第48話 魔女の毒りんごと運転免許

 カリフォルニアに住むことになり、最初の1ヶ月は試練の連続だった。

 まず第一の難関は運転免許の取得だった。

 たまたま10月31日のハロウィーンの日に実地試験を受けた。

 自分の車を持ち込んで試験を受けるので、まず車の整備状況のチェックからスタートする。

 現れた試験官は、60歳くらいの女性で全身黒づくめの魔女の格好をしていた。

 そうでなくてもナーバスになっているのに、魔女が試験官とは、と心の中で舌打ちした。

 予想通り魔女は手強かった。車を発進するなり、気難しい表情でチェックシートに何か書き込んでいる。

 カリフォルニアの道路標識には、フォーウェイストップと言って、信号の無い四つ角で一時停止をし、先に交差点に入った順番に通過して行くルールがある。  ほぼ同時に入った時など、ドライバー同士のアイコンタクトや手の合図でどちらが先に行くか決めるしかない。

 一応そう言う予備知識は頭に叩き込んだ上で、助手席に夫に乗ってもらって練習を積み重ねていたけれど、魔女に助手席を陣取られて私は完全に平常心を失っていた。

 英語で指示されるだけでも、耳に全神経を集中させなければならない。聞き返すだけで、魔女はだんだん不機嫌になっていく。


「もういいから、最初の場所に戻って」

と魔女から最後通告を受けたときは、生きた心地がしなかった。

「はい、これがあなたの運転のチェックシートよ」

 ミミズが這うような文字で書き込まれた紙を手渡され、魔女のお小言が始まった。

「無理な割り込みをして後続車に恐怖感を与えた。ターン オン レッドの一時停止が曖昧だった。スピードのアップダウンが激しかった」

 全てのコメントが言いがかりのように聞こえた。「でも…」と私が反論しかけたとき、魔女がそれを遮った。

「合格よ。おめでとう」

 魔女はそう言って私に真っ赤なりんごを差し出した。

「今日はハロウィーンだから、特別に差し上げるわ。安心して。毒りんごではないのよ。ただし、大丈夫と思って傲慢になったときに、このりんごは毒りんごに化けるかも知れない」

 魔女の言葉は、妙に説得力があった。

 魔女からりんごを押し頂いた私は、一気に10年分くらい歳を取ってしまったような疲労感とともに帰り道を急いだ。魔女の助言を何度も反芻しながら。


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生き血を吸うように詩を読み小鳥のようにささやけたら @yoine

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