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 螺旋を描き虚空を漂う黄金の粒子は軈て膨張の臨界を迎え。展開されている術式の魔紋に吸収されていく。地下聖堂全体に拡散し流れる黄金の残光は余りにも美しく、心奪われる程にそれは幻想的な光景であった。


「人の命の輝きとは斯くも儚く美しいものか」


 見上げて望む白眼の独白は。言葉の意味とは裏腹に、口角を歪ませ滲む嘲笑が反するヴァレリウスの心の内を代弁していた。歪んだ鏡が正しき実像を映す事はなく人の心もまた合せ鏡の如くあるのだと。


 幻想は現実に。


 そして運命の刻限が訪れる。


 ────咲き狂う魔紋は虚空に弾けて散っていく。


 花弁の如く宙に舞う魔紋の欠片は、まるでヴァレリウスを祝福するように、ゆっくりと、ゆっくりと、舞い降りて。淡い光は虚空に消えて往く。


 数多の残滓が消え果てて、流れる静寂と再びの暗闇に地下聖堂は覆われていく。照らす光はなく祭壇に佇むは一人。ヴァレリウスの姿のみ。


 天を裂く雷鳴も地を揺らす震動も。天変地異の如く異変は一切見られず、これ程の大儀式の終幕にあって地下聖堂は未だ不気味な静けさを保っていた。


「ふははっ......」


 堪え切れぬ、と言った様子でヴァレリウスの口から笑いが漏れる。そして一度漏れれば後は決壊した堤防の如く。

 

 ははははひひっははははっ。


 ──────はははっ。


 ──────ひひひっ。


 ──────。


 流れ出た濁流を押し留める術はなく。ヴァレリウスの哄笑は長きに渡り木霊して。


「成った......成ったあああああああああああああああっ」


 百五十年にも渡る妄執の結実の刻。宿願は果たされたのだと。術者であるが為にヴァレリウスは儀式魔術の発現を知る。それゆえの歓喜と狂乱であった。


「これが終わりではないぞアウレウス。此からが滅びの始まりだ。お前の子孫もお前の国も。お前の国民も。この我が、このヴァレリウス・メレクがっ。必ず根絶やしにしてくれようぞ」


 興奮の絶頂。歓喜の頂点で。ヴァレリウスは高らかに宣言する。


 が。


「────それは無理な話しだな。此処でお前は終わるのに。一体何を始められるって?」


 他の生者など有り得ぬ筈の聖堂で涼やかなる少女の声が鳴り響く。高く澄んだ鈴の音が確かに耳朶を震わせて。ヴァレリウスは初めて動揺の色を見せる。


 瞬時に刻んだ術式は発光の魔術。真なる暗闇は魔術師にとっては致命的。その即断は冷静な判断力の賜物なれど、虚勢ではなく威風堂々と。何時もの嫌みな程に泰然とした様子は其処にはない。ヴァレリウスにして。この段に置いて現れた生者の存在は埒外の。想定を越えた事態であったのだろう。


 瞬間に天高く淡い蒼が聖堂を照らす。


 照らされる祭壇の段差の下。浮かび上がる陰影は未熟さを残す少女の姿。裸身も露に堂々と肢体を晒し。淡い燐光に映す艶やかな肌。腰まで届く黄金の髪が小振りな双丘を隠す立ち姿は可憐に尽きて。さながら妖精の如く美しさを湛えていた。肢体に劣らず整った相貌に宿る碧眼は真っ直ぐにヴァレリウスを見据えている。


「アルフリーデ......馬鹿なっ。有り得ぬ」


 眼下に映す少女の姿は贄として魔力に変えた筈の。アルフリーデ・ルメス・トリスタニア。まさにその人であり......。だが、ヴァレリウスもまた常人為らざる逸脱者。ゆえに目に見えた狼狽は一瞬で。例え理解し難くとも。目にしたモノはあるがままに受け入れる。起きたであろう確率を問うて足踏みする事なく。瞬時に可能性のみに思考を巡らせていた。


 そんな事象を信じるか、と問えば誰一人として応とは答えず否と否定したであろう埒外な話。確率論を排したヴァレリウスだけは確信に至っていた。


 眼下に映すアレが使徒である事に。


 あの場に満ちていた膨大な魔力を思えば、触媒となる何かに意図して、或いは意図せず流入した魔力が使徒としての肉体を再構築させた可能性は捨て切れない。であるとすれば、現出させた形が魔力の核であったアルフリーデの身姿であったのはある意味必然で。厳密に言えばアレはアルフリーデ本人と呼べるモノ。例え魔術的な手段で真偽を測っても本人であると断定されるであろう程に。


「貴様は何者だっ」


 ヴァレリウスは敢えて問う。使徒の中身までもがアルフリーデの記憶を有しているのだとすれば、それは使徒堕ちどころの話ではない。魂の転生と呼ぶべき魔術師の命題に触れるものであったのだから。





「貴様は何者だっ」


 祭壇から投げ掛けられる声。変わらぬ不遜な響きに。


「俺は────」


 と、口を開きかけ思い留まる。


 事態など何も理解出来ていない。何が起きたのかも分からない。自分の身体の変化を前にして混乱の際にあると言っても良い。だが一つだけはっきりと分かる事がある。それは自分が彼女に命を救われたと言う事。アルフリーデ・ルメス・トリスタニアに。


 ならばこれは借りなのだ、と。


 なれどこの身の内に感情の残滓は残れども彼女の死の事実が覆る事はない。返すべき相手を失えば後は何をしたとて何処まで往こうが自己満足でしかない。


 それでもと。


 生きたいと願った彼女の想い。それを踏み躙った相手を目の前に。共通の敵を眼前に。責めて彼女と共に在ろうと。ダグラスは心を決める。


「私は────」


 誰も呼ぶ事がなかった愛称で。


 愛でていたのは春の花。


 本当の彼女はどんな苦境も笑い飛ばせる強い少女であったのだと。


 ならば俺はそんな彼女を演じよう。


「私はアフリー・ヴァルシア。アルフリーデの想いが産み墜としたお前にとっての呪詛カーズの名だ」


 颯爽と鈴は鳴り、必ず殺すと微笑む笑顔は凄絶に。対峙するは魔術師と可憐なる使徒。白眼と澄んだ蒼。


 運命の歯車は回り出し。


 この邂逅が迫り来る激震の時代への幕開けであった。



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