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 追跡者でありながらも逃亡者でもあるアフリーにとって目的を果たす為......以前の問題として何をするにも金が必要であった。それも多少とは言えぬ程の額が。幸運と呼ぶには皮肉に過ぎるが、事実として特殊な内情を抱えた身にあって、討伐者と言う生業は実に割が良く適していたとも言えよう。


 他人と接する機会が極力少なく、金の成る木は街道や森に掃いて捨てる程に。人間であった頃であれば蛮勇と失笑したであろう無謀さも、堕ちた使徒と成った身では慢心ゆえでなく街道を徘徊している程度の妖魔であれば路傍の石と変わらない。


 尋常ではない身体能力の向上と驚異的な自己再生能力。諸説あるが内在させる膨大な魔力の恩恵と言われているその基礎的な能力だけでも、使徒と言う存在はちょっとどうかしている。


 成り立てで能力を上手く制御出来なかったとは言え、使徒を相手に渡り合い。逃げ切って見せたあの魔術師が人に身で異常に過ぎただけと。アフリーに思わせる程にその力は常軌を逸したモノであった。


「それより、私は依頼を果たしてから領都に向かうから、爺さんは何時もの通り先に行って面倒な準備を済ませて置いてくれよ。今回は少し滞在が長くなるかも知れない。だから此所と同じく宿ではなく見映えの良い借家が良い」


 アフリーが爺さんと呼ぶ老年の男の名はジョゼフ・フォルタン。


 歳の頃にして七十を迎える黒装の老人はアフリーに雇われた執事ではあるが、主従関係を支えるモノは家名への誇りでも主人への忠誠心でもなく純粋な金銭のみ。逆にそれが支払われ続ける限り何があろうと雇用主を裏切る事はない。組合が斡旋する執事とはそのようなモノであった。


 アフリーが組合から紹介されたジョゼフを専属の執事として雇ってから既に一年が過ぎ。一度足りとジョゼフがアフリーの期待を損ねた事はない。老年にして最高額の報酬を要求するだけあってその仕事ぶりには卒がなく完璧なモノであった。


 討伐者としてのアフリーは常に個人として行動している。ゆえに依頼の最中や村を巡る道中などで街道沿いや森で野宿するのは苦ではないが、アフリーとて世捨て人ではあるまいし使徒であっても変わらぬ欲求は多くある。


 旨い食事と極上の酒。賭け事に熱くなり良い女を抱きたい。


 それは街で暮らさねば満たせぬモノで。以前とは異なり扉に鍵すら付かぬ安宿には泊まる事すら難しくなった今の身姿で。街で目立たず過ごすには、素性を偽っても信じさせるに十分な見映えの良い付添人がどうしても必要であったのだ。そしてジョゼフはその役割を今に至るまで完璧に果たしている。


「承知いたしましたお嬢様」


 事もなげな様子で応えるジョゼフは自然な所作で、空になったアフリーの杯に新たな紅茶を注ぐ。


 アフリーには逆立ちしても真似できぬ上品な立ち振る舞い。人生経験の豊かさを偲ばせる重厚で物静かな面相は全体に紳士然とした印象と雰囲気を纏わせるもので。例え上級貴族の家令と紹介しても不審よりも納得が先に立つだろう。ジョゼフ・フォルタンとはそのような人物であった。


「ですがお嬢様」


 だが、組合に最高位と紹介されたおきなが、ただ雑務のみをこなす執事である筈もなく。


「依頼先の村むらに続く街道の一部周辺は他領との領境に接しておりまして、昨今では色々と『問題が起きる』大変に物騒な街道と訊き及んでおります。お嬢さまは日頃の行いも悪く、すこぶる星の巡りが悪い方なれば十分に御気を付け下さいませ」


 要約するとお前は自業自得の悪運で面倒事に巻き込まれ易いんだから、少しは足りない頭を使って行動しろよ、と警告されたのだろうと。ジョゼフが存外に皮肉屋である事を知るアフリーは慣れた会話の内に理解する。


 ジョセフを雇うに当たってアフリーはアルフリーデと魔術師に関わる事情以外を。自分が使徒であり討伐者を生業としている事は事前に説明していた。が、老獪な爺さんゆえに色々と勘づいているのだろうと察してはいたが、先に話した通り、雇用主の情報は例え所属する組合にすら漏らさぬのが業界の鉄と血の掟。それを含めての余談であるとアフリーも心得ている。


「契約は既に済ませているし、今更行かないと言う選択肢はないけれど......参考までに詳しく訊いておこうか」


 情報は多く有しているに越した事はない。最たる理由は言うまでもなく、あの日、あの街道を避けていれば自分の運命は全く異なるモノになっていたのだから骨身にも染みようと言うもの。


 左様で御座いますか、とジョゼフは息を付き。


「隣接する領主様は大変に強欲な方であり。街道の一部占有権を巡って当領の御領主様とは何かと因縁深き方とも。噂では妖魔をけしかけて村を襲わせたり、雇った傭兵を盗賊に扮して交易商を襲撃させ街道の安全性を貶めるなどと疑いは数知れず。それらは確信までに至らずとも信憑性の高い噂との話しで御座います」


 アフリーは近隣の地図を脳裏に浮かべ。暫く思案している様子を見せるが軈て美麗な顔立ちに似合わず露骨に眉根を寄せる。


 噂の街道と依頼された複数の村の位置は見事に合致する。全て街道沿いの村である事からも話の限り時節も悪く。下手をすれば領主同士の紛争とあながち無関係とは言えない可能性があるからだ。


「ただ、アフリー様が近隣の村を訪れる頃には仲裁の為に中央から派遣された貴族様が領都に御到着されている頃合いで御座いますので、予定されている三者会談が行われるまでは大きな騒動は起きぬかも知れません」


「中央の貴族様ねえ......」


 ジョゼフは吉報の如く語ったがアフリーにして見れば新たな不安材料が増えたに過ぎない。


 領主間の揉め事を仲裁出来る中央の貴族であれば爵位も相応に。悪くすればアルフリーデの顔を見知っている可能性もある。最終的にアフリーの目的地も領都であり。しかし領都の如く大きな街で注意を怠らねば出逢う確率は万が一。


 ジョゼフには黙っていたが、アフリーとしても今回の領都行きには明確な目的があり......。脳裏に過ったのは昔馴染みの悪友の面影。


 神など信じぬアフリーではあったが、運命がまるで行くなと言っているようで......それは中々に頭を悩ませる問題であった。





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