第46話 アバター会議

 最初に現れたのは祖父のアバターだった。白髪のオールバックには美しい櫛の目が通り、黒渕の眼鏡の奥にある眼は、穏やかな光を放っている。細かな縞模様のグレーの背広に淡いピンク色のネクタイを締めていて、生きていたときよりも、ずいぶんとセンスが良い。

 白い割烹着姿の祖母のアバターが、小股でしずしずと入室してきた。ドアに近い末席に座ろうとして祖父のアバターに窘められ、祖父のアバターの横の席に座った。

 次に現れたのは、父のアバターだった。場違いのスキーウェア、額の上にはゴーグルが乗っていて、祖父母たちのアバターの冷ややかな視線から敢えて目を反らし、黙って着席した。   続いて入って来た伯母のアバターは、お茶会のときによく着ていた鴬色の付け下げ姿だった。両親の歳を越えて生きたので、祖母より老けてはいるが、お茶の師範らしく背筋がしゃんと伸びている。

 姑である祖母との折り合いが悪かった母のアバターは、父のアバターよりもさらに居心地が悪そうに、入り口で入るのをためらっていたが、議長である祖父のアバターに目で促され、うつむき加減におずおずと席に着いた。

 母のアバターは老け具合は祖母とほぼ同じの八十前後だが、着ているスーツはかなり派手めの明るいブルーだ。

 そのようにかつて一つ屋根の下に暮らした5人のアバターが揃ったところで、ふと気づく。まだ末席に椅子が一つ余っている。

 もしかしたら、と私の胸がざわつく。

 今まさに兄が命尽きようとしているのだ。

 最後の出席者が入室するまで、会議は始まらないようだ。全員が無言でその人物のアバターを待っている。

 ドアが開く音がした。一斉に5人のアバターの視線が向けられる。

 そこには、父以上に場違いなテニスウェア姿の私のアバターが立っているではないか。全員がまさかと言うように顔を見合せた。

 私のアバターが部屋に入ろうとしたとき、部屋の外から私の腕を掴んだ者がいた。兄のアバターだった。  時間が無かったのか入院着のままだ。

 しかもその力はあまりに弱々しく、私のアバターはびくともしない。私のアバターは、ぜーぜーと喘ぐ兄のアバターを入り口で押し留め、その手を振りほどこうとした拍子に、兄のアバターはよろけてその場にうずくまってしまっている。

「こんなこと馬鹿馬鹿しくてやってらんない!」

 私のアバターはひとりでぶちきれていた。

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