第6話 過多
「なん、なんで、なんでですか」
お茶の苦味もまるでわからない。
「演技には見えないね。例えどんなに田舎に住んでいようと、あんな大きな事件を知らないなんてあり得ないもん」
「大きな事件…?」
「今から9年前…2011年に、再びクログロンが世界を襲撃してきたのよ。目的は不明。都市部、
「詩歌ちゃんの、お姉さんの娘…?」
「そ。名乗ってなかったね。私は
よろしくと差し出された手を、素直に握れなかった。情報量が余りにも多い。
「あはは、混乱してるって顔中に書いてある」
「俺も今混乱中なんだけどな。何なんだよ、お前その恰好」
緋色が奏音さんの制服を指さす。奏音さんは、スカートのすそをちょろっと持ち上げて、何故か不敵な笑みを浮かべた。
「似合ってるでしょ?」
「もう21だろうが」
「21?!同い年?!」
「そうだよ」
「じゃあ、何で制服…」
「ああー。私、アイドルやってるの。今度新曲出すんだ、それの衣装。モーリエガールズ、よろしくね」
タピオカ同様どこから出したのかわからないが、突如現れたCDにはご丁寧にサインが入れられている。発売前だから転売とかしちゃだめだよ、と釘まで刺された。所々こちらの常識が通じすぎて不思議な気持ちになる。
「は、はあ…」
ジャケットには七人の可愛らしい女の子が前後2列に並び、笑顔で写っていた。後ろの段の一番端で大人っぽい優しい笑顔を浮かべているのが、間違いなく目の前にいる新緑奏音ご本人。こうして他のメンバーと並ぶと、確かに大人っぽく見える。それでも制服はしっかり似合っているが。奏音さんの頭は、私の視線より大分下にあった。私が170㎝あるのもあるが、恐らく150㎝ほどしかないだろう。
「レインボーグリーンが、アイドル…」
私の知っているレインボーグリーン、口にするのは抵抗があるが、先代レインボーグリーンの詩歌ちゃんは看護師だった。
「忙しいよー、最近特にね。人気者で困っちゃう」
増え続ける情報量。脳みそはとうにパンクしていて、画面の中では湯気が出ていることだろう。知っているのに知らない場所にいる不安。21年生きてきて、こんな思いをしたのは初めてだ。ずっといってみたいと思っていた、大好きな物語の中の世界。でも、こんな形を望んでいたわけではない。好きなものを、嫌いになりそうで怖かった。高校の頃、映画が好きな友人が映画監督にならないのかと問われたときのことを想い出す。
「うーん、将来映画を作る仕事に就きたいとは別に思わないかな。映画を嫌いになりたくないから」
当時はさっぱり理解できなかったが、今ならわかる。物語の続きを詳しく知りたいと思う反面、知りたくないと思う気持ち。どうしたら元の世界に戻れるのか考え続けている自分。そんな自分に戸惑う気持ち。七夕の短冊がぼろぼろと朽ちていく。
もう殆どお茶が残っていない湯飲みと見つめ合う私の様子を見て、奏音さんが再び口を開いた。
「君が疑問に思ってること、知りたいこと、教えてあげようか?」
「おい、奏音」
「このままだと、何も進まないよ。この子もだけど、私たちも」
緋色は私に情報を明かすことを迷っているようで、それは私も同じだった。受け入れられる自信がない。
「私は…知りたいかどうかわからないんです…正直、色々と…ショックで」
「それは、何となくわかる。君の話が本当だったとしたら、私もショックだと思うだろうから。蒼大くんが好きだったのなら、尚更ね。でも、聞いてもらわなくてはいけない」
「何故ですか?」
「このまま君を追い出すのは危険だから」
奏音さんは、緋色を見ながらそう言った。緋色は、気まずそうに目を逸らす。
「一人で君を外に出すことのリスクはいくつかあるけれど、一番は君自身の身の安全。クログロンの活動は年々激化していて、私たちも政府と手を組んで必死に頑張ってはいるけれど、それでも守り切れていない命があるのが現状。常にどこかで誰かの悲鳴が響いている町に、君を放り出すわけにはいかない。これは、私のヒーローとしての気持ち。ただ、無償で君をここに置いておくこともできない。このラボは、私たちの拠点だから。君を信用する材料が全くない以上、これは仕方がない。わかってね」
「それは…そうですよね。タダで泊めてもらうわけにはいかないことはわかってるんですけど、私に出せるものも思いつかなくて…お金も、というか荷物自体がないっぽいですし…」
