第47話 美しい願い事
落ちてきたら今度は高く
高く打ち上げようよ
美しい願い事のように
1970年代の紙風船と言う曲を歌ったのはまどかで、ギター演奏はまこと君だった。まどかの透き通る声がスタジオ内に響き渡る。
曲が終われば、私の喋りの番だ。原稿を持つ手が震え、キューの合図が出ても、咳をしたいのを我慢したようなくぐもった声しか出ない。
この曲の歌詞のように、落ちてきたら何度も打ち上げることなんてできない。 美しい願い事なんて、一瞬にして消える。
生徒会長のまどかは、学校中どこに行っても注目の的だった。私はいつでも彼女の影のような存在だった。
まどかは高校を卒業したら、歌手になることを夢見ていた。その第一歩として、地方の放送局の番組中にある高校生コーナーに売り込みをかけたのだ。毎週金曜日の夜の2時間枠の番組の中の8分間、まどかとまこと君が一曲歌を披露し、その残りの時間を私が喋る、すべてまどかが仕組んだことだった。
私は自作の詩を読んだり、学校でのたわいない出来事を訥々と喋った。
自作の詩は思い返しただけでも死にたくなるようなひどいものばかりだったし、学園ものドラマに繰り返し出てきそうなトークは、現役女子高生が喋ったのでなければ、永久に葬られていただろう。
いずれにしても電波ジャックに等しい行為である。
一方、まどかの歌もまこと君のギター演奏も、高校生とは思えないほど素晴らしかった。
そんなことを高校2年の1年間続けていたが、3年になる春にあっさりと辞めた。番組が打ち切られたのだ。
まどかもまこと君も人が変わったように受験勉強に打ち込むようになったが、私は違った。ラジオ番組に出演していた日々を忘れることができなかったのだ。
私がエアライン専門学校に進学するのを知ったクラスメートたちは、一様に驚いた。まどかとまこと君はふたり揃って同じ国立大学の薬学部に入学した。
2年後CAコースを卒業した私は、大阪で行われる大手2社の会社のキャビンアテンダント採用試験に挑んだ。
一次の筆記試験をクリアして、二次の面接会場に向かう大勢の若い女性の群れの中にまどかを見つけたときは、お互いにあんぐりと口を開けたまま、路上で固まってしまっていた。
高校時代ずっとまどかの影でいた私だったが、まどかが私の影になる番だと確信した。なぜまどかが薬学部を辞めてまで、キャビンアテンダントになろうとしたのかは、今だにわからない。
私は意気揚々と試験結果を待った。
そして私は知った。私は二次試験で落ちてそこから先に進めなかったが、まどかは最終の身体検査まで進んだのだ。
まどかは今、外資系の航空会社のキャビンアテンダントとして働いている。
私はと言えば、子供英会話教室のアルバイト講師として、レッスンを受け持っている。
日本語が英語に変わっただけであるが、紙風船を膨らませ、天井に向かって打ち上げては、子供たちと英単語を唱和している。
紙風船はくるくると回りながら落ちてきて、透き通ったいくつもの目が、宙に美しい願い事を描いている。
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