第83話 応援しかできないから

夏休みが始まった。同時に夏季の授業も始まった。時間がいつもより繰り下がって始まり、終わるのは昼前なのでかなり気が楽だ。

とはいえ小テストがあり、切り替える間もなくガッツリ授業スタートとなればやってること自体は何も変わらない。そんな生活でも気持ちが続くのは、やはり毎日みんなに会えるという部分で充実感があるからだ。

月曜日から水曜日まではすぐに帰宅して各々昼食をとって再集合して遊びに行き、木曜日と金曜日は食堂で昼食を食べてから遊びに行く。土曜日も何もなければみんなで集まって遊んでいた。

遊ぶにしても次の日の学校のことを考慮してガッツリ遊べたわけではなかったが、逆にそれが身体的にも金銭的にもちょうど良かった。そんな夏休み中も忙しない日常の中でも土日は自由なので楽しみたいと思っている。


ある土曜日、私たちは日焼け対策をバッチリして陸上部の友人の応援のために市内の競技場に来ていた。普段は少しくらい焼ける方が良いと考えているため日焼け止めを薄くしか塗っていない。おかげで5人揃って、部活動生でもないのに美白とは無縁だ。しかし座って観ることがメインとなれば変な日焼けをしかねないので、使い切る勢いで身体中に日焼け止めを塗りたくり、タオルを被って体制を整え、スタンド最前列を陣取った。

本日の主役は本当に足が速い。体育の授業では運動能力には自信のある私たちの懸命の走りをいつも涼しい顔で抜き去っていく。そんな彼女にはいつも、陸上部入ってよ5人ともと半分冗談で言われていた。もう半分は私たちの運動能力に対する真剣な評価だ。

忙しいイメージが強いこともあり、絶対耐えられないからそれは勘弁してくれと毎度返事をしていた。

実際陸上部はかなり忙しそうだ。毎日完全下校ギリギリまでの長時間練習に加え、土日祝はもちろんテスト期間でさえ練習している。私たちが放課後勉強している時間も、大好きなカラオケで遊んでいる時間も、その全ての時間を惜しまずに結果を出すために使っているのだ。何度も帰宅前に駐輪場からグラウンドを眺めて無言の応援をした。そんな彼女の頑張りが報われて欲しい、応援しかできない私たちはその一心で眺めた。


2度の予選を共に堂々の1位で通過した後の決勝レース、そこにいる皆が暑さを忘れて固唾を飲んだ。選ばれし8人が一斉に勢いよく飛び出した。

紫色のユニフォームの彼女は若干スタートにミスがあったものの、中盤からトップ争いに絡んだ。そのままゴールに突き進むも、追い上げによって肉眼では同時にしか見えないタイミングで5人の選手がラインを越えた。

コンマ秒の勝負とはまさにこのことで、写真と機械によって正確に記録された1000分の1秒までのタイムによって勝負が決まる。スタンドの観客も走り終えて疲れた選手も、一斉にビジョンに目を向けた。

パッと切り替わった画面のリストには彼女の名前が上から2番目に表示されていた。それを見るなり少し悔しそうで、それでも達成感に満ち溢れた表情で天を見上げていた。

今日2番目に高い80cmくらいの頂に立つと、私たちを見るなり人目もはばからず両手を振ってきた。もちろん全員で振り返した。


応援も無事に終わり競技場から出る私たちを、ユニフォームのままの彼女が呼び止めてきた。早く脱ぎたいはずなのに、更衣よりも先に逢いに来てくれた。ただスタンドから観ていただけなのに、力をくれてありがとうと言われ、今貰ったばかりの賞状を掲げた彼女を中心として6人ショットを撮ってもらった。

そんな私たちの誇れる友人を、まだまだできる限り応援をしたいと思えた真夏のスタジアムで、暖かい風でミディアムの髪が揺れる彼女が更衣室に戻る最後の瞬間まで見届けた。

私たちには応援しかできない。だったら1番の応援団でありたい。

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