「そうね。だからこちらから条件を出す」
「条件?」
「ええ、条件。3つあるわ」
ピンと指が3本立てられる。3つも。飲み込める条件なら良いが。もしそうでないとしたら、私は詰みだ。
「まず一つ目」
つい、アニメやドラマみたいに唾を飲み込んでしまった。
「君が知りたくないと言っても、知ってもらわなければならない情報はきちんと聞いてもらう。それが君の身を守ることにも繋がるから」
「そんな情報が、あるんですか…?」
「あるよ。いっぱいね」
これは、飲むしかないだろう。
「それから二つ目。ここを勝手に出ないこと。自分がこの世界でどういう存在だったのかとか、家のこととか気になるだろうけど、もし外を出歩いて調べたいって言うんなら、誰かが必ずあなたに着いていく。ここまで、いい?」
「はい、問題ありません」
「おっけい。じゃあ、三つ目。三つ目は、レインボーブルーとして、レインボーズに加入してもらう」
「…は?」
「今、あなたが座っている席。その席を、自分のものにしていいよってこと。あなた、ヒーローにならない?」
この世界に来てから、恐らく一番の大声が出た。無常にも声が壁に吸収されていく。
いやしかし無理もない。いきなりヒーローの勧誘を受けているのだから。不敵な笑みを浮かべる彼女は、寧ろ好条件じゃない?とまで言い出す始末。驚いたのは私だけではないようで、緋色の顔色も真っ青だ。私はまだ目覚めて数時間程しか経っていないわけだが、もう既に何週間も飲まず食わずで砂漠を歩いている気分である。
「無理です!」
「無理だ!」
「いけるっしょ」
終わった。私はこの世界での生き方を、自分で考えなければならなくなった。
「何で無理だと思うの?」
「特殊能力とかないですし!」
レインボーズのメンバーは、それぞれ特殊な能力が備わっていた。何もない私にできるわけがない。
「そんなのなくても平気だよ。特殊能力なしで頑張ってる人いるし」
「いやいや、銀次さんとは話が違うだろ…こいつ女だぞ」
「なんで?女はヒーローできない?そんなことないでしょ。詩歌も私も、アザミだってちゃんとヒーローだよ」
「それはそうだが、そういうことじゃなくてだな」
「そういうことでしょ。今緋色さんが言ったのはそういうこと。女だから何?それがヒーローになれない理由にはならないよ」
「いやでも、私そんな怪力とかでもないですし!」
「レインボーズのスーツはその人が持つ17倍の力が出せるの」
「知ってます!知ってますけど」
「合気道やってたんでしょ?」
「合気道は戦う武道じゃありません!」
「でも、身体の使い方は知ってるんでしょ?」
「そ、それは…」
奏音さんは、大きく二回手を叩いた。
「人手が足りないの。緋色さんも私も今週はずっと戦いっぱなし。久しぶりに何もない日だと思っても、きっとどこかでは火の手が上がっていると思うと、今も心は休まらない。他のメンバーだってきっとそう。今までは7人でやってきたんだよ。それが、ある日突然1人減ってしまった。正直言って負担なの。でも、辞めようとは思わない。緋色さんとは違って、私はヒーロー活動に誇りもプライドもあるから」
誇りと、プライド。今の緋色には、それがないと言うのか。
「自分でヒーローになるって決めたの。私が持っている力は声帯模写。役に立たないわけではないけど、強い戦力になるわけでもない。それでも私は平和を守っている。今のレインボーズは君の知っているレインボーズとは何もかもが違うよ。でも、私はレインボーズとして戦う私のことが好き。何も知らない今の君にも、きちんと知ってもらいたい。私の、私たちのこと。本気で考えて。ヒーローになるかどうか」
「考えてって言われても…」
「今日だけ。今日だけは、レインボーズではないあなたのことをここに置いてあげられる。でも、もしもあなたがレインボーズにならないと言うのなら。ここに置いておくことはできない。あとは自分でどうにかして、としか言えない。申し訳ないけど、その席はヒーローの物だから」
わかっている。別に喜んで座っているわけではない。だが、いきなりヒーローにならないかと言われ、首を縦に触れるほど単純な人間でもない。
「…話を、聞きます」
これが今私にできる、最善の行動だった。
七色戦隊出動中‼ シマエナガ @zomgezomge
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