地方旅情

最善を願い最悪に備えて

 トリスタニア王国に限った話ではないが、地方領と一括りに語ってもその内情は千差万別。同じ地方領であっても富める領地もあれば貧しい領地も存在する。その明暗を別つ要素は必ずしも領地の土壌や環境。穀物の生産高に比例する訳ではない。寧ろもっと外的な事情に起因していると言っても過言ではないだろう。


 領地運営に欠かせぬモノは内需の拡張にあれども、大陸の大動脈と呼べる主要な交易路。その人と物の流れが産み落とす外貨はお零れと馬鹿に出来ぬ恩恵を地方に与えている。中でも国境や港町など『外』へと通ずる街道が己の領地に有るか否かは領民の生活にも直結する重大事と言って良く。今も尚、領地間の街道の占有権を巡って血が流される事は珍しい話でもなかった。





 ラフォーヌ地方──ノルテア──


 季節は巡り。


 西方域も本格的な夏の訪れを迎え、此処ノルテアの街も賑やかさを増していた。王都から遥か遠く。西端の街として知られる街並みは、長閑さとは無縁の活気に満ちている。これと言った特産品もなく、農耕にも向かぬ土地柄でありながらも、西方山脈を望む冷涼な気候と風光明媚な情緒ある風景とが相まって夏場の避暑地として領外からも訪れる者も多く。この時期は人の姿も雑多に賑わいを見せていた。



 街の賑いを眺め見下ろす小高い丘の別荘地。その一つ。二階の窓辺で優雅に紅茶を嗜む少女の姿が在る。簡素だが仕立ても良く上質な衣服を纏い。清楚な顔立ちも美しく佇む姿はたおやかな花。素性を思えば貴族の令嬢か裕福な商家の娘か。どちらにしても名に恥じぬ印象と雰囲気を併せ持つ可憐な少女であった。


 開かれた窓に涼風が吹き抜けて少女の黄金の髪を靡かせ。


「へっくしょょょょょいっ!!!!」


 細やかな前髪が小鼻を擽り、少女は盛大にくしゃみをする。それは百年の恋すら覚める程に豪快に。


 地下聖堂の死闘から既に一年と半年。


 其処に在るのはアフリー・ヴァルシアの姿であった。


 短くはない歳月が過ぎ去って。何故この地に彼女が居るのかと言う難題に対しては一言では語れぬ複雑な事情があったと言うべきであろうか。


 大きな要因は二つあり。一つはアフリー自身、魔術師とあの場で決着をつける筈が、腕一本を対価に取り逃がすと言う失態を犯した事にある。結果として危険を犯してまでも討伐者として今も情報と金を稼がねば為らぬ事情があった事。


 そしてもう一つ。此方の方がより現在のアフリーに影響を与えていたと言えるだろう。それは王国がアルフリーデの失踪を公にする事なく隠匿した事にあった。当初、アフリーは二月ふたつきも捜索してアルフリーデの生死が不明であれば、病死なりと理由を付けて盛大にアルフリーデの国葬が執り行われるだろうと考えていた。ゆえに暫くの間、身を潜めていれば後は自由に行動出来る様になるだろうと。誰しも何時までも死人に関心を抱く筈もなく。直ぐに気にする者など居なくなる筈であったからだ。


 しかし王国は未だアルフリーデを流行り病の療養と称して失踪の事実自体をひた隠しにしている。厳重に強化された国境の警備態勢が解かれていない事からも秘密裏に捜索が続けられているであろう事に疑う余地を見出だす方が難しい程に。


 全てが不可解に過ぎて。


 確かにアルフリーデは王位継承権を有する王族ではあるが、彼女が王位に就く事は予測の上でも考えられぬ話。何の影響力も持たぬ只の第三王女に過ぎない。王宮の勢力図に置いて然したる意味も脅威にも成らぬ駒であった筈。民衆からして見ても彼女の死は喜ばれはすれど悲しむ者などいないだろう。誰もが望み誰からも不満が起きぬ簡単な解決策があるにも関わらず王国はそれを行わず。どのような思惑の上での策動であろうとも、今見つかれば絶対に厄介事に巻き込まれるのは目に見えていた。


 アフリーが恩義を抱くのはあくまでもアルフリーデ個人。だからこそ未だに危険を犯してまで魔術師を追っているのだ。逆に言えばそれ以外の王族やあの儀式魔術ですら正直どうでも良いとすら思っている。ゆえに政治のごたごたに巻き込まれるのも利用されるのも真っ平ご免であったのだ。


 あの魔術師を殺してこの国からはさっさとおさらばする。それが当初から一貫して変わらぬアフリーの計画である事は間違いない。


 そして話は現在へと至る。


「お嬢様......はしたのう御座いますよ。淑女たる礼儀作法は以前よりお教えしていた筈」


「別に他に誰もいないし......外では上手くやるさ」


「アフリーお嬢様はがさつな方なのですから、普段から自然に行えてこそ丁度良く身に付くと申すものです」


 室内に居たのはアフリーだけではなく、傍に控えていた老紳士は自然な流れで彼女の無作法を諌めて見せた。が、場の空気は変わる事なく穏やかで。二人の関係性が少なからぬ年月を重ねたモノである事が窺える。


 地方で目立たぬ為にはコツがあり。それがアフリーが王国の目を掻い潜りながらも魔術師を追えている秘訣でもあった。


 木を隠すなら森。ならば花を隠すなら庭園こそが相応しい。


 ゆえに討伐者としてのアフリーが裏の顔だとすれば、この老紳士こそが表の顔を支えている最大の功労者であった事は疑いようもない事実であったと言えよう。



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