第2話 ゲンジツ


 私が入学した楽張らくはり総合高等学校、通称楽総らくそうは、偏差値がそこそこ高い学校だ。

 そこに入学出来たということは、それ即ち私は頭がいいのではないかと思った人もいるだろう。


 結論から言うと答えはいいえだ。

 直球な表現を惜しまずに言うなら、私は馬鹿な方だ。


 なら、死に物狂いで勉強してなんとか合格したのか?


 それも違う。

 自慢じゃないが私は勉強を頑張れたことなど小学校に入ってから一度だってない。


 親のコネ?


 いやいや、まさか。

 私はいわゆる『スポーツ推薦組』という奴なのだ。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 この学校では、というよりも、学校という空間では、基本的に学生は四つのグループに分けられると思っている。


 一つがスポーツマンタイプ。

 クラスだと盛り上げ中心のムードメーカーであることが多く、何故か単純な奴率が高いという特性もあって、どのグループにもあまり毛嫌いされづらい傾向にある。鬱陶うっとうしく涙もろい。たまにドロドロした運動部もあるけどね。


 次にイケイケタイプ。

 いわゆるウェイ系が属するグループだ。

 軽音楽部の一部やオシャレっぽい帰宅部が属しており、全力でイマというやつを楽しんでいる奴もいれば、そのグループからこぼれ落ちないように必死な奴もいる。ここはスポーツマンタイプとウマが合いやすい。テンションが高いからだ。


 続いてオタクタイプ。

 いやいや、全然馬鹿にしてない。なんなら一番楽しそうにしているのはこのグループだ。しかもオシャレとかにそこまで気を遣ってないだけで、不潔感があるわけでもない。そして多分仲間の結びつきが一番強い。あと謎の絡みやすさがある。雑な返しが上手いのよな。あれなんなの?


 最後に学生タイプ。

 いや、他のグループは学生ちゃうんかーいというツッコミがきそうだけど、それでも呼ぶなら学生タイプだ。学生の本分は勉強! みたいな奴とか、目立たないようにしているのが転じて大人しい真面目な生徒に見える奴が属している。悪い奴じゃないんだけど、単純に私が絡むのが苦手なタイプだ。


 長々と何の説明をしてるんだと思われたかもしれないが、一日目の終わり、クラス分けの発表と教科書確認だけが終わって下校時間が訪れた今、まさに先述のグループごとにクラス内が分かれているというわけだ。


 自己紹介は明日すると教師が話していたが、そんなイベントを後回しに出来るほど学生は我慢強くない。


 先程のタイプ内で小グループが形成され、その各グループが別グループに挨拶をしに行くのだ。 

 かくいう私もスポーツマン女子で組んでいる。

 小さい頃からテニスをしているかやちーと、水泳で関東三位のあーちゃん。そして全国大会出場経験のある私の三人だ。


 イケイケタイプの男子から「奈緒ちって呼んでいい?」と言われてちょい引いたり、オタクタイプの男子から「え、本当に優しいギャルって存在するんだ草」と言われて笑ったりしながら、クラスを回ること三十分。


