和音と瑞穂
ひまかじま
和音
放ったボールの行方を、随分前から見なくなって。代わりに、体育館に着地する自分の足音を意識するようになった。
スパッ、と心地よい音が響いた。こういうのをNBAの解説とかではスウィッシュとかノータッチとか言うのだと、以前キャプテンが話していた気がする。
「ナイッシュー。」
聞きなれた言葉が聞きなれた音程で耳に流れた。みんなにとってはチームメイトへの賞賛。でも私にとってはディフェンスの合図だ。
相手のチームは大柄なエースを中心に、インサイドで得点を重ねるスタイル。キャプテンがぐいぐいとゴール下まで押されて、そのまま得点を許してしまった。
ドンマイ!と響くチームメイトの声に悲観の色は無かった。空元気じゃない。「この後どうなるか」を知ってるんだ。
「和音!」
ハーフコートまでボールが運ばれたところで、ボールが私にパスされ······私はそのまま、シュートした。
視線を下に落とした。柄にもなく笑みが零れてしまう。マッチアップ相手の間抜け面が少し目に映ってしまったから。
キュッ·····スパッ。ナイッシュー。
予定調和が鳴り響く。試合終了のブザーがその後に続いた。
「お疲れ和音!今日もスゲーシュートだったじゃん!」
ミーティング後すぐにバシン!と背中を叩かれた。振り返らなくても分かる。多分、冴島キャプテンだ。
「もぉ、いっつも痛いって言ってるじゃないですか。」
笑うように、困ったように。「らしい」声で返事をして、2人でストレッチを始める。
ふとスコアボードを見た。81対74。圧勝じゃないけど危なげない、所謂順調な勝ち、というやつだった。
バスケ部の練習試合が終わった。体育館は静かで、1、2時間前までソコにあったハズの熱を、夜が飲み込んでしまったようだ。電気を消して鍵を閉め·····ようとしたけど、そのまま1個だけボールを出して、フリースローラインからシュートを放った。
キュッ、スパッ。
音がいつもよりずっとクリアに響いて、私は大きく息を吸い込み、それから戸締りをした。
帰り道は大体独り。チームメイトと険悪なわけじゃない。ただ部活の後も練習をしてるだけ。1人でできる練習なんか限られてるから、いつの間にかシュートが上手くなって、高2になる頃にはエースって呼ばれるようになってた。たったそれだけの事なのに、大人も友達も「偉い」とか「凄い」とか語りかける。どう凄いのか、どう偉いのか、私にはよく分からない。
職員室に着くと、古典の三嶋先生が廊下で待っていた。
「和チャン、待ってたわァ。」
三嶋先生は柔らかく告げた。こんな調子だから、ウチの学校の男子共は、三嶋先生の授業で起きてた試しがない。
「別に外で待ってなくても良かったのに·····。」
「だって和チャン、いつもこの時間に来るじゃない?職員室の時計見てたら、若い頃のデートの待ち合わせ思い出してソワソワしてきちゃって。」
「えぇー·····。」
知らぬ間に彼氏役にされてたんだ·····。まぁ、別に嫌ではないけどさ。
「まぁいいや。コレ、体育館の鍵です。」
三嶋先生の胸元に鍵を突き出し、私は踵を返した。
「気をつけて帰ってね。今日もお疲れ様。」
三嶋先生の声が響いた。ソワソワが伝染ったのか、私は振り返らずに手を振った。
校舎を出て帰路に着く。紅く染まった桜並木。校門を出てすぐの横断歩道。見慣れた光景を横目に私は帰宅する·····ハズだった。
いる。「誰か」が。校門の前に。
「誰か」が口を開いて、私に語りかけた。
「好きなの?体育館。」
いつも通りじゃない音が、響いた。
和音と瑞穂 ひまかじま @skyrunner1997
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