数年ぶりの隠れ家遊び


かくれんぼ失敗だったねぽかぽかとシャボン玉浮く夕暮れの空













  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロビンの小径 若菜紫 @violettarei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