「ねえ、端っこの方にいる子にも挨拶しとこーよ」


 もうほとんど回り終えたかなーというところで、あーちゃんが窓際の奥の方を指さす。


「うん。そーしよ……っか?」


 窓際に固まって座る数人の女子の中に見覚えのある影が映った。長い黒髪で直毛。ぱっつんと切られた前髪は少しダークな雰囲気をまとっている。

 あれ? 公園で本読んでた妖怪少女じゃん。


「奈緒どした?」


「あー、なんでもない。行こ」


 かやちーに怪訝な顔を向けられたので、あははと笑って誤魔化した。

 見間違いじゃないと思うが、別に嫌な因縁があるわけでもなし。あん時に会ったよねくらいの話をするか。


 そう思って近寄っていくと、そのグループから声が聞こえてきた。


西御門にしみかどさん。あなたも矢城ヶ浜の方から来てるの?」


「西御門ぉ⁉︎」


 結構な大声を出してしまい、一瞬クラスの目がパッとこちらに向く。


「ああ、ごめんごめん。なんでもねーから。はは」


 朱が差す顔を浮かべて手をパタパタと振る。


 やべえ。つい反応しちまった。


 周りの目が落ち着いたのを確認して改めてその女の方を見やると、向こうも気がついたのだろう。ピンときたような顔でこちらを見つめてきていた。


「……ひょっとしてあなた」


 あの時の、と続く声を聞く間もなく、私はついその女の手を掴んでいた。


「ちょ、ちょっといいか?」


「……え? 何?」


「いいから。頼む。ちょっとだけな」


 困惑する彼女を廊下に引っ張り、昇降口の方へ連れてきた。


 いや、まさかな。

 まさかとは思うがその可能性だけは消しておかなければなるまい。


 こほん、とせき払いをして、私はその女に問うた。


「……ひょっとしてだけどさ。ニシ君か?」


 私でも何やってんだろって思いながら、聞かずにはいられなかった。これで見当違いなこと言ってたらなんか奢んねえとな、なんて思っていたら、向こうも急に困惑した顔でこちらに顔を寄せてきた。


「……え? まさかナオ、じゃないわよね」


 ウソだろ!

 と叫びたい気持ちをなんとか抑え、重い重い息を吐く。


宇津々奈緒うつつなおだ。私の名前……」


「ウソ!」


「ウソついてどうするよ……」


 最悪だ……。

 間違いない。こいつはニシ君だ。

 私の憧れていたスポーツ万能の格好良かったニシ君だ。


 きっとサッカーとかやってて、ジュニアユースに選ばれたりしちゃって、爽やか高身長で、気がきくイケメンになってるんだろうなあ、とか思ってたのに……。


「お前、女だったのか……」


「それはこっちのセリフよ」


 西御門もひどく落ち込んだように額に手を当てた。

 気持ちは痛いほど分かる。運命の相手かと思いきや同じ勘違いしてるなんて、悲劇を通り越して喜劇まである。


「もっと賢そうで誠実そうで清潔感のある人になってるって思ってたのに」


 ん?


「おい、それ私が馬鹿でいい加減で不潔に見えるって言ってねえか?」


「言ってるわよ。よりにもよってこんなまたも頭のネジも緩そうな女になってるなんて」


「私はまだ処女だ! な、何言わせんだ!」


「勝手に口走ったんでしょ? 処女ビッチ」


「矛盾してんだろうが!」


 鋭い目つきで堂々と物申してくる。

 私より少し背が低いから上目遣いでにらんでくるが、どこか小馬鹿にするような視線であるのは確かだ。


 クソ生意気な。同い年な上に不満を抱えているのはこっちだって一緒だというのに!


「あーそうかい。私ももっと爽やかで垢抜けてて大人っぽい色気のある人になってると思ってたけどな!」


「私が陰気でダサくて子供っぽいって言いたいの⁉︎」


「あれ? おっぱい無くね?」


「殺すわよ!」


 長い髪を揺らして食ってかかってくる西御門を睨み返す。

 喧嘩を始めに売ったのはこいつだ。売られた喧嘩を買わずに引き下がれるほど私のプライドは安くない。


 ギリギリと睨み合っていると、そこにかやちーとあーちゃん、そして西御門の取り巻きが現れた。


「奈緒! 何やってんの!」


「西御門さん。大丈夫?」


 両陣営の介入によりなんとか空気は破裂せずに済んだものの、私の胸中はどす黒いもので完全に覆われていた。


 あのアマ、いい加減なこと言いやがって。

 恋愛感情はおろか友情関係すら湧かねえよあんな奴。

 一生口聞きたくねえ。


 これ以上ないくらいにイライラしたまま帰路についた私は、電車を乗り過ごし余計にイライラするのだった。

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