第4話 そこは私の席じゃない

 ベッドから恐る恐る足を下ろす。今自分が着ている服は、青色を基調としたもの。ここで目を覚ます前に着ていた服とはまるで違う。水色のTシャツに深い青のジャケット、薄い青のジーパンの膝には穴が空いている。お婆ちゃんだったら塞ぐくらいでかい穴。趣味じゃ無さ過ぎて恥ずかしい。そう言えば薄々気づいてはいたけれど、私は今髪の毛も真っ青だ。前髪を流していてボブだから視界に余り入らなくて、気のせいとして片付けていたけれど、前屈みになった時に下りてきた一房が真っ青だった。思わずぎょっと声に出してしまいそうになったほど。私は人生で一度も髪を染めたことがない。この派手な色が似合うとも思えない。

 一方七色戦隊の世界はとにかくカラフルで、こちらでこういう姿は一般的だ。一人一人に生まれた時からパーソナルカラーというのが決められている世界の話だから。しかし、私にとっては全然普通じゃない。顔も別人だったらどうしよう。まだ一度も自身の見目を確認できていない。


「どうしたの?変な体勢で固まっちゃって」

「…やっぱり、どっか悪いのか?」

「だ、大丈夫です」


 足にグッと力を入れて、今度こそベッドから降りた。足元に綺麗に並べられた厚底のスニーカーも、もちろん青色だった。どうやら私のパーソナルカラーは青の様だ。青澄蒼大くんも青だった。推しと同じで嬉しいと、今は素直に喜ぶことはできない。

 移動した先で、私は息を呑んだ。

 目の前にあるのは、何百回何千回とも見てきたであろう、作戦会議に使われる円卓。本物だ。本物だよ、これ。


「座んないの?」

「あ、ど、どこに座れば」


 円卓には七つの椅子が並んでいる。入り口側を12時として時計回りに、赤、青、黄、緑、紫、白、桃。当然、それらの色を担当するレインボー戦士がその席に座る。放送当時は、緑と黄の席が反対だったはず。しっかりと見てみると、ラボの内装も少しずつ変化がある。サケトバがいつも休んでいたキャットハウスは何だか進化しているし、レインボーホワイト眞白平吉ましろへいきちが使っていた筋トレの器具も明らかに当時よりグレードアップしている。このラボは、今でも使われているらしい。

 そして、いつも入り口横にあった大きな観葉植物はなくなっていた。蒼大くんが毎話冒頭で水をあげていた、最終回だけ白い花を咲かせた木。当時、ファンの間であれは何の木なのかという論議が何度もなされたが、ついぞあの木の正体が明かされることはなかった。百合に近い、金管楽器のような形の花を付けたその木は、レインボーズの世界にしかない、架空の植物だということになっている。


「しばらく誰も来ないからどこでも良いけど…まあ、確実に誰も来ないのはそこだね」


 緑髪の少女が指をさしたのは、青の席。


「…失礼します」


 ずっと憧れだったその席に、座ってしまった。


 私はレインボーズに憧れていたけれど、レインボーブルーになりたかったわけではない。出来ることなら8人目のレインボーズになりたかった。でも、レインボーズは七色戦隊。追加戦士として物語に途中から参加したレインボーゴールドのウーロは、クログロンに故郷の星の色を奪われた復讐のために地球にやってきて、目的を果たしたら自分の星に帰っていった。彼はクレオメのマスターと友情を深めクレオメで働いていたが、最後まで七色戦隊のラボに自分の席を置くことはなかった。代わりに少し離れた所にある詩歌ちゃんのベッドの上で、いつも胡坐をかいていた。だから、七色戦隊のラボは最後まで七席のまま。私が例えレインボーズに入れたとしても、円卓に席が増えることはないのだなと、子どもながらに理解していた。

 私は今、青い椅子に腰を下ろしている。何とも言えない複雑な気持ちだ。この椅子は、レインボーブルー以外が座ることを許されない椅子の筈だから。


「で、何から聞くの?まず、自己紹介?」

「それはもうしてもらった。なんちゃらそら、なんちゃらってとこのなんちゃら大学で…三年生だっけ?」

「なんちゃらばっかじゃん」

「あの!その…大学のこととかなんですけど…信じてもらえないと思うんですけど、何となく思っていることがあって」

「なあに?」


 カノンと呼ばれていた少女が、緑色の尻尾をふわっと揺らしながら首を傾げる。


「私の通っていた大学も、大学があった場所も、この世界にはないみたいなんです」


 それを聞いたカノンさんは、小さな手で支えていた顔をずるっと落とした。呆れた深緑の瞳が細められる。


「ちょっとお。何この子、電波ちゃん?」

「俺もよくわかんないけど、さっき言われた地名も大学名も聞いたことなかった」

「大学はともかく地名まで聞いてことないってのは…緋色さんももういい年したおっさんだし」

「おい、一言多いぞ」

「なになに?ウーロ先輩と同じパターン?」

「いや、私も間違いなく地球で生きていて、でも私が生きていた地球と今この場所は全然違うんです」

「パラレルワールドというヤツカ」

「そうです!それです!」

「パラレルワールドぉ?そんなの物語の中の世界の話じゃん」


 そう、間違いなく今私が置かれているこの状況は、物語の中の世界の話だ。


「で、お姉さん…名前なんだっけ?そらちゃん?」

「水野青空です、青い空って書いて、そらって呼びます」

「青空ちゃんね、いい名前。青空ちゃんは、そのパラレルワールドから来たっての?なんで?どうやって?」

「大学の最寄り駅の階段から転げ落ちて…気づいたら」

「寝惚けてるの?」


 きつい。全く信じてもらえない。というか、私も未だに信じられないのだが。


「奏音、もういい、詰めすぎだ。俺にはこいつが嘘を吐いてるようには、見えない」

「こんなわけわかんない嘘つくメリットもない、か」


 そう言いながら丁寧な所作で茶を啜る姿が、とても美しい。


「そういう姿は、詩歌ちゃんにそっくりなんだけど…」

「…あんた、詩歌のこと知ってるの?」


 カノンさんの目つきが変わったのがわかった。警戒心が更に増している。警戒心レーダーがあったら警報が鳴り響いているくらいだ。


「そうそう。この子の変なところ、これなんだよな。何で君、俺たちのことそんなに知ってるわけ?」

「そ、それは…」


 あなたたちのことをずっと見てきたからだと正直に伝えたら、一体どんな反応をされるか、考えるだけでも恐ろしい。もし自分が、ある日突然君は創作物の中のキャラクターなのだと言われたら、それはもう途轍もなく動揺してしまうだろう。

 しかし、隠すこともできそうにない。私は嘘が下手くそで、今隠していたっていつかボロを出してしまうに決まっているからだ。

 勇気を持って、言うしかない。


「私が、緋色…さんたちのことをずっと見てきたから…緋色さんたち七色戦隊レインボーズは、私が生きていた世界では画面の中で戦う創作のヒーローで、大好きな特撮作品の登場人物で…テレビでずっと観てきて…2005年から一年間、それから定期的に何度も何度も、私はあなたたちの活躍を見てきたんです!」

 

 ドン引きされた。

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