飛べない鳥に勇気は要るか

達見ゆう

問いの答えは人それぞれ

「飛べない鳥に勇気は要るか、か」


 僕がパソコンに向かってプロットを練りながら独り言を言うとユウさんが首を突っ込んできた。


「なんだ? リョウタ、芸術の秋だからって書き物してるのか?」


「まあ、そんなとこ。こないだ入った小説講座のお題なんだよ。これを元にお話を創ってもいいし、ストレートにお題の答えを書いたエッセイでもいいって」


「リョウタの答えは?」


「そうだね、『飛べない鳥』をある事になかなか踏み出せない人になぞらえて短編にしようか考えてる。何かのきっかけに勇気を出して踏み出す。ベタなストーリーだけど、初回だから気楽に書いてみようかと」


「私はストレートに鳥そのものと考えて、勇気は要ると考えるな。鶏は飛べないからすぐに捕まりそうだし、食べられない為に全力を尽くして走って逃げ出す勇気とか。ほら。鶏を積んだ車が事故って積み荷の鶏が逃げ出すのも相当な勇気だぞ。他の車に轢かれるリスクを背負いながらも自由を求めて逃げるんだ」


「ユウさん、フライドチキン食べながら言うセリフ?」


 ユウさんは僕より遅く帰ってきたため、お気に入りのフライドチキンとビールで晩酌中で上機嫌だ。ちなみに僕は早く帰ってきて夕飯は済ませてある。だから僕のパソコンを覗きに来た。万一、画面がエロサイトだったらまた四十肩マッサージの刑だが。


「或いは食べられるところを生き延びる勇気とか、どこの国だっけ? 食べるために鶏を首チョンパしたけど、生き続けたので感動してそのまま飼い続けた農家の話。餌はすり餌をスポイトで切り口の穴に流して数ヶ月生きたとか」


「ユウさん、それは勇気とは違う。それにどうしてフライドチキン食べながらそんな微グロな話できるのさ」


「だって、これはその鶏じゃないし」


 相変わらず我が妻はワイルドだ。この肝の据わったところは少しは見習った方がいいのだろうか。


「ユウさん、もう少し、ほのぼのな思考できない? 例えば『ニルスのふしぎな旅』では飛べないガチョウのモルテンが渡り鳥と一緒に旅をしたくて努力の末に飛んでニルスと旅するんだよ。飼われていた庭しか知らないガチョウが、ラップランドへ旅するのも勇気がいるよ?」


「そういえば最終回ではモルテンはニルスと共に里帰りするけど、ニルスの親は帰ってきたモルテンを食べようとするのだよなあ」


「……ユウさん、少しは鳥肉から離れて」


「ん? リョウタにはヘルシーにローストチキンを買ってあるから執筆に区切り着いたら食べてもいいよ」


「いや、そうじゃなくて……。あとでいただくよ」


 ジェンダー論は出したくないが、どうして我が妻はこうもワイルドなんだろう。そういえば狩猟資格持ってるから鹿やうさぎを仕留めるとこできるし、住んでいる場所が場所なら熊退治にも呼ばれるだろう。周りからも「男女逆なら良かったのに」と失礼なことを言われたこともある。


「はあ……どうしてこんな凶ぼ……もとい逞しい女性がこんな気弱なメタボと結婚したのだろ」


「ん? そりゃ、私の好きなネコ型ロボットに似ているから。初めて見た時に『実在したのか』と思って」


「ううっ、そんな理由で……」


 僕は嘆きとは裏腹に、ユウさんがフライドチキンに夢中になったのを見計らって短編を書き始めた。


『そうしてぼっち卒業旅行となるはずだった僕に転機が訪れた。一人の女性に声をかけられたのだ。と、言ってもナンパではなくカップルの振りをすればトラブルに巻き込まれにくいという味気ないものであった。つまり偽の彼氏という訳だ。ちょっとガッカリしたが、話し相手がいるだけでもいいかと思った。


 彼女はとてもワイルドな姐さんでユウと名乗った。連絡先は交換したものの、それっきりであった。


 しかし、奇跡は起こるものだ。彼女が僕と同じ県庁に採用されて僕の部署に配属されてきた。年上の後輩というのは通常なら難しい存在だが、ワクワクしている自分もそこにいた』


 うーん、だめだ。圧倒的に文字数も構成も足りない。空けた行に何を足したら小説らしくなるのかと悩んでいたら後ろから声がした。


「んー? 何か覚えのあること書いてあるなあ?」


「う、うわあああ! いきなり声掛けないでよ!」


 素早い、さっきまでフライドチキンに夢中だったはずなのに今は二本目の缶ビールを持って後ろにいる。


「ああ、タイ旅行の時のね。そっかあ、リョウタはこんな風に思ってたかあ」


 酔ってるせいもあって、ニヤニヤしながら聞いてくる。


「で、こっからどうやって勇気を持って踏み出すのかなあ? リョウタくぅん」


「やっぱりボツ! 夫婦の馴れ初め書いても冷やかされるもん!」


「えー、読みたぁい。書いてよぉ、リョウタくぅん。さもないと四十肩マッサージの刑にするぞぉ」


「止めて、ホントに止めて。酔っ払ったユウさんのマッサージは筋肉破壊行為だから!」


 慌てて僕はパソコンを持ってトイレに避難した。


 あと少しすれば酔いつぶれてユウさんは寝落ちするから、それまで待つか。


「書いてよぉ、リョウター」


 まあ、人に見せないでこっそり書いてみるか。恥ずかしいからユウさんにも見られないようにファイルにパスワードかけておこう。


 数日後、ハッカー並の能力を発揮したユウさんに解除され、夕飯時に音読される公開処刑が待ち受けるとはその時の僕はまだ予想していなかったのであった。


~完~




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飛べない鳥に勇気は要るか 達見ゆう @tatsumi-12

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