第5話 私が見たくなかった物語の続き

「ええ…なにそれ…あなた大学三年生でしょ…?その年になってそんな…何言ってるの…?」

「いや君…流石にそれはちょっと…もうちょいマシな嘘つかないと…」

「嘘じゃないです!本当です!」

「無理無理、そんなの信じられるわけないじゃない」

「ちょっと!緋色さん!さっきは嘘ついてるようには見えないって!」

「さっきはな?今は無理だろ、意味わからん嘘を吐く狂人にしか見えない」

「何でですか!?」

「そいつは嘘を吐いてはいないゾ」


 私を救ったのは、まさかのサケトバ。そうか、彼には。


「嘘発見機能!」

「その通りダ」

「なに?この子、サケトバの性能のことまで知ってるわけ?」

「そうなんだよ。なんかさっきから怖くてさ」

「だって本当に知ってるんですもん」


 もう開き直るしかない。私は七色戦隊レインボーズとの出会いから、自らの生い立ちまで何もかも全て包み隠さず話した。二人はあっけにとられながらも、とりあえず聞いてくれた。一通り話しきると、喉がガサガサと音を立てる。喉を鳴らすが、上手く声が出ない。


「お茶、飲みな」


 緋色が私の前にコップを滑らせる。緑茶が作る波紋が、静かに広がり湯飲みの壁にぶつかった。一体どれ程の時間を掛けて、私は私のことを話したのだろう。家族に会いたくなった。


「まあ、信じるか信じないかは置いといて」

 

 一拍おいて、カノンさんが話し始める。


「中途半端に色々知ってるこの子を帰らせるのはまずいんじゃない?」


 脚を組みながら、いつから手にしていたのかわからないタピオカを飲んでいる。こっちの女子高生も、タピオカは好きなようだ。椅子のキャスターを転がしながらも、視線は私から離れない。捕虜になった気持ちだ。


「警察にでも突き出すか?」

「なんでですか!」


 まだ少し掠れた声で抵抗するが、緋色の眉間には皺が入ったまま。


「いくら平和を守る仕事とはいえ、不審者の保護は流石に業務外だろ」

「こんなかわいい女の子に冷たいんじゃなーい?」

「そうですよ!」

「お前、思ったより図々しいな」


 このままだと追い出されてしまう。なんとかしなければ。


「ここ追い出されたら、私どうすればいいかわからないんです」

「俺たちだってお前をどうすればいいかわからないの」

「そんなあ…」

「緋色さん、冷たすぎるってば」

「カノンはこいつのこと変だと思わないの?」

「そりゃ変だとは思うけど。でも今すぐ追い出すほど危険な人だとも思えない」


 部屋がシンと静まり返る。サケトバが僅かに慣らす機械音だけが、響いていた。


「マジな話。今のこの街で女の子一人歩かせるのは危ないよー?緋色さんが拾うまで何もなかったのが不思議なくらいじゃん。他のメンバーにも相談しつつ、明るくなってから処分を決めるって感じでいいんじゃん?みんなあとちょっとで帰ってくるでしょ?」


 時計の短い針は、7の少し先にあった。私が階段から転がり落ちた時間は確か午後4時過ぎ。カノンさんが明るくなってからと言っているということは、恐らく夜の7時。時の流れ方も、大方向こうと同じなのだろう。


「泊めるのかよ、この子。ここに?」

「だって、その話が本当なら彼女の家はこの世界にないってことでしょ?」

「…多分」


 頷くとも傾げるとも受け取れるような曖昧な動作で首を動かしながら、同意した。途端、何とも言えない悲しい感情が不意に込み上げてくる。


「可哀想じゃない」


 カノンさんのその言葉を聞いて、緋色は長く息を吐くと小さく数度頷いた。仕方ないというような表情を隠さない。


「お前の家連れて帰るんじゃ駄目なのか」

「だから、詩歌と喧嘩してるんだって」

「空いてる部屋がない」

「客人の部屋くらい普通あるでしょ」

「ここは普通の家じゃないんだぞ。客人なんて滅多に来ない」

「先輩の部屋は…埋まってるか。アザミは嫌がるだろうし、あっじゃあ詩歌の部屋は?」

「お前が許可とってくれんの?」

「絶対無理」

「じゃあ、無理。前掃除しようと銀次さんが入ったらすげえキレてた」

「ちっ、面倒な女」


 詩歌ちゃんは怒ったら怖い、強いお姉さんだった。幼稚園で同じ組だった泣き虫の綾ちゃんは、詩歌ちゃんになりたいといつも言っていたくらい、小さな女の子の憧れの女性だった。そんな詩歌ちゃんが、面倒な女と言われているのが、とてもショックだった。


「あ、じゃあさ」


 カノンさんが拳を打つ。漫画みたいにポンと音が鳴ることはない。どこまでも現実だ。わくわくしたり、どきどきするBGMもない。エフェクトもない。自分の生きていた世界と何ら変わらない色味で、非現実が襲い掛かってくる。


「蒼大さんの部屋は駄目なの?」

「あいつの物が残ってるから」

「もう片付けちゃっていいんじゃない?」

「あ、あの…」

「ん?」

「蒼大さんって、青澄蒼大のことですよね…?」

「ああ…さっきの話が事実なら、蒼大さんのことも当然知ってるってわけね」


 青澄蒼大は、今ここにいないのか?それは、赤江緋色が変わってしまったことに関係があるのか?私の大好きな青澄蒼大は、今どこにいて、何をしている?カノンさんは、詩歌ちゃんとどういう関係が?いや、それ以前に。次から次へと浮かぶ疑問が言葉になる前に、緋色が口を開いた。


「蒼大はいなくなった」


 カノンが、それ言っちゃうのね、と小さく呟く。


「いなくなったって」

「そのまんまの意味だよ。失踪した。数ヶ月前」

「数ヶ月前?」

「それまでは一緒にヒーロー活動してたのよ。本当に突然、いなくなっちゃったの」


 唖然とした。何に、と言うと難しい。聞かされたこと何もかもに、だろうか。


「蒼大くんが…?なんで?」

「わからないよ。あいつが考えていたことなんて」


 でも待って。その前に。ヒーロー活動をしていた?そんなはずはないのだ。先ほど上手く躱されてしまった疑問を再びぶつける。


「だって、最終回は…クログロンが、また現れたってこと…?」


 緋色の瞼がゆっくりと下りて、再びその瞳に私の姿を映したと同時に届く声。


「そうだ。俺たちは、再びあいつらと戦っている」


 ショックだった。蒼大くんのことは勿論。でも何よりも悲しかったのは、私の愛した七色戦隊レインボーズが守った平和が、失われてしまったのだということ。


「嘘ですよね?」

「本当だよ」


 サケトバは、何も言わなかった。

 

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