似非科学は何故蔓延るのか。

灰槻

誰も悪くないのだろうな。

 十年前であれば、放射能汚染に対する恐怖を主張する者たちが。

 現在でも、反ワクチンやコロナを風邪だと主張する者たちが。


 其れらしい科学に聞こえる主張を振りかざし、人々を惑わせているとされている。

 そして常識ぶった人々は、彼らが主張する"科学"を"似非科学"だと呼称する。


 それは要は『科学に聞こえるようで科学でないもの』、『明確に論理に反しているもの』らしい。彼らの言葉は何もかも反証された嘘であり、信じてはいけないデマなのだという。


 それは良いとしよう。その正当性を疑うことがこのエッセイの主題ではない。

 『何故似非科学と定義されたものを信じる人が居るのか』――それが主題だ。


 結論から言ってしまえば、『科学』などというモノは存在しないから、となるな。

 いや、そう言うと余りにも不適当か。もっと正しく言えば――――。


 大多数の人間の脳内に、科学を検証する知識はないから。


 が、答えになるだろう。 

 まあ、順番に解説していこうか。


 まず大前提として、我々の脳の面積は限られている。

 この世に蔓延るあまたの科学的諸知識をインストールするには、その面積は余りにも狭すぎる。全ての個体が科学を完全に"記憶"することは不可能だ。従って我々は人類が単一個体による種でないことを利用して、科学的諸知識を記憶するための端末となる特化型の個体を作成した。それが現代で言うところの『科学者』だ。


 彼らはその得意分野に限定して、科学の諸知識を『記憶』している。我ら大多数の凡庸な個体は、それを理由に彼ら特化個体の言葉を『正しいもの』と仮定して信用することで『"科学技術"を運用する』ことが可能になっている。


 これを理解していないことが、全ての問題の元凶だ。


 我々は『科学技術を運用している』だけであって、決して『科学を理解している』わけではない。我々の大多数が義務教育で教わっているのは『科学技術の運用』であり、『科学』そのものではない。少し考えればわかるだろう。


 我々は『誰が言ったか』でしか、科学の正しさを測れないのだ。


 教科書に書いてあったから。ではその教科書が信頼できるのは何故か?

 信頼できる人間が作っているから。ではその信頼できる人間が、本当に正しいという確証はあるのか?

 正しい手順で実験し、正しい手順で検証し、それを論理的に破綻しない理論として構築しているから。ではその正しい手順とはなにか。論理的に破綻しないとはどういうことか。実際にそれを検証し、自身でその正当性を確認できるのか。

 

 不可能だろう。

 その信頼できる人間が持っている知識を、我々は持っていないのだ。


 それ故に、『正しそうに見える誰か』が居るとすれば、その『誰か』の言葉は――たとえそれが間違っていようと、我々にとっては真実と仮定するしかない。その『正しそうに見える誰か』の信頼性を憶測する能力が、即ち我々にとっての『科学力』だからな。


 ああ、そうだ。

 理解しやすい例が此処にある。


 『公的機関』だ。多くの人間は『公的機関の発表』であれば無条件に正しいとしている。その科学的是非を検証する人間はそういない。しかし、『公的機関の発表』が似非科学でない保障は、『それを検証している誰かの信頼性』に基づいている。

 

 仮に『それを検証している誰か』が悪意のある人間だったらどうなるか?


 『公的機関の発表』はその瞬間似非科学に堕ちるだろう。

 

 


 我々にあるのは、およそ信頼性の崩れることのないために"魅力的な"公的機関に対する『信仰』であって、検証と論理構築を旨とする『科学』ではないのだから。我々は科学を理解しているのではなく、『科学を理解しているかもしれない誰か』を信じているに過ぎないのだ。


 故に。斯くも『魅力的な』誰かが『もっともらしい事』を言っている時、我々はそれを『科学か否か』判別出来ないために。


 魅力的な彼らの言葉を『真実だと仮定して』。

 対立する主張を『"似非科学"だと否定する』。


 どちらが似非科学なのかなどお前達も私も理解していない。


 公的機関が魅力的だから公的機関を信じている。大いに結構だ。

 しかし公的機関よりも魅力的な誰かが居たら、それを信じるのもまた摂理だろう。


 そうして似非科学は"蔓延っていく"のだ。我々が似非科学だと否定している物は、あくまで『公的機関の発表に対立する主張』に過ぎないために。似非科学だと定義出来るものは無限に生成され、そして信仰されるのだ。


 各個人が科学を理解する能力を持たない以上、必ず『似非科学』と定義される物を信じる人々は出現する。そして彼らは。


 お前達のような教育的な人間によって、社会的に抹殺されていくことになる。


 勿論言うまでもないことだが、信じているからと言って悪ではない。

 その多様性を以て人類は存続を確固たるものにしているからな。

 

 そういうものだと受け入れておくのが良いだろう。

 貴方が人を殺さないために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

似非科学は何故蔓延るのか。 灰槻 @nonsugertea

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